無職テンバイヤーの俺が最強勇者に転生した件
フジシュウジ
第1話(完結)
「永劫炎狼剣・無限の型、最終章の斬―――ッ!!」
俺は最強の必殺技を放つと、異形の魔王を屠り去った。触手やら目玉やらが大量に絡み合った、なかなかに名状しがたいラスボスだったが、俺の前では敵ではない。
最強勇者の名声をほしいままにしている俺だが、なにを隠そうこの世界にくるまではなんの取り柄もないただの青年だった。そう、日本のどこにでもいる無職のテンバイヤー、それが俺だ。
ある日なけなしの金を持って、転売用のガンプラを買いに行った俺は、トラックにはねられてしがない一生を終えた。しかし次に目を醒ますとこのファンタジー世界に転生しており、しかもチート級の特殊能力を得て、あっという間に最強勇者として君臨したのだ。
あとはとんとん拍子で話が進み、ついでに言うと道中各国の姫君からもれなく求婚を受けて一夫多妻のハーレムを約束され、あっけなく魔王を倒して戻ってきたというわけである。
そしてこれからがお楽しみの酒池肉林タイムだ。
世界の中央にある王都では、俺の帰りに合わせて豪華な酒宴が用意されており、世界中の美女が躍り戯れ、俺の栄光を祝っている。まさに我が世の春を謳歌する日々のはじまりである。先日までネットをさまよいながら必死でガンプラの在庫をさばいていたのがウソのようだ。
それにしてもこの宴はすごい。食べ物も酒も溢れるほど出てくる。街の飾りつけも豪華の一言ではすまず、パレードが幾重にも列をなし山車も勢ぞろいだ。とても一日か二日で用意したものには見えなかった。
昨日まで魔王に襲われ混乱していたというのに、今やサーカスが披露され大道芸師が技を競っている。そういえばこの国、戦士や魔法使いなど戦闘に長けたものがほとんどおらず、やたらと芸人――もしくは調理師や役者など、エンターテイメント系の職業が充実している。不思議な国だ。
「やや、勇者どのここにおられましたか。こちらにどうぞ、時間がありませんぞ」
そういって俺の前に現れたのはこの国の大臣だ。魔王討伐にあたってしっかりとチュートリアルをやってくれた親切キャラのおじさんである。
「各国の姫君たちがお待ちですぞ、ササこちらへ~」
「お、おうそうか。妻たちに会いに行くぞ!」
俺は身だしなみを整えつつ城の方に向かった。
城の濠に降ろされた巨大なかけ橋、その両側にずらりと美女たちが並び、俺に拍手と絶賛の声を投げかけている。これまで恋愛経験のなかった俺は、さすがに鼻の下を伸ばしながら人種も顔立ちも様々な美女たちに近づいていった。
「姫たちからお手紙の授与でございます!」
「なに、手紙?」
「勇者さま、わたくしの気持ちでございます」
「ああ愛しい勇者さま、このお手紙をお読みください、ぽっ(はーと)」
俺は悪い気はせず姫たちからラブレターを受け取り、ねぎらいの声をかけた。まぁお約束だが国王になるのは間違いないので、堂々とした気持ちで手紙の一通を開き、読み始める。
『勇者さまへ
魔王を倒していただきありがとうございます。このご恩は忘れません。このフローレシアの心はいつまでも勇者さまのもの』
けっこうあっさりした文面である。なんとなく儀礼的な。
俺はちょっと胸に引っかかることがあり、次の手紙も読んだ。恋敵の手紙を読んでいるというのに、姫たちはおとなしく佇んでニコニコしている。それも少し気になっていた。
『勇者さまへ』
まったく同じ文面。違うのはフローレシアに替わる、姫の名前のところだけだ。
「おい、なんだこれは」
俺は次々に手紙の封を破り、計十通のラブレターをすべて読んだ。
一文一句、名前以外はまるで印刷したように同じ文面である。ともすれば筆跡すらどこか似ている。
そして俺はついに違和感の根源に行きついた。
日本語なのである!!
この世界には固有の文字があり、俺はチートキャラだがその文字を読むことはできない。
つまりこの世界の言語体系には非対応だ。
だが手紙は日本語、俺が読めるものである。そして……そして――今までなぜ気づかなかったのだ。俺はこの国の連中と――姫や大臣などの関係者だけだが普通に日本語で会話しているのだ!!
「おい、これはどういうことだ!」
大臣を問い詰めると、その頭の薄い男はふうっとため息をついて上目遣いで俺を見た。
「お話しても良いのですが、しかしこの祝宴をお楽しみになることをお勧めいたします。少しでも勇者さまに楽しい時間を過ごしていただきたいのです」
俺は顔を真っ赤にして掴みかかった。
「そんなことはどうでもいい。俺はなんとなくお前たちにバカにされている気がするんだ。俺はそういうところに敏感なんだぞ。いいか、魔王を倒したこの剣でケガしたくはないだろう!」
「ひええ、わ、わかりました。お話いたします。姫君たちはどうか席を外してくださいませ」
心配そうに未来の妻たちが去っていった。俺と大臣のふたりだけになった橋の上で、大臣が仕方なさそうに話しはじめる。それはこの世界の真実についての告白だった。
「もう何百年も前のことですが、王国と対立する大魔導士ゲオゼルクが世界をわがものにしようとしました。しかし時の王は勇敢に立ち向かい、魔導士を追い詰めたのです」
「ほうほう、よくある話だな」
「ゲオゼルクは進退窮まり、禁断の呪法によって異界の邪神を呼び出しました。この世界とは完全にことわりの異なる宇宙の邪悪なる神です。確か――名は……正確には伝わっておりませんが、《よぐ・そとほと》と言ったような言ってないような」
「よぐ……そとほと……?」
と言われても当然俺が知るはずもない。大臣は続ける。
「その邪神はあまりにも強大な力でゲオゼルグなど一瞬で滅ぼし、そしてこの世界すら食らい始めました。あっという間に八割もの世界が食い荒らされ、もはや終わりかと思われたそのとき、我らの先祖は大いなる秘術に目覚め、解決策を編み出したのでございます」
確信に近づいてきた。俺は話を進めるよう促した。
「それは、邪神とはまた異なる宇宙、それも正反対の属性を持つ宇宙から勇者を呼び出し、互いに打ち消し合うよう仕向けるというものでした。さっそく召喚してみると作戦は大成功! 異世界からの勇者たちは、もれなく《ちぃと》なる超絶パワーを持ち、あっという間に《よぐ・そとほと》を撃ち滅ぼしてしまったのです!」
ちょっと待て。こいついま、〝勇者たち〟って言わなかったか?
「しかし《よぐ・そとほと》は無数の次元境界面に接して存在し続ける無限無永の王なれば、一年ほどするとすっかり再生し、再び世界を食い始めます。だから我々は、そのたびに勇者さまを召喚して――」
「なに言ってる。最初の勇者にずっとやらせればいいだろう!」
俺はそのとき、大臣の視線が俺の足元に向いていることに気づいた。ふとそこを見下ろすと、俺の足は足首の辺りまで半透明になって消えかかっていた。
なんだこれは? まさか俺は元の世界に送り返されるのか? そんなのはいやだ、ここでハーレムを作り、王になって暮らすのだ!
「残念ながら勇者さま、お時間でございます。相反する次元が重なれば、作用反作用の法則で対消滅するのは必然でございます。経験上、二日ほどのタイムラグで勇者さまは魂ごと永劫の虚無へと追いやられ、完全に消滅します。できれば最後の一瞬まで、この贅をこらしたお祭りを楽しんでいただきたかったのですが……」
「え、消える? 永劫の虚無――? 帰るんじゃなくて?」
「しかし勇者さまこそ神の恵み! たとえ元の世界では人間のクズでも、我らにとっては救世主でございます!」
「は、人間のクズ??」
「お調べしましたとも。なんと勇者さまの故郷には、同じように勇者の《ちぃと》能力を持った人間が、なんと七〇億人も住んでいるというではありませんか! しかもどんどん増えていて困るほどだと! 年にひとり人身御供に捧げても、まるで影響はありますまい。それでもわれらは異世界の秩序を極力重んじ、そちらの世界で最も〝消えても問題ない〟人間のクズに近い存在を召喚するよう、心がけているのでございます!」
俺はすでに胸までが消えてしまっていた。
「ちょいと待て! な、なんで俺が人間のクズなんだよ! 誰の判断基準だそれは!!」
「はぁ……先々代くらいの勇者さまでございましたか……異世界では〝無職のテンバイヤー〟こそが人間のクズだと申されましたので、それで――」
「なっ!!」
「しかしご安心を。毎年の勇者さまは彫像も立てられます。魔王討伐の日は記念日となり恩赦も! 赤ちゃんの名前にも大人気です。記念硬貨も発行され国中が――」
大臣の声が聞こえたのはそこまでだった。
異界の邪神と打ち消し合う存在――俺はあらゆる意識が宇宙の内側にくるまれ消えゆく不思議な安堵感とともに、最後までそのいぎらりぷるいしたれば――――――
《完》
無職テンバイヤーの俺が最強勇者に転生した件 フジシュウジ @fuji_syuzi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます