リア充アレルギー患者の恋
スミンズ
リア充アレルギー患者の恋
Ⅰ
「おい!隆一、しっかりしろ!」
目を開けるとそこには同じ大学の2年生、理工学部の友人、金本遥がいた。ハルカだが男だ。
「あれ、ここは」
「公園の桜の木の下だ」
「梶井基次郎かよ」そういいながらふっと立ち上がると、僕は過去を辿った。なぜ僕は桜の木の下でぶっ倒れていたんだ?
「まさかよ。お前のリア充アレルギーもここまでだったとは思わなかったんだ。小学生だぜ?小学生の男女が砂場でワイワイ遊んでたからって大学生の非リア充爆死したなんて、いくら友達の俺でも引くぞ」
そうか。俺はリア充をリアルで目にすると倒れるというアレルギー反応がある。そのアレルギーのせいで僕は桜の木の下に倒れ込んでいたんだな……。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。」
「だまれ」遥は呟いた。
「酷いな」
「……一つ、言えるのはお前、卑屈になりすぎだってこと。たぶんだけどリア充アレルギーってさ、お前が卑屈になりすぎて、自分はモテねえんだ、とか言い続けた挙げ句、他人のいちゃこらに拒絶反応を起こすようになってしまったんだよ」
「じゃあどうすりゃいいって言うんだよ」僕は唐突に叱られはじめたので、ちょっと機嫌悪そうに訊ねた。
「簡単だ。彼女を作れ。自分自身がリア充になりゃいいんだ」そう言うと遥はどや顔をした。
「ドヤって……。彼女いない奴に言われてもどうしようもないじゃん……」
「……もういいか、お前が傷つくかもって思って黙ってたけどさ。俺、彼女出来たんだ」
「は?」目の前の男が、意味のわからないことを綴った。
「2ヶ月前だ。高校の時一緒だったんだけどさ、2年ぶりにあったら意気投合してさ。そんなこともあるんだよ」
「うわあ、嘘だ!どこまで行ったんだ」
「すぐそういうのを聞くのやめた方がいいぞ……。まあ、お前の予想までは行ってないと思う」
「じゃあ、指も振れてないのか」
「いや、すげえ予想するな。そんなカップルいねえだろ。まあ、あれだよ。手を繋いで一緒にいたりとか、それくらい」
「はあ、手を繋いでかあ」僕は自分の手を見つめる。この手はなんのためにあるんだろうか。ふとそんなことを思い一人苦笑する。
「気味悪いな」
「俺に勇気がないのは、もうどうしようもないんだよ。だから彼女は、風に任せて、みっかったらいいなぐらいに思っている」
「いや、俺からしたらリア充見つけて倒れられるの、マジで困るんだけど」
そう言うと遥はため息をついた。
大学でも図書館は落ち着く場所の一つだ。本を探すもの、パソコンと睨み合うもの、それは多くがひとりで、しゃべっている人もいない。非リア充が世界に没頭できる場所である。
と思ったら大間違いだ。僕は一人用のしきりのある机に着くと、乱雑に工学の資料を広げた。図書館でも、男女で仲良くしている輩はいる。そう、じゃあどうすりゃいいって、こうするしかないだろ!
「何してんの」すると、後ろから声がした。非リア充爆死リミッターを一時的に解除してくれる、唯一といっていい女友達の大倉佐弓だ。
「あ、大倉か」僕は資料を指差した。
「……ああ、まだレポート書いてなかったんだ」
「ああ、このカドギワをとるのに結構しくじってて」
「馬鹿みたいだ。アホ」
「唐突に暴言やめろ」
「……まあ、ひとつ言えるのはさ、堂々としてりゃいいのにってこと。第一あんたリア充アレルギーって言うけどさ、私隆一くんから見たら異性にあたる筈だけどそれでもなんで他人の異性同士のコミュニケーションに拒否反応起こすのか疑問」
「うん。そういわれたらそうなんだけどさ。大倉は俺をリア充にしてくれるわけでもないし、リア充アレルギーをどうこうしてくれるわけでないし」そんなことをしゃしゃると大倉は突然にやりと笑った。
「ねえ、隆一くん、スケットダンスって見たことある?」
「いや、タイトルは知ってるけど読んだこと無いな」
「じゃあちょうどいいや。もうお前、DOS!!」
「は?」突然の暗号に俺は思考を巡らす。DOS……、DOS。
「...大リーガー、大谷翔平?」
「この流れで大谷翔平でないでしょ!まあいいや。言いたいことは言ったから。じゃあね、隆一くん」
すると大倉は結局何もせずにこの図書館を後にした。俺はそこでしばらく呆然としていたがレポートをやらないわけにいかずまた机を向いた。
あとで遥に聞いた話だがDOSとは「どぶに溺れて死ね」だそうだ。酷いと思ったが金本はきっとお前が知らないうちにKY発言してんだよ、とフォローさえしてくれなかった。
「単刀直入に聞くぞ。隆一、お前大倉のことが好きか?」
「まあ嫌いではないけど」俺がそう言うと遥は頭を掻いた。カラオケの個室で、モニターでは聞いたこともないアーティストの宣伝が行われていた。
「そうじゃなくて、恋愛感情。仲良いだろ、お前ら」
「えー。いや、ガールフレンド=恋愛対象なのか?」
「まあ、そうではないけど」そう言うと遥は何故か歯切れが悪いようにうつむいた。
「ただ、非リア充爆死リミッターが解除されるとすると、俺は大倉を結局意識してるということなんだろうか?」
「うん、それ言いたいわけ」突然遥は笑顔になった。
「ビビった!いきなりどうした」
「隆一、大倉と大学以外で遊んだこと無いだろ」
「ん、まあ」
「じゃあ外で遊べよ」
「ええ」
俺は言葉につまる。考えてみる。『今度カラオケでもいこうぜ』と気軽に言えるか?言えない。ああ、意識してしまうことだろう。俺は、やっぱり確実にあいつを意識している!
「な、無理だろ」
「これはヤバいなあ」俺は呟いた。唐突にムズゲーを渡された気分になった。
Ⅱ
ある日隆一くんが今度駅前にコーヒーでも飲みに行かないかと誘ってきた。断る理由も無いのだが、あまりにも「友達に」「自然に」言う感じだったので、こいつ私を異性として見てないんじゃないかと思った。
ただ、私もむきになって「友達に」「自然に」返すように了承した。うん、なんかそう考えるとマジでどうでも良い気がしてきた。
隆一くんと同じ昼の講義が終わると、やっぱり自然な感じで私たちは合流した。隆一くんは「頭がかったるいなあ。甘いもんが食べたい」とか言い出す。
「ああ、隆一くんはあれか。カフェ行ったらコーヒーっていうより、デザートに目を惹かれるタイプなんだ」
「そうかもしれないなあ。コメダ行くとひとりで大きいシロノワール食いながら勉強したりするし」
「あれひとりで食べるの」私は隆一くんが大の甘党だということを初めて知った。
「じゃあ大倉はコーヒーばっかり飲んでんの」
「いや、別にデザートも頼むよ」隆一くんはなんかずれてんだよなあ、なんて思いながらふと笑顔になった自分に気がつく。
こいつといるとやっぱり気が緩む……。
「駅までどうする?まあ歩いてもいいけど、あれならバスで行く?」隆一くんが言った。
「歩いてこう。今バイト探し中で金欠なんだ」
「奇遇だなあ。俺も」そう言うと隆一くんはBluetoothイヤホンを並んで歩く私と反対の耳、即ち左耳に装着した。
「いっつも隆一くんは音楽聴いてんね」
「まあ、一番気楽に楽しめるし、気持ちいいからね」
「まあ、わからなくもないわ」
すると、彼は右耳のイヤホンを私に寄越してきた。
「聴いてみ」
「これ有線イヤホンならヤバいやつじゃん」私はそう言いながら耳にイヤホンを着ける。するとそこから流れたのは私もライブに行くほどのファンである「dash fish」の曲だった。
「隆一くん。良い趣味してんじゃん」私は笑って見せる。
「マジか。え、何、俺はこのアルバムが一番好きなんだけど」
「私は悩むけど最新アルバムが一番好きだよ」
「あれも良かったよな。えー、マジか。接点てあるもんなんだな」
「確かに」私は友達が同じものを好きでいてくれたことに、なぜだかとてつもない幸せを感じた。共通点がある。その言葉に、私はなんだかムズ痒くなる。
「ねえ。隆一くん」
「どしたの」
「あー、くん付けめんどいから今度から隆一って呼ぶわ。隆一って、dash fishのライブって行ったことあるの?」
「それがなかなか行けてないんだ」彼がそう言うと私はヨシッと声をあげた。
「それじゃあ今度一緒に行こう。その前にカフェで作戦会議だ!」
隆一はちょっと驚いたようだったが、暫くして「マジで感謝!」とお辞儀をしてきた。
Ⅲ
「ごめん。明日は無理だわ」俺がそう言うと遥はにやりと笑った。
「大倉を誘えたか」
「うん。つーかこの前なんか流れでカフェ行ってそのままカラオケ行ったわ。明日はdash fishのライブ行くことにしたんだ」
「唐突に進みすぎだろ。なにが非リア充だお前」
「正直き恥ずかしさも無かったんだよ」無理ゲーだと思ってた事項も全くもって簡単だったのだ。
「熟練カップルじゃねえか」そう言うと遥はため息をついた。
「じゃあ、リア充アレルギーも収まったんか」
「……ダメだった」
「は?」
俺は自分でも戸惑ったように言う。
「佐弓とカフェ言ったときの帰り道の話だ」
「ああ、っていつの間に下で呼ぶようになったのな」
「河川敷をゆっくり歩いて帰宅しようとしたんだ。あの河川敷下手なスケーターとじいさんと暴走チャリくらいしかいないから、いつも通り気軽に歩いていたんだ」
「言い方」
「ただその日に限って、5キロくらい先の北高校の陸上部、きっと長距離選手だろうけど、はるばる走ってきていたんだ。6人くらいいたんだけど、そのなかにあからさま男女仲良く話ながら走ってるのがいたんだ」
「あーあ」
「そしたら俺、気づいたら川の水に足だけ突っ込んで倒れてた」
「おいまて」すると突然遥は手を上げて待ったをかけた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃねえよ!死ぬぞお前!命令だ。お前のそのリア充アレルギー、直す方法はもうひとつしかない。大倉に告れ。絶対だぞ」
「なんだその小学生のいじめみたいなの」
「悪いがな、俺の心臓はひとつしかないんだ。お前を友達から省くことは到底出来ないが、そうすると俺はお前が死ぬ前に心臓発作で死ぬ」
「えぇ。なんだそれ」俺は意味不明なことをしゃしゃる友達を見る。
「ああ、大丈夫。お前は大倉が好きだ。大倉もお前が大好きだから」
「催眠術やめろ」
Ⅳ
「ドリンク代500円持ってきた?」ライブハウス近くの駅で合流して、私は念のためそう聞くと隆一は不思議そうな顔をした。
「ワンドリンク制のカラオケ屋みたいなこと言うな」
「ライブハウスって大抵はワンドリンク制なの」
「え、そうなの?初耳。まあ、多めに持ってきたから大丈夫だけど。物販もあるんだろ」
「そうそう。今回の目玉はパンフレットについたデモCDだね。次のアルバムのオープニング曲だそうだよ」
「ネットフリマで馬鹿みたいな値がついてる奴だよね。じゃあとっとと行って買おう」
「そうだね」
ハウスにはまだそこまでの人が来ていなかった。チケットとドリンク代をわたし物販コーナーへ行くとパンフレットを買った。そして奇遇にも隆一と同時に手をかけたバンドロゴのついたリストバンドを買った。物販のお兄さんが「彼氏っすか?」とか余計なことを言ってきたので「腐れバンド友達です」と丁寧に説明した。
私達はそのリストバンドをつけると急いで前の方に寄った。自分達が前を確保した途端後ろから人が大量に流れてきて、間一髪だったと思った。
やがて、ステージが暗転後、daah fishはスポットライトのなか、登場した。ギターの長いソロのあと、聞き慣れた代表曲を掻き鳴らした。
「ライブって良いなあ」隆一はハウスから出るなり言った。
「でしょ」私はそう言った。すると彼はこう続けた。
「この日は宝物になるわ」軽くそう言った。
「そんなかい。それなら誘ったかいあったわ。良かった」
私達は駅に着くとそこで別れた。私は自宅から大学に言っているが、彼は大学近くのアパート住みだった。私はぼおっと対のホームを彼が消えるまでみていた。
『この日は宝物になるわ』
それはどういう意味で言ったんだろう。ふとそう考える私は、ぽおっと頬が熱くなったようで、秋の風が妙に気持ち良く感じた。
Ⅴ
朝っぱらにインターホンがなった。誰ともアポなんてとってないぞ、遥でも来たんだろうかと玄関に出て覗き窓を見るとそこには佐弓がいた。俺は急いで扉を開ける。
「おはよう」
「おはよう。ってどうしたんだよ」
「隆一が死なんように来た」
「どこのガードマンだよ」
「金本くん……の彼女のスギちゃんから聴いたんだよ。金本くんが隆一がリア充アレルギーのせいで川流れに合いそうになったって言ってたって。超意味不明なんだけど」
「まあ、その通りのことがおきたんだ……」
「だから、一緒に学校に行こう」佐弓はなんでもないように言う。
「いや、待って急だな」
「隆一くんには死んでほしくない」
「なんかアニメで死亡フラグ立てたキャラが戦闘に飛び込む前に繰り広げる茶番みたいだな」
「死ね」
「結局死ぬんかい」俺がそう突っ込むと、何故か佐弓はグッと眉を寄せて見つめてくる。そして、小さく「ダメ?」と訊ねてきた。
「……ダメじゃ、無いです」むしろ嬉しいです、とは言わなかった。
このアパートは自分が把握している限り大学の生徒しか住んでいない。外に出ると案の定、先輩や後輩にでくわす。今日は隣に佐弓がいるものだから少々不思議そうな顔を浮かべていたが、出きる限り平穏を保った。
これ、確かに非リア充爆死リミッターは起動されないが、別の意味で倒れそうだと思った。息が詰まりそうだ。くそ、ただの佐弓なのに!
アパートの門を出ると、佐弓は何も喋らずに歩き続ける。ただ、なぜだか彼女の身体はちょっと震えているように見えた。
「どうした、具合悪いの?」
「うるさい黙れ」
「いや、何でだよ!」
そして、無口のまま、俺らは大学の南門まで来た。丁度通学ラッシュでたくさんの人がいた。大抵がひとり、もしくは同姓の仲良いもの同士で通学していた。当たり前だ。俺はなんか場違いなんじゃないかと思った。だが、いいや。
「佐弓、今日は講義どうするの」ふと、俺は佐弓を見る。すると彼女はいきなり、俺に抱きついてきた。あたるものが当たった。のも束の間だった。
彼女の口が、俺の口に覆い被さった。柔らかい舌と唇が、自分の唇に触れた。
回りの人間の動きが、あからさまに止まった。当たり前だ。
俺はそのまま動けずに、ゆっくりと動く彼女の舌に任せた。
佐弓の身体は、なかなか離れなかった。十数秒して、ゆっくりと彼女は俺から離れた。そしてこう呟いた。
「ああ。まじで死ねば良いさ」
俺はなにがなんだかわからなかったが、取り敢えず佐弓を構内の学食レストランまで連行した。
「なにがどうしてあんな行動を?」俺は席につくなり訊ねる。人は殆どいなかった。佐弓はツーンとした顔のまま答える。
「言ったじゃん。死んで欲しくないって」
「いや、キスしたあと死ねば良いいってたじゃん」
「……あのさ。お願いだから」ちょっとちょっかいかけるような言い回しで言ったが、佐弓は真顔で切り出した。
「なに?」
「あのキス。なんのためだったかわかる?」
「え、えーと」
「隆一がもうあり得ないくらいリア充だって、身に染みて知って欲しかったんだよ。あんたがただの友達とか勝手に思っちゃってる私に、こんな恋心を芽生やしやがったんだから。言わさないでよ。だいすき」佐弓はそう言うと、隣に座る俺の手を握った。
「そうだったんだ」だから朝、あんなに彼女は震えていたのか。緊張を押しきって、観ようによっては馬鹿でパリピ的行動を、俺のためにしてくれたのか……。
前のライブハウスで俺はこう言った。
この日は宝物になる。
軽く言ったつもりだが、本当は照れを隠して告白紛いのことをしたんだが。彼女は気付いていたのだろうか?
「あのさ」そんなことを回想しながら、俺も本心を素直に言うことにした。
俺は、セコいなあ。
リア充アレルギー患者の恋 スミンズ @sakou
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