手前一丁

ジュン

第1話

「一丁前の人間にはどうやったらなれるんだろう」

藤本はそうつぶやいた。

「藤本くんは十分一丁前だと思うけどな」

私はそう言った。

「僕は働けてないんだ」

「知ってるわ」

「そんな僕のどこが一丁前だと思うの?」

「『働く』ってどんなこと?」

「仕事をすることだろう?」

「そうね。でも……」

「でも、なに?」

「『働く』って、『「人」が「動く」』って書くでしょ」

「そうだね」

「それって、賃労働に限らないと思うの」

「…………」

「心臓って休まず『働いて』いるじゃない」

「ああ」

「でも、心臓はお給料もらわないのよね」

「…………」

「私、思うんだけど無論、賃労働は尊いわ。だけれど、生きてればそれだけで働いてる、ということでもあると思うの」

「生きてればそれだけで働いてる……」

「そう」

彼女は続けて言う。

「それに藤本くんは、社会生活は疎いけど、基礎生活の管理とか、余暇生活の計画とか、きちんとやれてるじゃない」

「まあね。親から離れてそれっきり。家はあるけど、て言ってもアパートだけど、ホームレスみたいな生活。布団に新聞広げてパンと弁当を食べてコーヒーを飲む。そんな生活だ」

「だけど、藤本くんは勤勉だし物知りだし、それに頑張りやさんじゃない」

「そうかなあ」

藤本はうれしいような恥ずかしいような表情を浮かべる。

「狭義の働くってことは、本人の置かれた状況で、できたりできなかったりするものでしょう?」

「そうなんだよなあ」

「藤本くんは決して怠惰なわけじゃない。一旦決めたことは頑張る性格でしょう」

「褒めすぎだよ」

「だからさ、藤本くんは一丁前だよ」

彼女の言葉に藤本の心は溶けていった。


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手前一丁 ジュン @mizukubo

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