第23話 剣ノ神 古川剣三

 俺は爺さんの蔵にあった冒険者の書を開いた。


――――――――――――


名前:古川 剣三(年齢75歳 性別 男)

レベル:81

職業:剣ノ神

職業レベル:5

HP:7,615/7,615

MP:232/232

物理攻撃力:765

物理防御力:681

魔法攻撃力:299

魔法防御力:568

素早さ:844

運:66


使用可能魔法一覧


使用可能特技一覧

ぶつ斬り/半月斬はんげつぎり/みじん斬り/乱斬らんぎり/一文字斬いちもんじぎり/十文字斬じゅうもんじぎり/百練成鋼斬ひゃくれんせいこうぎり/飛雪千里斬ひせつせんりぎ


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 ゆうなと剣児が比べ物にならないほど、高い数値だった。

 名前は【古川ふるかわ剣三けんぞう】と書かれている。

 剣児の姓も古川だったが、もしや。


「ところで剣児の爺さん名前なんて言うんだ?」

「爺ちゃんの名は剣三だ」


 ヤバい、あの爺さんマジの冒険者だった。

 俺も爺さんからはそういった気配を感じなかった。

 まぁ俺に比べれば弱いからそんかもんか。


 職業も爺さんが言ってたとおり、剣ノ神と書かれていた。

 剣児は爺さんの話を信じていなかったが、爺さんはそれについてとやかく言わず笑っていたので、俺は剣児には黙っておくことにした。

 何となくだが、剣児の中の爺さん像を壊さないほうが良いと思ったからだ。


「これかー!」


 剣児が埃の被った細長い木の箱を取り出し叫んでいた。

 その場で蓋を開け、勢いよく剣を取り出した。

 銀色の握りの部分は多少使い込んだ感があるようで、すこし褪せたような色合いだった。

 剣身の部分は所々黒く刃こぼれもしているような剣だ。

 傍から見ると剣児の使っていた剣と大差ないように見えるかもしれないが、俺はこの剣は確実に業物だと感じた。

 なぜなら、俺が使ってみたいと思えるからだ。

 俺が魔王時代に、俺に合う剣を配下に集めてきてもらったことがあった。

 配下が収集してきた数々の剣を広間で試してみたが、どれもこれも俺の技に耐えられず足元には折れた剣が無数も転がっていた。

 その中で1本だけ俺の全力に耐えられる剣があった。

 かつての魔王が勇者から奪ったとされる剣、いや刀と呼ばれる業物だ。

 地下室で見つけた剣を使うようになってからは、その刀は配下である【マチルダ】にあげた。

 マチルダは右手に二本、左手に二本、両手で四本の刀を持ち戦う魔物だ。

 人間の娘のような容姿をしていて、俺が当時タンナーブに条約を結びに向かうときに連れていこうか迷ったほどだ。

 しかし、金色の髪を後ろに流し、晒布さらしと呼ばれる白い布に、紫色をしたはかまと呼ばれる太い着物を纏っていたので、人間界では少し浮くと思いやめた。

 ……とマチルダには伝えたが、本当は好戦的過ぎてちょっと危なっかしいところがあったからやめた。

 あー、マチルダ元気にやってるかなー。


 思い出に浸っていると、剣児が声をかけてくる。


「よし、もう用は済んだから中に入ろう」

「ん?あぁ、新しい武器が手に入って良かったな」


 木箱を持った剣児と家の中へ入ると、奥からゆうなと爺さんの談笑している声が聞こえた。


「何か楽しいことでもあったのかー?」


 剣児がゆうなに声をかけた。


「剣児君のおじいちゃんに昔の剣児君の話を聞いて笑ってたのよ」


 爺さんは剣児が手に持つ木箱に目をやった。


「おお、見つけてきたか。それじゃ」


 剣児は木箱から剣を取り出し、爺さんに見せた。


「爺ちゃん、これ刃こぼれしてて使い物にならなそうだど」

「これは剣ノ神であるわしが昔使っていた剣じゃ。少々刃こぼれはしておるが、剣ノ神の技にも耐えれるほどの硬さじゃよ。これは不思議な剣でな、魔物を斬れば斬るほど洗練されていくんじゃ。逆に使わんようになると次第に輝きを失う」


 俺はふと、この業物をどこで手に入れたか気になった。


「どうしてこんなものが手に入ったんだ?」

「あぁこれはな、旅先で会った仏様のすぐそばに今のような状態であった」

「仏様?」

「死んだ人のことですよ」


 俺が独り言のように発した言葉をゆうなが拾い、耳打ちをしてきた。


「わしは剣の道を極めようと旅先で魔物と戦っているとその時使っていた剣が折れてな。そりゃあ強い魔物じゃったから、わしは慌てて逃げたんじゃ。命が惜しいからな。逃げた先にあったのは小さな洞穴じゃ。そこに仏様とその剣があったんじゃよ。仏様には悪いが、その剣を拝借してわしはその魔物と戦い勝ったというわけじゃ」

「やっぱ爺さんの話は面白ぇなぁ」


 剣児はどこか他人の話を聞くような感じで感想を述べていた。


「ほっほっほ。まぁとにかく、その剣はお前にやるわい」

「爺ちゃんありがとうな。で、爺ちゃんはやっぱりタンナーブに来ねぇでここにいる気なのかー?」

「わしは前も言ったとおり、やっぱり兄貴を待つ。負けて終わるのもしゃくじゃし、死ぬ前にまたもう一勝負したいんじゃ」


 爺さんは頑なにここの村を出ようとはしない。

 話の内容的に、兄貴と勝負事をして負けたようだ。

 そして再戦か。

 どこか俺に似ていて妙に親近感が沸いた。

 でも、帰ってきてないってことは……。

 

「こんなに戻ってこないって事はもう死んだんじゃないか?」


 俺の発言でゆうなが何故か慌てていた。


「ほっほっほ。そうかもしれん。でももうここまで待ったんじゃから待たせてくれ」


 ゆうながホッと一息つき、落ち着いた。

 意味が分からない。


「爺ちゃん、おらやっぱり心配だ。いくら冒険者が結界を張ったところで、周りには魔物がいっぱいいる。現におらは見たから言える。ゆうなと出野さんには悪ぃけど……、爺ちゃんとここに残ろうと思う」


 俺もゆうなも一瞬「えっ!?」という顔をしたが、境遇を考えると納得せざるを得なかった。


「剣児よ、少し手合わせをせんか?」


 剣児の発言から少し間を置き、爺さんがゆっくりと口を開いた。


「えー、よぼよぼの爺ちゃんとかー?」


 剣児はどこか馬鹿にするような雰囲気を出していた。


「外にお前が友と遊ぶ時に使っていた木剣があるじゃろう。それでやろうか」

「いいけど、おら剣士になったし、レベルも上がったから爺ちゃんが思ってるほど子供じゃないぞ」



◇◇◇◇◇◇



 皆で外に出て、剣児は言われたとおり木剣を二本取り、そのうちの一本を爺さんに手渡した。

 そしてここから爺さんと剣児の手合わせが始まる。


「わしはここから動かないからどこからでもかかってきたらええ」

「そんなこと言われてもおらは爺ちゃ


 その瞬間剣児の木剣が払われ宙に舞った。

 剣児は何が起きたか分からないといった表情をしていた。

 ほう、木剣を手に持った時に感じたが、やはり爺さん強いな。


「ほっほっほ。剣児よ、剣士が剣を落としたら名が廃る」

「爺ちゃん、本当にやるど!」


 剣児は落ちた木剣を拾い、固く握り締め、意地になって爺さんに詰め寄る。

 爺さんはニコニコしながら一撃一撃を簡単に振り払う。


「どうして剣児君の剣が届かないのか分からない」


 ゆうながそう呟いた。

 尚も剣児は速度を上げ、角度を変え、時に陽動し木剣を振るうが、爺さんは左手を腰に手をつけその場から一歩も動かず全て弾く。

 何をしても届かぬ標的に剣児は焦り、相手が自分の爺さんであることも構わずに力いっぱい剣を振っているようだ。

 剣児の動きが鈍った一瞬の隙で、木剣の先端が首に触れ、動きが止まった。

 一瞬の隙とは言ったが、この戦いの中、全ての攻撃が隙だらけであったことは爺さんも分かっているだろう。


「ざくっ」


 爺さんが笑いながら言った。

 剣児は乱れた息のまま木剣を降ろし、そのまま地べたに腰を降ろした。


「爺ちゃん本当に強いんだなぁ。おらが子供みたいだった」

「何を言ってるんじゃ。まだまだ子供じゃよ。まぁわしよりも兄貴の方がちと強かったんじゃがな」


 いつも賑やかなゆうなが何も言わないなーと思い目を動かすと、拳をギュッと握りながら前傾姿勢になっていた。

 この戦いがそれほどのものに見えたのだろう。

 俺からすると見応えはなかったんだがな。

 

「これじゃあおらが残っても意味ねぇな。おらはやっぱりゆうな達と魔王を倒しに行くことにするわ!いやーでもこんなに爺ちゃん強かったんだなー。せっかくだからなんか技やって見せてよ」


 剣児が俺達とまた行動を共にしてくれると分かり、俺もゆうなも一安心した。

 剣児のお願いに爺さんが応える。


「一度きりじゃ。この剣じゃ耐えられんから、さっきの剣を貸しんしゃい」


 剣児は家へ戻り、木箱から取り出した剣を爺さんに渡し、これから何が起きるか興味津々といった表情で見ていた。

 剣を受け取った爺さんは、両手を降ろし全身の力を抜いた。

 そして目を閉じた。

 爺さんは精神を集中し、この場は何か研ぎ澄まされたような雰囲気に包まれた。

 剣を両手に握り、剣先を地に向け構える。


 刹那、爺さんの心が動き、体もピクッと動いた。


飛雪千里斬ひせつせんりぎり!」


 サァァァ


 下から上に振り上げた一振りは、静かながらも力強く、地を削った一本の線が遠くまで伸びた。

 線上にあった木々は割れ、音を立て倒れていった。


 ゆうなと剣児は言葉を失っていた。

 俺はというと、仮に【ダブルヘッドバイソン】がこの線上にいたとして、逃げ切れず二つある頭の一つが斬れた場合、【ワンヘッドバイソン】になるのかなーとかそんなことを考えていた。

 そんな静寂の中、ゆうなが口を開く。


「け、剣児君のおじいちゃん凄いね、ははは……」

「くくく」


 ゆうなの引きつった笑いを追いかけるように俺も笑った。

 俺の笑いは決してゆうなのような乾いた笑いではない。

 頭が一つになったら【ワンヘッドバイソン】って、それはただの【バイソン】じゃないかと気付いた事による笑いだ。


「わしはなぁ、剣ノ神じゃが、この剣には神様じゃなく仏様がついていると思うんじゃ。事実、仮にも神の名を借りてるわしが仏様に助けられたんじゃからなぁ。この剣で斬ることで魔物も極楽浄土に行っているはずじゃ」


 爺さんは持っていた剣を剣児に渡しながら、なんか深そうで浅い意味の分からぬことを言っていた。


 しかし爺さんのこの発言の意味は、十分な期間を経て理解することになる。

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