まるで意味のない大切な時間

@chauchau

一杯飲んだら帰宅する


 一年目。

 何の知識もなく天文部に入部した私に貴方は丁寧に説明してくれました。ずっと不愛想な顔だったので、無知を怒っているのだと思いあの時の私は怖くて貴方の目を絶対に見ないようにしていました。


 二年目。

 三年の先輩が卒業し、新一年生が誰も入部してくれなかったせいで私と貴方の二人っきり。貴方は気にしていないようでしたが、私は気が気ではありませんでした。一年経っても貴方の目が見れません。でも、見れない理由はもう変わっていました。


 三年目。


「見事にぼっち」


 年代物のカセットコンロは着火するのにコツが要る。

 着火というよりも小さな爆破と形容したほうがふさわしい音は真冬の空に吸い込まれて行った。


「何をしているんだろうね、本当に私は」


 天文部に入部して得た星の知識が役に立ったことはあまりない。良かったことといえば、無駄に上手くなったインスタントコーヒーの淹れ方ぐらいだ。

 小さい頃から星空を見るのが好きだった。だから天文部に入部して分かったことは、私はただ見ていることが好きなだけで星のなにそれと調べたいわけでも知りたいわけでもなかったという悲しい事実があったこと。

 友人から聞く上下関係の厳しい部活動はあり得ないという未経験の事実があったこと。


「さっむ」


 臆病者の私は好きな人に告白することが出来なかった事実があったこと。


 部活動という名のもとに、一ヵ月に一度行われていた夜の学校での星空観賞。たった一人しかいない部で部活動も何もあったものではないけれど、それでも馬鹿みたいに続けてしまう私の未練がましさには織姫と彦星もきっと驚いていることだろう。今は冬だけどさ。

 少女漫画であれば、ここで愛しの先輩に連絡を入れるか、向こうから連絡が来ることだろう。そこから始まるラブストーリー、ところがどっこい現実というものはどこまでも動かない愚か者には厳しいもので、東京の大学に旅立ってしまった先輩は半年前に見事彼女を召喚し給うて候でございますそかりいまそかり。


「不愛想だけど面倒見良いし、怖いのに慣れてきたら実はカッコ良い方だし、頭も良いしで……、まあ、モテるところに行けばモテるわけよ」


 彼女が一人出来た程度でモテると言って良いのか知らないけれど、いまはそこを深堀するつもりはありはしない。ていうか、先輩が五股する屑になっていたらそれはそれで嫌だ。


「……、いや待てよ? そうしたら諦めがつくか」


 咳ならぬ、くだらないことを言っても一人。

 先輩に彼女が出来たと知ってから、この場所で行われる一人会議の内容はいつもこればかり。結局、答えのでない、出す気のない無駄な時間を費やすわけだ。


 ケトルから白い湯気が出始める。

 あと少しでけたたましい音がお湯が沸いたことを教えてくれる。


 スイッチひとつで炎を消せるカセットコンロのように。


「この恋も消せたら良いのに」


 近所迷惑な音が出る前に、私はカセットコンロの火を消し、


「……面倒くさいなァ!!」


 古ぼけたカセットコンロは消すのにもコツが要る。

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