ソロ婚

八川克也

ソロ婚

 ある時、SNSで一人の男が宣言した。

『アイドルの小山田佳奈と結婚します』

 ただの一ファンの戯言だと完全にスルーされていたが、彼のSNSでは着々と結婚式の準備が進む様が報告されていき、それがファンや記者の目に止まった。

 彼ら、特に記者は急いで裏取りを進めたが、当然そんな事実はなかった。

 男のSNSを追っていくと、男の様子はいくらでも出てくるが、相手だという小山田佳奈のことは写真どころかコメント的なものも一切出てこない。

 再びスルーされる所だったが、興味を持った人間が男とやりとりを始めた。

「小山田佳奈と結婚されるんですか」

『そうです』

「それにしては佳奈さんの写真もコメントもないようですね」

『そうですね』

「芸能関係の知り合いを通して小山田さんに確認したんですが、そんな事実はないと言ってますよ」

『佳奈はそう言うでしょうね』

「隠していると言うことですか? 行動もきちんと確認しましたよ」

『いえ、佳奈——小山田さんは関係ありません』

「関係ない? 結婚するのに?」

『ええ、これはソロ婚ですから』

 それから男は滔々と主張を始めた。


 この社会で、人は結婚することを強いられている。しかし誰しも相手がいるわけではないし、好きな相手となると尚更だ。

 ならば好きな相手がいるものとして結婚すれば良い。

 一人で、つまり、ソロ婚である。


 悪い意味でも、良い意味でも炎上した。

 否定派は大半が気持ち悪いという言葉にまとめられた。それはそうだろう、自分が知らないところで誰かと勝手に結婚させられているのだ。

 対して肯定派は愛情の一種だとみなした。かつて動物や車と結婚したと言う事例もある。それと何が違うと言うのか。

 ただ、やがてその騒動も一人の男の趣味嗜好ということで片付けられようとした時、また大きな爆弾が落とされた。男にはひとつだけ、今までと違う主張があったのだ。


『結婚したからには子供が欲しい。彼女の卵子で子供を作りたいのです。もちろんソロ婚ですから、親は私しかいません。私が一人で育てるのです』


 否定派は激昂した。

 しかしこの男に乗っかる勢力があった。政府である。

 長引く少子化に頭を痛めていた政府は、『独身が子供を育てる』と言うこの発想に諸手をあげて賛意を示し、一大キャンペーンを張った。

 政府にしてみればいわゆる従来の結婚などどうでもよく、社会の構成員たる人口の増加が課題だからである。

 もう一人の騒動の中心——勝手に巻き込まれただけであるが——の小山田も、当初は困惑と無視を決め込んでいたが、『少子化が解決するなら良いんじゃないですか? 私の子供じゃないんですよね』と、キャンペーンに押される形での弱い賛成を示すまでになっていた。


 機を見た政府は、一気に法整備を進め、あっという間にソロ婚が可能になった。


 ソロ婚は時代にも合っていた。今や一人一人、個人の時代なのだ。個を優先して活かし、さらに子供も育てると言うソロ婚は、時代に完全にマッチし、瞬く間に社会に浸透した。

 もちろんソロ婚をしたのは男性ばかりではなかった。女性も同様に、モデルやアイドルとソロ婚し——法によって提供される精子と子を成した。

 少子化は思わぬところから解決したのである。


 さて、件の男性も、代理母から念願の子を授かり、すくすくと育つ子供もSNSに上げるようになった。

 やがて、しばらくの沈黙ののち、彼はまた、次の第一人者にもなった。


『離婚します。ソロ離婚です』


《了》

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ソロ婚 八川克也 @yatukawa

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