(13)

 レンはイヴェットとそのふたりの彼氏と共に食堂へと向かう。イヴェットのハーレムはまだ小さく、マーティンとフレッド、そしてここにはいないもうひとり・ケンの三人しかいないのだと言う。同学年にはすでに一〇人ものハーレムを築いている女子生徒もいるのだというのだから、レンは「すごい」としか言えない。レンの恋愛偏差値は彼女らと違ってあまりにも低すぎるので、そのような感想しか出てこないのだ。


 食堂へと向かう道も生徒で賑わっていたが、食堂内はそれ以上に騒がしかった。


「ケンはどこに席を取っているのかしら?」


 イヴェットのハーレムの成員のうち、ケンだけがいなかったのは先に行って席を確保しているかららしかった。これは会ったときにお礼を言わなければと思いつつ、そのケンとやらの顔を知らないため、手持ち無沙汰に視線を泳がせる。


 食堂は昨日イヴェットから聞いた通り、奥にバイキング形式で料理が並べられている。中心部には長イスと長テーブルがあり、テラスとそこへ続く窓際は小さな丸テーブルを囲うようにイス四脚がセットとなっている。生徒たちは仲のよい相手と思い思いに席へと着き、育ち盛りらしく、たいてい皿にはおいしそうな料理が大盛りになっているのだった。


 食堂へと足を踏み入れてから、レンは多くの視線を感じていた。が、それらを主に集めているのはイヴェットだった。目がくらむほどの美少女なのだ。そんな彼女とお近づきになりたいと願っている男子生徒は多いのだろうということは、恋愛沙汰に疎いレンにもわかった。


 イヴェットのハーレムが小規模だということも、お近づきになれる隙はあると見ているのかもしれない。イヴェットはハーレムの巨大化に心血を注いでいるわけではないので、そういった期待が叶えられるかは難しいだろう、というのがレンの判断である。それでもやはり、夢を見てしまうのだろうなと考える。イヴェットは身も心も美しい少女のようだし、と。


 そしてレンはもしかしたら、そんなイヴェットにお近づきになれた男子生徒だと思われているかもしれない、と推測する。レンはまだフリートウッド校の正式な生徒ではないため、昨日と同じアノラックパーカーにジーンズという出で立ちでいる。制服は今日の夕方には届くと学長は言っていたので、明日からは久しぶりの学生服に身を包むことになる。


 ちくちくと刺さる周囲の視線からのがれたくて、レンは視線をさまよわせる。そんなレンの目が、燃えるような赤の髪を捉えた。


「――アレックス!」


 健康的な日に焼けた肌、毛先をちょっと遊ばせた真っ赤な髪。第一印象は「チャラそうなイケメン」だが実際は意外とそうでもない。制服は着崩してそうなイメージだったが、反してきっちりと青いネクタイを締めている。ブレザーの下にはグレーのベストを身に着けているのもわかった。


 レンは顔見知りに会えた安堵感から、思わず声を張り上げてしまう。どちらかといえばステレオタイプな「オタク」のイメージに沿うような性格のレンには、珍しい行動だった。


 声をかけられたアレックスは同級生らしき男子生徒たちと一緒にいたが、レンの声を受けてか騒がしい食堂内をきょろきょろと首を左右に動かしてこちらを探している。レンはもう一度「うしろだよー」と声を張った。それでようやくアレックスはレンのいる方向を振り返る。振り返って「なんだ」とでも言いたげに目尻を下げるのがレンにもわかった。


 そこに料理を置くのだろう白いトレーを持ったまま、アレックスは人並みをかき分けてレンに近寄る。そんなアレックスのうしろを物珍しげな顔をして、彼の友人らしい男子生徒たちふたりが着いてくる。


「知り合い?」


 そこでレンはイヴェットたちがいるということを思い出した。あわててイヴェットのほうを向いて、「そうなんです」と告げる。レンが異世界人であることは伝わっているらしいが、そんなレンを呼び寄せた張本人の存在まではまだ出回っていないのかもしれない――。そこまで考えたところで、レンは肩を軽く叩かれた。


「よ、昨日ぶり」


 気楽な調子で声をかけられたので、レンはちょっとうれしくなった。元の世界ではネットを介してやり取りをする友人はわりといたが、リアルの友人はほぼいなかった。だからこういう親密さの現れのようなスキンシップに、レンは弱かった。


「あ、昨日の異世界人!」

「レンだって。昨日説明しただろ」


 アレックスの友人らしい男子生徒の顔には見覚えがあった。恐らくレンが召喚された場所――実践室にいた生徒のひとりなのだろう。アレックスの友人であるのならば、彼が悪ふざけをしてレンを呼んでしまった仔細も聞き及んでいるに違いなかった。


 そしてその男子生徒のひとことで、周囲がざわっとする。騒音が膨れ上がったような錯覚に陥り、レンはおどろいた。耳を傾ければ「あれが異世界人?」というような珍獣を見るような声音が飛び交っているのがわかる。


 それに目を丸くしているレンをどう思ったのか、マーティンとフレッドが一歩前に出て壁になってくれる。とは言えレンは一八〇センチメートル超もある。小柄な少女であれば別だが、レンはそうではなかったので、ふたりのありがたい行動もどれほど効果があるのかはわからなかった。


 しかしそれはそれとして、レンはふたりの紳士的な行動に感動する。


 ――さすが、イヴェット先輩が選んだだけのことはある……! これが名門校クオリティか?!


「おおっ」と内心で歓声を上げるレンの右手首をイヴェットが軽く引っ張った。


「レン、大丈夫?」

「え? ――はい、大丈夫ですけれど……?」


 レンはイヴェットがなぜそんな言葉をかけてくれたのか、なぜ心配そうな表情をしているのかさっぱりわからず首をかしげながら答える。それでもレンより頭ひとつぶんは低い位置にある、愛らしい小顔の美少女の眉は下がりっぱなしだった。


「無理はしないでね。怖いなら食堂で食べるのはやめる?」

「いえいえいえ! ちっとも怖くないのでぜひ食堂で食べましょう!」


 レンはとんでもない勘違いをされていることに気づいてあわてた。イヴェットは黙ってしまったレンを見て、周囲の不躾な視線に怯えていると思ったらしい。レンはまったくそんな恐怖には震えていなかったので、あわてた。そしてあわてるあまりに不自然に話題の矛先を変えてしまう。


「えーっと、ケン先輩がいるところを探してたんですよね? 見つかりました?」


 イヴェットは一瞬いぶかしげな顔をしたが、すぐにいつもの微笑を浮かべた顔に戻る。


「ケンならあっちにいるのを見つけたところよ。……そうだ、アレックスくんたちも一緒にどう? レンとは顔見知りなんでしょう?」

「えーっと……」

「ぜひご一緒させてください!」

「あっ、おい!」


 イヴェットの提案に食いついたのはアレックスの友人たちだった。美貌の先輩と一緒に昼食を取れる機会を逃す気はないのだろう。しかし対するアレックスはなんだか乗り気ではないように見えたので、レンは不思議に思う。イヴェットはアレックスの好みではないのかもしれない、と邪推する。


 しかし己が男であれば鼻の下を伸ばしてしまうだろうなとレンは思った。そんなくだらないことを考えているとはおくびにも出さず、レンはイヴェットの彼氏であるケンが確保してある席を目指して歩き出した集団について行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る