ソロりソロり

下垣

ソロりソロり

 入ってから気づくことがある。ここは女子トイレだと。


 どうしても漏れそうだった俺は急いでトイレに駆け込んだ。性別のマークもロクに見ずにだ。どうせ確率は半々なんだ。運よく男子トイレを引くこともあるだろう。だが、俺が引いたのは女子トイレだった。


 己の運のなさを呪わざるを得なかった。用を足してスッキリしたその時。2人の女性の声が聞こえてきたのだ。その時、俺はここが女子トイレだということに気づいてしまった。


 扉がガチャっとしまる音が聞こえた。女性たちは個室に入ったのだろう。つまり、トイレの通路には誰もいない状態である。ということは、今がこの女子トイレを脱出できる最大のチャンス。


 俺は、意を決して扉を開けた。そして、そろりそろりと足音を忍ばせて女子トイレから出ようとする。


 出口までの距離的にはそんなに長い距離ではない。だが、俺はこの距離が万里の長城よりも長く感じてしまう。それほどまでに俺は追いつめられていた。一刻も早くこの花園空間から抜け出さなければならない。でないと俺は変態の烙印を押されてしまう。


 その時だった。水がジャーっと流れる音が聞こえた。ま、まずい。このままだと個室から出られてしまう。そうなったら、一貫の終わりだ。


 俺は焦って足を速める。しかし、それがまずかった。掃除したばかりのツルツルの床。俺は盛大に転倒してしまった。


 痛い。だが、今の俺は痛みを苦に感じている暇はない。ここで転倒して痛みに悶えていたら時間だけが過ぎてしまう。幸い、転倒した時の音はそこまででかくなかった。立ち上がり、早く出なければ……


 しかし、無情にも二発目の水がジャーっと流れる。し、しまった。もう1人の方も用を足し終えたのか? そろりそろりとか言ってる場合じゃない。こうなったらダッシュしてでも抜け出さなければならない。


 だが、今度は3回目の水が流れる音が聞こえた。どういうことだ? 個室に入っているのは2人のはず。水が流れる回数があわない。


 ま、まさか……こ、これは……! 音消しのために水を流しているだけなのでは。そう言うことならまだ余裕はある。そろりそろりを継続しよう。


 だが、この時の俺は別の可能性に至っていなかった。俺が目指しているトイレの出口は入口でもあった。そう。この空間に入ってくる人物はいるのだ。


 トイレの入口が開く。し、しまった。俺の人生はここで終わってしまうのか!? このまま変態の烙印を押されてしまうのか。


 そう思っていたら、中に入ってきたのは中年のハゲあがったオッサンだった……え!?


 オッサンは普通に涼しい顔をして、小便器に向かっていった。小便器!? あ、あれ? ここ女子トイレじゃない? あれ? ってか男子トイレじゃん!


 個室が空いて、中から2人のおばさんが出てきた。いかにも厚かましそうな面だ。


「うわ! びっくしりたな」


 オッサンがビックリしている。そりゃそうだ。男子トイレにおばさんが紛れ込んでいるんだから。


「あら、ごめんなさいね。女子トイレが混んでいたから」


「そうそう。今日だけ男ってね。あはは」


 良かった……助かった。先程まで生きた心地がしなかったけれど、今は生の喜びを実感できている。だが、俺はこの厚かましいおばさんズのせいで死ぬような想いをしてしまったのだ。正直言って恨めしい気持ちでいっぱいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロりソロり 下垣 @vasita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ