屋敷で一緒に暮らししている無表情なメイドが、帰ったら俺のベッドで「私の未来の旦那様ぁ……」って呟きながら寝てた。
二歳児
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騎士団長キアーナ・ミラーの屋敷には、フェリアというメイドが住み込みで働いていた。
そのメイドは無表情で、淡白な性格だ。ずいぶん前に雇ってから、公私混同しない謙虚な姿勢から解雇する理由もなく、一年ほど二人暮らししている。
キアーナとしても私生活と仕事の線引きをしてくれるのは非常にありがたく、自分の家に他人がいるとはいえ過ごしやすい生活を送っていた。
が、ずっと続くと思っていた平和な暮らしも限界があったらしい。
目の前に光景に、キアーナは頭を抱えて嘆息した。
「私の未来の旦那様ぁ……」
眼下では、メイドのフェリアがベッドの中にうずくまっている。
普段の感情を読み取れない表情からは想像もできないほどの幸せそうな
思わず可愛らしいという感想を抱いてしまった自分を恥じる。相手は子供ではないのだから、可愛らしいという言葉は失礼だ。
(起こすか……?)
現在の最善策としたら、起こさずにこの場を立ち去ることだ。
(早く帰ってきてしまったのだから、俺の責任だろう)
第一王子の外交活動の護衛は、来週末までかかる予定だったのだ。フェリアの可愛らしい姿は、ここまで早く帰ってきたしまったが故の油断しきった姿だろう。
そうして、起こそうと決意したのだが。
「んぅ……」
フェリアから甘ったるい声が漏れ出る。胸の奥が締め付けられるような感情に首を傾げつつ、彼女の肩をゆすろうとして、………手を止めた。
(少しだけ、少しだけでいいから触れてみたい)
普段フェリアは主従の関係に明確な一線を引いていて、キアーナがこうしてゆるゆるに緩んだ姿を見ることが出来る機会はそうそうない。
いつも家の中で仕事をさせてしまっている弊害の象徴であるはずの白い肌。その透き通って柔らかそうなフェリアのそれが目に毒だった。
そっと、彼女の頬に触れた。
ぴくん、と身を震わせた彼女は、驚いて固まっていたキアーナの指に縋りついてきた。激しい運動をしているわけでもないのに心臓が高鳴る。
柔らかく滑らかな彼女の素肌はふわふわとしていて、今にも壊れてしまいそうで怖かった。
瞬間。
フェリアの瞼が薄く開けられた。淡いエメラルドの瞳が、少し揺れた後にキアーナを見つけて嬉しそうに輝く。
キアーナは後悔した。
どう謝ろうと思考を巡らせていると、寝起きで目を蕩けさせたままのフェリアが抱き着いてきた。突然のことに追いついていない思考のまま、女性を無下に扱うこともできないので何もできず、行き場のない両手を弄ぶ。
「どうした?」
出来るだけ優しく、これ以上彼女に申し訳ないことはしたくないという思いを込めて問いかけた。
「……キア様」
一度も呼ばれたことのない愛称でフェリアに呼ばれる。普通であれば不敬なことだというのに、咎めようと思わないどころか心地よい。
いくら騎士団長になり管理職のような仕事が増えてきたキアーナとはいえ、力を仕事をしているわけでもない女性に抱き着かれて揺らぐような体格ではない。
幼いころから戦うために育てられたが
「ほんとにキア様だ……。会いたかった、寂しかった……」
普段の決して間違うことのない敬語とは裏腹に、まるで子供のように縋りついてきた。女性らしく柔らかいフェリアの身体と密着することになってしまい、心臓が早鐘を打っている。
また目を閉じた彼女が身じろぎをする。居た堪れない、と心のどこかで思った。
「フェリア、目を覚ましてくれ」
「起きてます……」
「……起きてるならなおさら、少し体を離してくれ」
「嫌です……」
完全に、寝ぼけている。
ここまで眠くなるほどに仕事をさせてしまったのだろうか。仕事だから仕方ないとはいえ、彼女にはもう少し休むということを覚えてほしい。
だんだんと呼吸がゆっくりになっていって、キアーナに寄り掛かったまま体の力が抜けていく。
(どうしたものか……)
キアーナはフェリアと触れ合えて嬉しいという気持ちを隠すこともできずに、今の現状に途方に暮れることとなった。
⚔
家に帰ってきてから一時間ほどが経った。
仕事の緊張感で疲れていたのかキアーナも眠ってしまい、目が覚めた時には外が少し暗くなっていた。フェリアは、相変わらず目を閉じたまま幸せそうに寝息を立てている。
さすがに足が痺れてきた。
夕食の準備などもキアーナにはできないことだ。ほかに雇っている使用人がいるわけでもないため、フェリアに頼むしかない。
(起こさなくては)
キアーナが眠ってしまう前よりも抱きしめる手に力が入っているような気がした。その抱きしめてくる手を剥がすこともできずに、
フェリアは起きることを渋るように、キアーナの胸元に顔を埋めてきた。だんだんと彼女を起こしたくなくなってくる。そんな思いを振り払って声をかけた。
「フェリア。起きてくれ。足が痺れた」
ぱち、とフェリアの目が開く。
「キアーナ様………!?」
自分の現状に気が付いたのか、フェリアが勢いよく身を引く。ベッドから落ちてしまいそうだったので慌ててその手を掴み、優しく立たせる。耳まで真っ赤に染まった彼女が、何も理解できないという風に目を回していた。
「私は、何を……?」
「特に何もしてない」
「……嘘です。してないわけないです」
「俺のベッドで寝ていて『未来の旦那様』と言ったり、急に抱き着いてきたりしたな」
にやり、とわざとらしい笑顔を向けつつも言うと、顔を真っ赤に染め上げてから頭を下げた。
「あ、ぅ……すいません……」
なぜだろうか。照れるフェリアはやはり、可愛い。
思わず虐めたくなってしまってそう言ったのだが、彼女は本気で申し訳なさそうだ。
(責めたいわけではないのだが……)
どうすることもできなくて彼女の柔い髪に手を伸ばした。一瞬驚かれるものの優しく撫でてやるとおとなしくなる。
「そこまで気張らないでいいと、何度も言っただろう」
「………ありがとう、ございます」
蕩けた表情でフェリアは視線を逸らした。その様子は可愛らしい少女のそれで、仕事をしているときの真剣な表情とは似ても似つかなかった。どうも、フェリアは頑張りすぎるきらいがある。
(俺のために努力してくれているとは思うのだが……)
やはり無理は良くない。
一人で仕事をさせてしまっているキアーナとしては、彼女が負担に思っていないかだけが心懸かりなのだ。
今はただ、彼女との距離を詰められればと思うのだった。
「そういえば、寝ぼけているフェリアにキア様と呼ばれたのだが」
「え……?」
慌てて口元を抑えるフェリア。
彼女は確かにキアーナのことを『キア様』と呼んでいた。
「初めて愛称で呼ばれた気がする。前に一度許可したが辞退されたこともあったな」
「……そ、それは」
「なんで急に呼んでくれたんだ?」
「あ、いや……その」
言葉の続きを待っていると、恥ずかしそうに目を伏せながら彼女は「……一人の時は、ずっとキア様って呼んでいたので」と呟いた。
(なぜ一人の時だけなのだろうか……?)
恋愛的な面では絶望的に鈍感で不器用なキアーナには、それの意味が分からない。フェリアは、恥ずかしそうな表情から一転して少し諦めたようにため息を
納得のいかないまま視線を向けると、小さく目を逸らされた。
「……まあいい。もう少し距離を詰めてくれるのであれば、それでいい」
「距離を詰める、ですか?」
「仕事をするにしても雇用人との関係が良好の方がやりやすいだろう」
「そうですが」
顎に手を当てて悩み込んだ彼女は、今何を悩んでいるのだろうか。自分の感情でさえも上手く扱えないキアーナには、それを推測することが出来ない。
「どのようにして距離を詰めますか?」
「……もっとフランクに話してくれてかまわない。敬語ではなくてもいい」
「もう一年もこれで接してきたのですが、………迷惑でしたか?」
本気で心配そうに彼女が問いかける。慌てて否定するも、反省するようにぎゅっと拳を握っていた。
どうすれば彼女の落ち込みを解消することが出来るのか。
やはり人間関係というのは難しすぎる。とりあえず頭を撫でると、表情の乏しかった彼女にしては信じられないほどに幸せそうな顔になった。
「別にフェリアが過ごしやすいほうで構わない」
「では、このままでお願いします」
「わかった。……不敬などは何も気にしなくていいからな」
「身分差は気にするな、ということでよろしいのですか?」
「ああ」と肯定を返すと、フェリアは嬉しそうに顔をほころばせた。
身分差は気にしなくていい、少し前のキアーナだったら思いつかないような言葉だ。極度の人間嫌いは彼女を前にしても発揮されていたし、そもそも人と話す機会がなかったのだから。
「じゃあ身分差を超えた恋愛もできますね?」
「別に平気だろう。貴族連中は
楽しそうに問いかけてきた彼女にそう返すと、不満そうに頬を膨らませた。
そこまで貴族の輩と恋愛したかっただろうか。フェリアの恋愛事情に口を挟みたいわけではないが、彼女が自分ではない誰かといるところを想像するのは胸が痛い。
一人で思考にふけっていると、フェリアの細く繊細な指で髪を撫でられた。
「どうした?」
「仕返し、です」
仕返しならば受け入れるしかない。甘受していたキアーナに、フェリアが優しく語り掛けてくる。
「お仕事お疲れさまでした。これからも頑張ってくださいね」
「フェリアの生活費もあるからな。さぼるわけにはいかないだろう」
「……ご迷惑おかけしています」
「ああ、そういうことが言いたかったわけではなくて。………フェリアのために、頑張ろうという話だ」
フェリアは驚きに一瞬瞠目し、すぐに微笑んだ。普段の変化の乏しい表情をかけらも感じさせないほどの優しい顔だった。
「……普段はなぜ無表情だったのか」
「キアーナ様がそっちの方が過ごしやすいかと思ったからです」
確かに、以前であれば関わりが少ないほうが過ごしやすかった。誰かの感情を推測するのも、関わることで生まれる自分の感情を整理するのも苦手だったから。
ただ、誰かを守るためだけに剣が振るえればいい。今まではそれだけの話だったのだが。
「表情に変化がある方が、……俺は嬉しい」
「わかりました」
今は彼女と一緒に過ごすことこそが幸せの象徴となっていたのかもしれない。いつの間にか、家に誰かがいることが当然となっていた。
「私、キアーナ様のこと好きですよ」
「ん?あぁ、ありがとう」
嫌われてはいないようでよかった。と、息を
彼女は、やはり頬を膨らませていた。
少し耳を赤く染めながらフェリアは、近寄ってきて。
「……キア様のばか」
ぎゅ、と抱きしめてから部屋を出て行った。
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突発短編なのでこの後続く予定はないです。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
屋敷で一緒に暮らししている無表情なメイドが、帰ったら俺のベッドで「私の未来の旦那様ぁ……」って呟きながら寝てた。 二歳児 @annkoromottimoti
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