好きなことプレイ

春菊も追加で

前編

「あ、また死んだ」と思った瞬間、あたしの身体はモンスターの吐く炎に包まれ、次の瞬間、教会の棺桶の中にいた。


「勇者ナデシコよ、魔王の配下は手強い。街で充分な装備とアイテムを揃え、しっかりと情報収集をしてから敵地に向かうのだぞ」


 もう何百回聞いたかわからない神父の言葉を無視し、あたしは教会の外に出て空を見上げる。そして、あたしを操作しているリンちゃんに、声を張り上げ話しかけた。


「もう、あのボスキャラの脇にいた雑魚、回復してきて厄介だから先に倒そうって言ったのに!」


 街のNPCのたちはあたしを気にする素振りも見せず、ただ教会前の道を歩き去って行く。魂の叫びから数秒だけ間を置いて、天から声が返ってきた。


「あはは、ごめんごめん。ほら、撫子、新しい必殺技覚えたばっかじゃん。これであのボス速攻で倒してやろうと思ったら、あの技、かなりMPを食うんだね。まさか途中で足りなくなるなんて思わなくてさ」


 悪びれる様子が欠片もない、紛れもないリンちゃんの声だ。あたしは視線を地面に向け、この上なく大きな溜め息を吐いた。




 ある朝、日本の普通の女子高生だったあたしは、目が覚めると勇者の姿で立っていた。目の前には背もたれの長い椅子に座った王様が困り顔で、「魔王を討伐してきてくれ」とあたしに頼み込んでいた。


 ――あたし、今、ゲームの中の世界にいる、と気付いた。


あたしが自分の置かれている状況に気付くのと、


「あれ? 撫子だよね? 撫子、何で私のやってるゲームの中にいるの?」


 と、天からリンちゃんの声が降ってくるのはほぼ同時だった。




* * * * *




「だからね、リンちゃん、あのドロドロには物理攻撃しちゃいけないの! 弓とか銃とか魔法とか、遠くからダメージ与えていかないと。沼の前の街の人たちも触れると毒状態になるから気を付けろって言ってたのに!」


 また死んで、近くの村の教会に戻された。あたしを現実世界で操作中のリンちゃんに文句を言うと、すぐさま天から声が降ってくる。


「あー、そういえばそんなこと言ってたね。でも、私、弓とかちまちまHP削る系の武器嫌いなんだよね。やっぱ、剣とか斧でがっつり削りたいじゃん? 魔法はMP切れで使えなかったし」


「……魔法攻撃の乱発は止めなってさんざん言ったのに。それと、毒状態になったら早くステータス異常治してよね。なんでそのまま歩き回っちゃうのさ?」


「や、めんごめんご。毒消し買い忘れた」


 ゲームの進め方に苦言を述べても、終始こんな感じ。暖簾に腕押し。馬耳東風。リンちゃんは出会ってからずっとそうだ。操作キャラとして酷い目に遭うあたしの身にもなってほしい。




 リンちゃんとは小学生の頃から友達だった(過去形)。


 全く、リンちゃんは酷い奴だと思う。


「私、好きな事は全部やって生きていきたいんだ」


 いつだったか、リンちゃんはブランコを立ち漕ぎしながら言った。彼女の前へ後ろへに合わせて揺れるスカートの端を、あたしは隣で眺めていた。


 その言葉の通り、リンちゃんはその時々で興味を持ったものに次々と手を出していった。あたしはそんなリンちゃんに、ずっと振り回されてきた。




「ねえ、映画村行こうよ! 私、見たいものがあるんだ!」


 小学六年生の修学旅行の真っ最中、リンちゃんは突然言い出した。その日の班行動での行先は二条城と三十三間堂で、太秦映画村は入っていない。あたしはリンちゃんを説得しようと頑張ったけれど、結局、『鬼滅の刃』の展示を見たい彼女に強制連行された。事前の予定にない行動を取ったことは先生たちにバレ、その晩は夜明けまで、旅館の廊下に二人で正座させられた。




「バンドやろう、バンド! 最後の文化祭の舞台で演奏するの!」


 中学三年生の夏、ピアニカとリコーダーとカスタネット以外の楽器なんか触ったことないくせに、リンちゃんはまた思い付きで言い出した。言い出しっぺの彼女はボーカル。他のギターとベースはリンちゃん自身が探し出してきたけれど、ドラムの担当者だけがどうしても見つからない。それで、「撫子なら出来るよ!」となぜだかあたしがやるはめに。それで、塾の夏期講習と併行で当日まで必死に練習。


 烏合の衆にも関わらず、あたしたちのライブは素人なりに様になった。ステージ上で浴びる喝采はとても気持ちの良いものだったので、この件に関しては不問とする。




「やっぱり、年明けて最初に見る日の出は良い場所で見たいよね。というわけで山に行こうよ、山!」


 年の瀬の三十日になって、リンちゃんはいきなりそんなことを言い出した。登るなら登るでロープウェイの用意されている定番のスポットを選べばいいのに、彼女が選んだのはそういう設備もない、マイナーな山だった。懐中電灯に頼った心もとない灯り、空いた隙間を見つけて肌を攻撃する真冬の寒さ、単なる一般のスニーカーだから土踏む靴底が痛い。


 この時ばかりは、気まぐれであたしを振り回すリンちゃんを本気で呪った。




 リンちゃんは自分中心で、はた迷惑なあたしの親友だった。



 でも、それは一週間前までの話だ。


 今の彼女とあたしは、友人関係じゃない。

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