夏空の下で
昼休みの屋上。晴天の空に、じりじりと迫る蝉の鳴き声。
日陰になっている扉付近の段差に腰掛けながら、ぼうっと空を眺めていると、突然扉が開いた。
すぐに目が合う。にまっとした不敵な笑みを浮かべて、綾部さんは扉を閉める。
「こんなところでなにしてるのー」
手には購買で購入した菓子パンと紙パックのカフェオレ。綾部さんが私の隣に腰掛ける。
屋上の日陰は、風通りがよく、心地良い。それでも明らかに購買や室内の方が空調が効いていて心地良いだろう。屋上の方に心地良さを感じるのは、空調が苦手なのかもしれない、なんてことを今更ながらに思う。
「理奈、探してたよー」
綾部さんはそう言いながら、菓子パンのビニールを開ける。
「そう」
「気を遣ってる?」
「理奈に?」
「最近あたし達、いつも一緒じゃん」
綾部さんの言葉に納得する。昼休みも、放課後も、文化祭の準備も、私達は文化祭の本番に向けて、バンド活動の方を優先している。気遣いが出来て、友人が沢山いる理奈のことだ。常に私達と一緒にいることは、少なからず彼女の負担になっているだろう。そんな考えを、綾部さんも抱いていたようだ。
風が吹いて黒髪のボブが揺れる。同時に彼女のピアスが露わになる。綾部さんは菓子パンを口に含みながら、空に視線を向ける。
「今頃、私達のこと探してたりして」
「ありえそー。なんか罪悪感ー」
再び菓子パンを口に含むと、綾部さんはカフェオレを流し込む。
「それ、美味しいの?」
「ん? 噛むのめんどくさいだけー」
よく分からないと思った。独特的な雰囲気を持っていると改めて思う。
「あと少しだねー」
「一週間と四日」
「細かいね」
「本気だからね」
八月二十七日。文化祭本番。CLOVERSの晴れ舞台。
そして、私と菜乃花が心中する日。
死が近づくにつれて、菜乃花は心配そうに私に言う。
思い残したことはないのかと、もっと私を使っていいよと。
祖母のことは勿論、心残りではある。
可美原に来てから、祖母に引き取られてからの日々は、夜の宿を探すことも、シたくもない男と身体を重ねることも無い、平穏な日々だった。
家に帰れば温かく迎えてくれて、美味しくて優しい料理が出てくる、そんな毎日。
どうか、気に病まないでほしい。そう願いながらも、私の決意は揺るがない。
「文化祭終わったらどうするのー?」
不意に綾部さんが言う。その答えはあるけれど、答えることは出来ない。
「さあ。綾部さんはどうしたい」
「うーん」
考え込む綾部さんを蚊帳の外に、快晴の空に思いを馳せる。
練習後、今日も私は菜乃花の家に足を運ぶだろう。二人で夕食を済ませ、そして身体を重ねる。どうにも私と菜乃花の身体の相性は抜群のようだ。心中するその日まで、味わっていたいと思う。男の人とは違う、柔らかくて温かな、温もりを。
「あたしは、このバンドが続くなら、音楽を続けたいな」
思わず綾部さんを見る。視線は合わない。綾部さんは空を見上げたまま、菓子パンの最後の一切れを口に含み、カフェオレを流し込む。
「どうして?」
綾部さんが、空を見上げたまま、ごくんと、呑み込む。
「あたしがここまで出来たのって、この四人だからと思うんだよねー。プロになりたいとか、あたしの曲を聴いてほしいとか、そういうの無いし、だから――」
目が合う。にまっとした笑みを浮かべて、綾部さんは言う。
「あたしはCLOVERSが終わるなら、音楽を辞めるー。またどこか適当な男と付き合うんだろうなー」
言い切られて、言葉を失う。
綾部さんからそんな言葉が出てくるなんて、思いもしなかった。
勿体ないと思う。連日の練習で、他のバンドに行っても通用する腕を、手に入れたのに。
CLOVERSが終わっても、理奈と綾部さんには音楽を続けてほしい。
それは身勝手な私の願い。
「あのさー、ずっと気になってたんだけどー」
首をかしげる。気怠そうに空を眺める彼女からの言葉を待つ。
「綾部さん、っていうのやめない?」
返ってきた言葉は想定外の物だった。
「……どういうこと?」
「もー」
「え、なに?」
綾部さんはそっぽを向く。
「歩美って呼べって言ってるの」
視線は合わない。でも、彼女の表情は、どことなく恥ずかしそうで、
「わかったわ、歩美」
「よろしいー」
思わず頬が緩む。
心地の良い風が吹いた。
文化祭まで、残り十一日。思い残すことの無いように。
「あのさ」
私の言葉に、ゆっくりと歩美が私を見る。目が合う。咄嗟に視線を逸らして、視線を晴天の空へ移す。
私が死んだ、その時は――、
「理奈のこと、よろしくね」
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