第2話 空っぽな空虚

 ぴぃちゃんと水面を少年の体が揺らした。ゆっくりとゆっくりと、深く深く体が沈んでゆく。

 緩んだ視界に少年は最初、その場所を夢の中だと勘違いした。この世界は何も知らない、なんの思い出も無い自分の頭の中のよう。空っぽ。

 そんな少年にある感覚が襲った。


「——ぽこっ……」


 夢の中にある筈のない空気の音。

 微かに痺れた手の先。


「——っ」


 少年はならば、と。腕を上に挙げる動作を行った。

 人の手の甲にちゃんと普通の五本の指があった。

 この時少年は自分が人間なのだと理解した。

 段々と苦しさが芽生えだす。

 腕を振るといくつか泡立つ。


 ——ここは水の中?


 意識を覚醒かくせいさせたばかりなのにとんだ不幸だ、と少年は思う。生き出したばかりなのにもう死ななければならないのだから。

 水の中で溺れそうでいる今の状況の、彼自身その理由を知らない。

『ポコン』とまた空気が抜けて行った。


 ——死ぬのかな。


 そう思った瞬間『ズドン!』と今度は大きな音が波立つ。

 何かと思い視線をそこにやると数メートル遠くに小さな竜の子が落ちてきた。人サイズで少年より大きな。


 ——じゃない。


 どうしてそう思ったのだろう。少年が見つけたのは竜でも何でもなかったのに。ただ少年より幾分いくぶんか背丈の大きな男の子だったのに。


 ——ただの男の子?


 それは口を大きく膨らまし、少年よりも青ざめた青年——ニト・クレイシス。

 どうやら今にも死にそうなニトは少年を助けるつもりらしい。


 ——君の方がおぼれそうだよ……。


 そんな思いを最後に少年は意識の深き中へと落ちて行った。

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