放課後

@anapplesead

第1話

 これといった理由もなく、教室に居残って勉強をしている。この習慣もかれこれ半年は続けているが、最近小さな変化があった。同じクラスの林田君の姿を見かけるようになったのだ。彼とは、学年が始まってすぐの出席番号順の座席では隣だったのだが、その後はあまり接点がない。そのくせ、質の悪いことに、私は彼を「推して」いる。話さないのにどこを好きになるんだ、という声も聞こえてきそうだが、彼はいわばアイドルなのだ。一挙手一投足に注目し、目が合ったら思わず息をのんでしまう。身近な存在を推すというのは、案外楽しい。

 さて、放課後、教室、2人きり、いかにも何かが起こらんばかりの状況なわけだが、自習中の彼に声をかけるわけにもいかず。LINEも持っていない私にとっては、仲良くなる大チャンスなのはわかっている。しかし、彼も適当そうに見えてやる時はやる性格の持ち主だ。これで邪魔な奴認定されてしまっては元も子もない。同じ空間にいられるだけでも幸せなのだから、我慢しようと気を取り直して、勉強を再開することにした。

 最終下校のチャイムが鳴る。家に帰ろうと支度をしていると、「森さんっていつも自習してんね、偉いわぁ」と声をかけられた。えっ推し君から声かけられた!嬉しい!と狂喜乱舞する心を抑えつつ、「え~、林田君も最近毎日いない?」と返す。「や、なんか受験生だし?そろそろちょっとはやんないとなって思ってる。」とのこと。学校に来てもゲームの話ばかりしてるくせに、ほんとこういうところあるよなぁなんて思ってみたり。「おーさすが日本史満点は優秀っすね」「あれ、お前文系だよな、理系に負けるとかざぁこ」ぐうの音も出ないとはまさにこのことを言うのだろう。「そういう林田君は物化どうなのよ」「いや俺らは未習あるから、まだまだこれからっすよ」答えあぐねて少しの沈黙が挟まれる。「そういえば、林田君ってゲーム結構してるの?この間の体育で隣のクラスの人が言ってたんだけど」私は話題を変えることにした。彼は少しだけびっくりして、「あー、いろいろやってる。」とだけ答える。「何やってるの?」今日の自分は、少し口下手だなぁとぼんやり考える。「最近は原神が多いけど、ほかにもアズレンとかFGOとかもやってる。おもしろいよ」ときちんと返してくれる。「えっFGOやってるの!?私もやってるー」と言うと、「え、ゲームやんの?意外。」なんて驚かれた。「うん。友達に勧められて始めたら結構面白くてね。」「時代は原神だよ」少しだけ遠くを見つめながら、言葉を紡ぐ。「原神?どんなゲームなの?」「なんかフィールド探索したりするみたいな」「あー、ゼルダみたいな?」「そんなかんじかも」窓から差し込む西日がまぶしい。「ゲーム初心者だからやれそうだったらやってみるよ」と、ありふれた返事をすると、「いやお前は日本史の勉強してたほうがいいだろw」なんて煽られた。「うるさいw息抜きだって大事なんだよ」「あー、趣味ですか」この間の授業での発表についてだろうか。「その話はやめてー...」「なんで?普通によかったよ」「ありがと。他の3人にも伝えとくわ」そうごまかす私に、彼は「まあテーマむずかったし、しょうがないんじゃね」とフォローしてくれた。「なんか今日優しくない?」とつい本音をこぼしてしまう。彼は少しにやついて、「何言ってんだよ。おれは、いつも、やさしい。」なんて言うから、「えー、そんな強調して言う?」思わず軽口をたたいてしまう。「普段あんまり喋らないからわかんないな~」あなたともっと話したいです。という思いを込めて言ってみる。しばしの静寂。思わず伏し目がちに彼を見る。少しだけ顔をこわばらせて「やー、もっと話せばわかるよ、俺がどんだけ優しいかが。」怒ってはいないとわかり、少し安心する。「まあ優しくないことはないと思ってるけどね」少し上から目線な、口をついて出た言葉が彼の耳をくすぐったと同時に、校舎を出た。「どっち?」後ろ髪を引かれるような気分だ。「俺はこっち。」「じゃ、私は通用門からだから、」またね、と手を振ろうとしたら、「いや、森サンもこっちから帰ろうぜ」なんて誘われた。「前にこっちから帰ってたじゃん?ほら、俺の優しさ、教えてやるよ」なかなかに強引な言葉に、私は少し面喰いつつも「しょうがないなあ」とだけ返す。一緒に帰れる日が来るとは思ってもみなかった。茜色に照らされて、私たちは歩いていく。

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