エ◯ーテイルこうだったらよかったのに

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本文

 今日は俺の十歳の誕生日。モンスターテイマーになって、町から旅立つ日だ。小さい頃からテレビを見て憧れていた、最強のテイマーになる最初の一歩を踏み出すんだと思ったら全然寝られなくて、目を覚ましたらとっくに約束の時間を過ぎていた。慌てて着替えて靴の踵を履きつぶしたまま、近所のモンスター研究所に走っていった。歩いたってすぐそこなんだけど、今日は道のりが長い気がした。


「おはよう博士!」

「おお、やっと来たか。待っていたぞ! さあ、好きなモンスターをこの中から選ぶんじゃ」


 博士はモンスター研究の第一人者で、権威ある偉い人らしい。でも偉そうな感じじゃなくて、むしろ友達みたいな付き合いをしている。

 博士の話は時々難しい言葉が多くてつまらないけど、モンスターバトルの話は面白くて、聞いているだけで同じような体験をしたような気持ちになれる。


 机の上には三つのボールが並んでいて、中にはモンスターが入っている。草攻撃が得意な植物系のワンダーシード、炎攻撃が得意なトカゲ系のホムリザード、水攻撃が得意なカメ系のカメノコ。みんな元気いっぱいで、選んで欲しそうな目で見てくる。全部選びたいところだけど、旅立ちの日に選べるのは一匹だけだと決まっている。なんでだかは知らないけど、そういう決まりらしい。どれにしようか悩んだ末、俺はホムリザードを選んで、そのままじゃかっこよくないから『セパレート』と名付けた。


「ホムリザードか、そいつは元気が良くていいぞ! 大切に育てるんじゃ」

「はい! よろしくな、セパレート」

「ガウッ!」


 出会ったモンスターを登録できる図鑑とテイムボールを数個渡されて、研究所を後にした。博士の夢は図鑑の完成だったんだけど、歳になって諦めてしまい、俺に託すことにしたらしい。沢山のモンスターに出会いたい俺からしてみれば、一石二鳥だ。これから大冒険が始まるんだと思ったら、いつもの町の景色が別世界に来たみたいに眩しい。

 そこら辺に咲いてる花でさえ綺麗だし、なんたって風が気持ちいい。まるで門出を祝福されているみたいだ! テイマーは特別な場所以外ではモンスターを連れ歩いても良いことになっていて、早速ボールからセパレートを出そうとしたら、勝手に出てきた。


「モンスターなんていないよ」

「えっ?」


 セパレートが不気味なくらい流暢に人の言葉を喋ったので、俺は驚きのあまり固まってしまった。どういうことだ? いくら元気がいいと言っても、人の言葉を喋るはずないし、モンスターがテイマーの許可なく勝手に出てくるなんて聞いたことがない。博士もそんな話はしてなかった。


 聞き間違いでなければ、今のは俺の声だったような。呆然と立ち尽くす俺を置いて、セパレートは走り去ってしまった。


「あ、おい! どこ行くんだよ!」


 はっと我に返って、セパレートの後を追いかけていくと、鳥居をくぐっていくのが見えた。こんなところに神社ってあったっけ? 石段も社も無くて、大きな鳥居だけがある変な場所だ。

 鳥居をくぐると、広い敷地には小さな池がぽつんとあるだけで、他は木がまばらに植わっているだけだ。気味が悪い。早くここを出たい、心臓の奥の方がぞわぞわする。


「ガウ、ガウガウ」


 セパレートは池の向こう側にいて、覗くように促してくる。水面は穏やかで、俺の姿をただひたすらに映している。こんなことに意味があるのかと顔をあげようとして、妙なことに気づいた。風があるのに波打ってない。まるで穴の中に鏡があって、そこに自分が映り込んでいるだけのように見える。それじゃあこの青さは、水じゃなくて空なのか? これはなんなんだ?


「「忘れたままで済むと思っているのか? 真実に向き合う時だ」」


 水面に映る俺とセパレートが同じ言葉を、俺の声で言う。向こうの俺は、赤い目をギラつかせてこちらを睨んでいる。真実ってなんだよ!? 俺はテイマーで、モンスターは実在して、これから冒険が始まるところなんだ。何も忘れていない、思い出したくないことなんて無い! あいつらは嘘を吐いている!! ここから逃げなきゃ!!!


 命の危機を感じて顔を上げた瞬間、向こうの俺の手が伸びてきて、頭を掴まれ引き摺り込まれた。セパレートが悲しそうな声で小さく泣いたような気がする。水でも空でもない青に落ちていく。息苦しくてもがいているうちに、意識が遠のいていく。俺、死んじゃうのかな。


「目を覚まして」


 真っ暗な闇の中で、女の子の声がした。



 * * * *



 目を覚ますと、ベッドの上だった。俺の部屋だ、カレンダーに丸がついている。よかった、あんなのはただの悪い夢だったんだ。そうだよな、ワクワクしすぎて変な夢を見てしまったに違いない。うん、俺の冒険は今日ここからはじまるんだ。


「なん、だ、これ」


 身体を起こすと、俺の部屋はテレビも床も壁も、血でべっとり汚れていた。いつもゲームするときに座っているクッションが特に酷くて、ほとんど血溜まりになっている。

 怖くなって家を飛び出すと、道端に誰かが倒れていた。俺と同じくらいの女の子みたいだ。どこかで会ったことがある気がする。思い出せないけれど。


「あの」


 声をかけようとして、異様な光景に言葉を失った。女の子の腹部からは血が溢れ、内臓が飛び出している。倒れているんじゃない、これはもう……。


「うっ、し、死んでる……」


 口を抑えて思わず後ずさる。誰かに知らせないと! そうだ、研究所! 博士に言えばなんとかしてくれるかもしれない! 俺は研究所まで走った。博士だけはどこもおかしくなっていませんようにと願いながら。


「博士! 博士聞いて、外で女の子が死んでる!!」

「おお、やっと来たか。待っていたぞ! さあ、この中から好きなモンスターを選ぶんじゃ」

「何のんきなこと言ってるんだよ! 人が死んでるんだぞ!」

「ホムリザードか、そいつは元気が良くていいぞ! 大切に育てるんじゃ」


 俺の言葉は無視されて、勝手に話が進んでいく。そんなことをしている場合じゃないのに! どうして話を聞いてくれないんだ!? 体も意思とは関係なく動いて、選びたくもないのにホムリザードの入ったボールを手にしていた。最初から『セパレート』という名前がついている。


「真実とは、一人で背負うには重すぎるのじゃ。大人しく冒険に出たほうが賢明じゃよ」


 博士はそう言うと、俺を研究所から追い出した。恐る恐る目を開けると、道にあった女の子の死体は無くなっていた。やっぱり何かおかしい。


(まさか、博士がやったのか?)


 不安が拭えなくて研究所の扉をそっと開けると、博士が立っていた場所も、ボールが置かれていた台も、ぐちゃぐちゃになって血が飛び散っている。さっきまでなかったはずの、人一人が乗せられそうな拘束台に、黒ずんだ汚れがこびりついている。これも、どこかで見た覚えがあるような……。


「どうなってんだよ……何が起きてるんだ」


 急に頭痛がして、頭の中に映像がよぎる。白い何かを博士が拘束台に乗せて、何かは暴れて俺に助けを求めている。死んでいた女の子なのか? やっぱり博士が? でもどうして? わからない、何も信じられない!


 もう訳がわからなくなって町を飛び出した俺は、無我夢中で走る。神社とは反対側にまっすぐまっすぐ、目をつぶってどこまでも。真実に向き合う時だと言った水面の向こうの俺の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


「痛っ!」


 大きな物にぶつかってようやく目を開けると、もふもふした毛の塊があった。一歩引いてみると、クマ形のモンスターが堂々と立っていた。いつの間にか近場の森まで来てしまっていたようだ。俺がぶつかった事に腹を立てているようで、唸り声を上げる。


「や、やばい! でも、今の俺なら」


 普通なら逃げなきゃいけないところだけど、モンスターがいるから戦える。セパレートをボールから出して、バトルの姿勢に入る。こっちのレベルは5、敵のレベルは……255!? 強すぎるだろ、なんでそんなモンスターがこんなところにいるんだ!?


「とにかく攻撃だ! いけっ!」


 俺はセパレートに攻撃を指示する。セパレートは爪で引っ掻こうとするが、毛皮に阻まれて全くダメージが通らない。クソっ、こいつを倒せば宝箱があるのに。……? どうして、宝箱があるって知ってるんだ俺? このクマみたいなやつ、前にも戦ったことがあるような気がする。その時も攻撃が通らなくて、倒されたんだよな。確かその後……。


「ガウッ! ギャウゥ!!!」


 俺がぼんやりしている間にセパレートは殴り倒され、瀕死の状態になってしまった。そのまま頭から丸かじりにされて、バリバリ、ボリボリ。骨ごと噛み砕かれて喰われていく。モンスター同士のバトルは一方が瀕死の状態になったら、もう一方はそれ以上攻撃しないはずなのに。やっぱりこの世界はおかしい。

 俺は目の前で相棒が喰われていくのをただ見ているしか出来なかった。恐ろしくて腰が抜けて立てない。クマはセパレートを喰い終わると、今度はこっちへ近づいてきた。今度こそ死ぬ。


 大きく開かれた口の黒さに飲まれて、意識が途切れた。



 * * * *



 目を覚ますと、また俺の部屋に戻っていた。女の子が死んでいたのはあの一回だけで、それ以降は出てこなかった。旅立ちの日は何度も繰り返され、滝に行こうが洞窟に行こうが、最終的にはクマ型モンスター、図鑑で表示されるところの『ベアクロー』に遭遇してしまう。

 事前にレベルを上げても100が上限で、相性のいい技も覚えられない。モンスターはレベルが上がると進化するはずなのに、セパレートは嫌がって進化しなかった。ワンダーリーフを選んでも、カメノコを選んでも結末は同じで、負けて食われての繰り返し。

 テイムボールで捕まえてしまえばいいと思ったけれど、弱っていないからすぐに出てきてしまうし、道中他のモンスターを捕まえても、ベアクローに遭遇した途端逃げ出してしまい、戦力はいつも一匹だけになってしまう。


 ループする度、部屋には変化があった。行くな、思い出すな、目を開けるなと血で壁に殴り書かれていて、どんどん増えていく。倒すなってことなんだろうけど、ベアクローをどうにかしなければ先へ進めない。でも一匹だけじゃ敵わない。どうすればいいんだろう。ベッドから起き上がって、見慣れてきた血まみれの部屋で少し考える。ループを脱出する手段はあるはずだ。


 もし、もしも最初の三匹を全部連れていけたとしたら? 三匹がかりなら倒せるかもしれない。かすかな希望が見えてきた俺は、ゆっくりと研究所に歩いていった。


「おお、来たか。待っていたぞ! さあ、この中から好きなモンスターを選ぶんじゃ」

 一回目と同じように、ホムリザードの入っているボールを選ぶ。


「ホムリザードか、そいつは元気が良くていいぞ! 大切に育てるんじゃ」

 博士が喋っている最中に、手を伸ばして隣のボールを取った。

 すると、博士の動きが止まった。そのまま首だけがぐるりと後ろに回り、壁に向かって喋り始めた。


「エラーメッセージ01:テキストが用意されていません」

「エラーメッセージ01:テキストが用意されていません」

「エラーメッセージ01:テキストが用意されていません」

「エラーメッセージ01:テキストが用意されていません」


 無機質な機械のような不気味な声が、研究所に響き渡る。俺も金縛りにあったように動けなくなった。目をそらすことすら出来ない。


「予期せぬエラーが起きました。動作を終了します」


 という声を聞いたのを最後に、視界が暗くなって意識がなくなった。目を覚ますとまた俺の部屋のベッドにいた。壁に目をやると、操られたフリを続けろと書いてある。別の作戦を考えろって意味だろうか? 操られたフリ……博士にアドバイスを貰いにいくとかか? とりあえずやってみよう。駄目だったらまた部屋に戻ってくるだけだ。俺は考えるのをやめて、とにかく行動することにした。


 モンスターを選んで、しばらくは適当に捕まえたりレベル上げをする。ベアクローが出てくる直前まで進んでおいて、一旦町まで引き返し、研究所まで戻ってきた。ドアを開けると、血まみれの光景はなく博士が待ち構えていた。ニコニコ笑っているのが気味悪い。


「博士、もっと強いモンスターを捕まえたいんだけど」

 あくまで何も知らないかのように振る舞うことにした。さて、どう出てくるか。


「ほほう。なら草原の真ん中にある井戸に少女がいるから、そいつを殺してくるんじゃ。そうすれば、強いモンスターが手に入るぞい。泣き叫んでも、助けを求めてきても決して言うことを聞いてはいかんぞ」

 と言って、博士は錆びたナイフをくれた。


 正気じゃないと思った。女の子を殺したらモンスターが手に入るなんてどう考えてもまともじゃない。けれども博士の眼は笑っていなくて、俺は叫びたくなりそうなのをこらえて草原に向かった。井戸の真上に黒い服の女の子が浮かんでいて、すすり泣いている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 誰かに謝り続けていて、手で顔をおおっている。苦しそうで、悲しそうで、どう声をかけていいかもわからない。セパレートはそんな俺の様子をじっと後ろから見ている。早くやれと無言の圧力をかけてくる。


「……出来ないよ、こんなの」


 俺は錆びたナイフを手にしたまましばらく様子をうかがっていたが、何も悪くない女の子を相手に残酷な事はできなくて、近づくことも話すこともなく研究所に戻った。だって彼女は、生きたいと思っていただけなんだから。


「どうじゃ? 強いモンスターだったじゃろ」

「…………」


 無言で博士に近づく。怒りと憎しみが背中を押してくれる。前にもこんな感情を持っていた気がする。


「な、何をするんじゃ!」

「ごめん博士、こうしないとあいつに勝てないんだ」


 俺は錆びたナイフを博士の心臓めがけて突き立てた。うっとうめき声を上げて、倒れた博士が動かなくなったのを確かめてから、机の上にあるボールを二つ手に取った。エラーは起こらなかった。



 * * * *



 それからレベルを全員100まで上げて、草、水、炎の合体攻撃でベアクローを倒した。あれだけ手こずっていたのに、倒すのはほんの一瞬だった。森の奥、階段を降りると宝箱があった。俺は中身を知っている。磨かれたナイフだ。手にとった瞬間全てを思い出した。


 俺はあの日、森の奥の入っちゃいけないって言われていたところに入って、ベアクローに襲われた。一緒にいた白い服の女の子を置き去りにして一人逃げ出して、大人に喋ったらバレてしまうから内緒のままにしていたら森のキャンプが襲われて、それで。俺一人だけ生き残って……。


 磨かれたナイフを手に、俺は部屋のクッションに座り、自分の心臓にナイフを突き刺した。ごめんな、俺が助けられなかったばっかりに。言いつけを守らなかったばっかりに。何度も何度も、許しを求めるように、ナイフを自分の体に突き刺して、意識が薄れていくのを待った。これで、冒険が終わるんだ……。



 期待を裏切るように、俺はベッドの上で目を覚ました。


「終わらない!? どうしてだよ! もう全部思い出したのに!」


 部屋はまっさらに戻っていて、外に出ると研究所が跡形もなく消えて別の建物が建っていた。まだ思い出し足りないことがあるっていうのか?


「目を覚まして。本当の世界はここじゃない」


 あの子だ。振り返っても誰もいないけれど、確かにあの子の声だ。本当の世界って? ここは違うのか? 

 外をうろうろしていると、どこへ行っても繋がっていたベアクローの森は無くなっていて、塔まで続く道に変わっていた。隙間から覗くと、暗闇の中に光る大きな目が一つあった。こちらを見極めているような気がする。どこか、懐かしい友人に久しぶりに出会ったような、不思議な安心感がある。満足したのか、大きな目は閉じられ、塔の扉が俺を迎え入れるように開いた。


「いかないで」

 俺の声でセパレートが引き止めるが、振り返らずに扉の向こうへ足を進めた。




 俺は母さんから頼まれて、肉屋にお使いに行って商品を包んでもらうのを待っていた。暇だから店の外で石を蹴って遊んでいると、肉屋の入っているビルの地下から声がする。耳をすませて聞いていると、それはまるで悲鳴のようで、なんだろうと階段を降りて扉の隙間から覗いてみた。

 そして俺は、大柄な男の人が子ヒツジを台の上に乗せて、大きな包丁を振り下ろす瞬間を見てしまった。


「うわあああああああ!!!」


 俺は叫んで階段を駆け上がって、肉屋のおじさんに地下で大変なことがあったと言ったが、おじさんはやれやれと首を横に振った。子供はわかってないなと言いたげに。


「君にもきっと分かる時がくる。今は落ち着くんじゃ」

「嫌だ、そんなのわかりたくない! どうしておじさんは落ち着いてられるんだよ!」

「悲しいけど、人間はこうやって命を頂いているのよ」


 おばさんが諭すように言うが、とても信じられなかった。大人は皆嘘つきだ。店を飛び出すとおじさんが追いかけてくるから、外階段を駆け上がって屋上に逃げた。セパレートの言う通りだ、モンスターなんていなかった。命を奪っていたのは、人間の方だ。


「ほら、戻ろう。いい子だから」


 おじさんが手を伸ばしてくる。その手を取れば、きっと後悔する。あの子をまた見殺しにすることになる。


「いこうよ」


 白い服の女の子が、空にふわふわと浮かんでいる。俺はビルのへりに立って、女の子の手を取った。おじさんの叫び声が聞こえたけれど、おばさんの悲鳴も聞こえたけれど、もうどうでもいいことだった。

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