五月十一日 とうりゅうの番号消し
青空の下、一隻の真新しい潜水艦の白い三桁の番号が剥がされていく。その光景を誇らしげな顔で見ているのは当事者たる潜水艦の【艦霊】である【とうりゅう】と、その隣に少し複雑な顔をして見守る【艦霊】【潜水艦救難艦ちよだ】がいた。
「自分の番号を消すのを誇らしげに見るなんて【潜水艦】くらいだよな」
僕が言えば隣の【とうりゅう】がニヤリと口角を上げる。いたずらっぽいその笑みは【とうりゅう】の兄たちを彷彿とさせる。少々、中身に違いがあるものの【同型艦】だと思わずにはいられない。
「俺たちはたくさんの人に名前を呼ばれなくたっていいんだ。俺たちにとって大事な【艦】がこっそり大切に呼んでくれるからな」
「【とうりゅう】、それ誰の受け売り?」
誇らしげに語る【とうりゅう】に聞けば、これまた嬉しそうに口を開く。
「【おやしお】!」
年長者の誰かだとは思っていたが、犯人は潜水艦最年長の【艦霊】だったようだ。
「そっか、君たちそんなこと考えてたんだ」
しみじみと【とうりゅう】の背を軽く叩けば、今度は急に顔を曇らせる。海の上の【潜水艦】の表情は実に豊かだ。
「まあね……だって明日からあまり呼んでくれないんでしょ?」
先ほどよりも勢いのない声が言外に寂しいと訴えてくる。
「大っぴらにはね。呼ぶ回数は減るけど、その分大事に呼ぶよ」
僕がそう言えば、【とうりゅう】の目尻が安心したように下がる。この【救難艦】に対する手放しの信頼に僕は応えなければいけない。
「楽しみにしてる」
「うん、任せといて」
それは良く晴れた五月のこと、一隻の潜水艦が静かな海に着任した。
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