ソロ教師

大幸望

ソロ教師

朝。1時間目。

3月までは無心で扉を開けていたが、

最近はどうしても隣の教室が気になる。

笑い声に満ちた隣の教室が。

隣の教室の先生が、とても恨めしい。


キーンコーンカーンコーーン。

扉を開けると、そこはいつも通りの教室だ。

黒板があり、教壇があり、窓があり、ロボットがいる。

そこには、机はなく、数メートルしか幅がない。

ただただ長細く、授業をする最低限の設備しかない。


そもそも、ここの正式名称は教室ではない。教師予備員作業室だ。

ロボット相手に授業して、ロボットに教え、質問され、それが録画される。

学校の教室では、AIが授業をして、日常指導員が先生として生活や部活動の指導をしている。

時々、AIの授業に飽きた物好きが、机にある端末から教師予備員の授業を見ていく。その物好きのための授業を、毎日している。

私の成績は、月二人閲覧、合計二時間で安定している。


****

「AIが全てやってくれるのに、まだ予備員やってるの?」

4月になり、久しぶりに妻に仕事のことを聞かれた。

妻の言い分はわかる。

さっさと教師予備員なんてやめて、

日常指導員に転職し、先生として学校に戻る。

授業はAIが全てやってくれるし、生徒の成績も良い。

日常生活の指導や部活動といった生徒にとっても教師にとっても楽しい部分だけ、人間がやれば良い。


きっと、それが正しい答えなのだろう。

実際、授業の分先生の余裕ができたから、学校内でのトラブルは減り、非行にはしる生徒は減ったそうだ。

毎年、教師予備員はへり、日常指導員に転職していく。

時々やってくる教師予備員は、産休や育休をとっている日常指導員ばかりだ。

教室の後ろに掲示されるランキングを見ても、AIの次に見られているのは、産休育休をとってここに来ている人ばかりだ。

卒業式や終業式のビデオメッセージの代わりに使っているらしい。


そんな日々を10年続け、ついに転属願いを作った頃。

彼はやってきた。


****

4年ぶりの新人は、ボサボサの髪でやってきた。28歳、本人曰く、卒業したばかりらしい。

今どき時間をかけて資格を取り、難しい試験をパスしてこの職につくのは事情のある人ばかり。だから、深くは聞かなかった。


朝、軽く設備を説明し、そこで分かれて隣の教室で授業をしていると、

隣の教室からロボットの笑い声が聞こえてきた。

この職について、初めての笑い声。

あまりの驚きに、廊下に出て、中を覗き込んだ。

確かに、ロボットが笑っている。

彼も笑いながら、何かよくわからない絵を描いている。

黒板の右端を見る。

“1時間目:地理“

彼が開いているのは、理科の教科書と地図帳。

普通なら、指導違反で録画中止になるはずなのに、ロボットは笑って質問を続けている。

そこにはたった一人しか人間がいないのに、授業が行われていた。


その日、私は、録画中止4件、罰金8,000円を収めた。


****

そこから毎日、笑い声響く教室の隣で、授業をしている。

確かに彼の授業は面白く、教科書に書いてあることを教科書に書いていないやり方で説明してしまう。


その秘訣を聞いてみると、彼はこう言った。

「結局、生徒の数だけ教え方ってあるんですよ。AIで標準的な授業をやるじゃないですか。でも生徒は他の授業も選べる。躓いたところがあれば、違う授業をいくらでも見られる。だから、自分なりの理解の仕方を伝えればいいんですよ。自分がどう理解しているかを。」


このAIに満ちた世界で、ここまで自分を貫ける彼が、恨めしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロ教師 大幸望 @Non-Oosachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ