ウェ・デン・リコ・イ

ダルミョーン

第1話 異世界を選んだ日

 ※残酷描写有り、暴力描写有り

──――――──――――──――――──――――──――――──――――──

 俺は、毎日ギャンブルをしていた。

 畑でバイトして、理想郷の願力使い区域に行って、稼いだ願力でギャンブルをするのが習慣だった。

「今日は勝てたっ!勝てたっ!よしっ!」

 ギャンブルで勝った後、祈り使い区域に向かっていると、空中に浮いてる中継映像が見えた。

 今日は、理想王様が直談判を受けてるらしい。

 思わず、走った。


「外の世界で願力財布が使えるようにしてください!願力があれば、他の世界も発展できるはずです!」

「何度も説明しておりますが、個の意思の尊重が最優先です。外の世界は、外の世界内の存在の意思を尊重します。」

 目を反らしたくても、ちら、と見てしまう。


「その個の意思の尊重、というので、可能性が狭まっているんですよ!外の世界を発展させてやるんだからいいじゃないですか!」

「ふう…。させてやる、ですか。どうやら思考方法が足りないらしい。」

 耳を背けたくても、聞いてしまう。


「…あっ。いや、もちろん他の世界の人々と話します。ちゃんと尊重します。」

「本日は、建設的な話し合いをする、ということで合意し、直談判を受けました。しかし、どうやらあなたは建設的な思考方法という道具を持っていないようだ。あなたの建設的な話し合いをしたい、という意思を尊重し、あなたの頭に建設的な思考方法の別人格を追加しますね。」

 このあとにどうなるか、何度も恐ろしさを刻まれたから。


「ひいっ、動けなっ!?」

「大丈夫ですよ。あなたの元の人格には何もしないことで、あなたの意思は尊重します。」

 理想王が、直談判をした彼の頭に、触れた。

「うわああああ!」


 俺は、走っていた。

「…あぐ!…ぅっ!」

 走って、走った。

 もう映像も、声も聞こえなくなっていた。

「……っ!……」

 気づいたら、人通りがあまり無い、祈り使いの区域に着いていた。


「はあ…はあ…」

 もう、直談判をした人の声は、聞こえなかった。


(こわい)

 直談判をした彼は、どうなっただろう。

 そんなことを考えて歩いていると、道端の演説が聞こえてきた。


「犬や猫の気持ちがわかるようにしたなんて、嘘です!わからない人も居るじゃないですか!一部の人だけわかるようにしたなんて、不公平だ!」

「ばう!うぅぅばう!(この人にいじめられる!引きずられる!)」

「そうですよね!不公平だー!」

「にゃぐ!にゃが!(こいつオレの足掴んで、ずっとこねやがって!このやろう!)」


(…理解したくない、と考えているから、理解しないだけなんだろうな。)

 理想王が実現した願いは、他を理解したい存在が他の伝えたいことを理解できるようにすることと、他に伝えたいことがある存在が他に伝えられるようにすること。

 願力は、本当に望んでいる願いを実現する力だから。

 他の存在に願いを適用しようとしても、受ける側の意思が優先されることもある。


「…はあ。」

 やけに、足が重かった。

(今日はギャンブルで勝ったのに、あんまり楽しくない。)

 そんなことを考えて歩いて、作りかけの家が多い辺りに差し掛かった。

 家までもう少し、というところで、何だかぐねぐねした家の前で、言い争っているのが聞こえた。


「何でオレ達が祈った通りの家になってねんだよ!ガッチョンガッチョンでグイングインって言ったろーが!」

「いや、要望通りです。叶える努力はしましたが、何度も説明した通り、具体的でなければ、限界があります。」

「何でだよ!充分だろーが!お前の替えはいくらでも居るんだぞ!」

「どうぞ。他を当たってください。私では力になれません。」

「ケッ!願力使いだからっていい気になりやがって!てめーらが願力使う方法隠してるのが悪いんだ!オレが使えたら、もっとガンガンやってやるってのによ!もうテメーにゃ頼まねーよ!」

 そう言って、左、右、上、前の4方向に尖った形のヘアスタイルの人は、俺の頭に尖った部分がぶつかりながら歩き去っていった。

 俺は、何も言えなかった。


「…はあ。何も隠していないのに。願力に頼らず、自分で願いを実現しようとしなければ、使えないだけですよ。」

 そう言って、願力使いは去っていった。


(願力なんていう、何でも願いを実現する力があるのに、俺は使えない。願力財布の機能や、公共機関とかを、祈って利用できるだけだ。)

 また、足が重くなった。


 家の近くまで歩いたら、家の前辺りに人が集まっていた。

(…今日は厄日かなぁ。)


「…また借力自殺だって…」

「…またかよ。どうせ逃げられないのに。…」

 人がみっちりで通れないので、様子を見ていると、後頭部から伸ばした髪を胴体にぐるぐる巻き付けている人が、集まった人を押し退けて人垣の真ん中に向かった。


「おや?まだ返済してない願力がありますね。願力監視会さーん!」

 呼ばれて、突然背が高い人が現れた。

「はい。何でしょう。」

 体が細長く、上を見ても、全く果てが見えない。

「この自殺した人の、未返済の願力を回収したいので、一時蘇生します。この人の意思を尊重してるってこと確認してもらっていいですか?」

「はい。借力書と、本人の意思で自殺したことが確認できたため、問題ありません。願力返済後は、しっかり死体に戻してください。失礼します。」

 そして、願力監視会さんは突然居なくなった。


「はい。…ほら、願力返すために、起きろ。」

何かを蹴る音が聞こえた。

「…えっ…嫌だ嫌だ嫌だっ!何で働かなきゃいけないんだ!一生遊ぶのだって尊重されるんだろ!死んだ後、ずっと遊べる予定だったんだ!死ぬのだって尊重してくれよ!」

「はいはい。あなたの自殺は尊重しますよー。だから死ぬ前に返すもの返してねー。」

「嫌だっ!」

 どうやら借力取り立て屋が、未返済者を引きずっていくようだ。

 だが、そんなものはどうでもよかった。


「あんな風にはなりたくないね。」

「…そーだな。ちょっとは働くか。」

「えっ!あんたまさか!」

「いやいやいや!ちょっとしか借りてないって。すぐ返せるから。」

「ちゃんと返しなさいよ。」

「わかってるって。」

「本当に~?」

「本当。本当。」


 カップルがイチャイチャしながら去っていった。

 カップルが!イチャイチャ!しながら!去っていった!

(う、ら、や、ま、し、い~~~~~!!)


(彼女欲しい…。)

「彼女欲しい…。」

「そこのあんた、彼女欲しいのかい?」

「ふぁ!?」

(口に出してたか…。)


(いや、そんなわけ無いじゃないですか。)

「はい。彼女欲しいです。」

「そんならいいもんあるんだぜ。ついて来な。」

 そう言いながら、フードをかぶった人は、路地に向かう。

(口から本心出ちゃった。怪しい…けど彼女欲しい。)

 俺も、怪しい人を追いかけて、路地に向かった。


 そして、やけにピカピカして、ごてごてと色々ながらくたらしきものが付いた、人を100人食べられそうな口のようなものの前に案内された。

「こいつで彼女できるぜ。」

(いや、どうやって?)

「こいつで、彼女ができる異世界に行けるんだぜ。」

「本当か?」

「本当だぜ。ただ、一方通行で外の世界だからな。願力財布は使えなくなるんだぜ。」

「結婚できるか?」

「まあ、できるんだぜ。結婚したいと考えながらで門をくぐればいいんだぜ。」

「ギャンブルも勝てるか?」

「まあ、できるんだぜ。ギャンブルに勝ちたいと考えながらで門をくぐればいいんだぜ。…信用できないか?」

「うん。願力を払って決まった行き先に繋がるやつが普通だろ?」

「まあな。だが、こいつは新作だ。その名も、好きな異世界に行けるンダー、だぜ。」

「うぅん。何か、自由に話したいンダー、を思い出す名前ですね。」

「ああ、それ作ったの、俺だぜ。俺が作ったもんは全部、いつでも無料だぜ!」

「本当ですか!色々吐き出すときにいいんですよね。ありがとうございます。」

「おう。…好きな異世界に行けるンダー使うか?使うなら、監視呼ぶぞ。」

「うーん。ちょっと待ってください。」

「おう。」


(彼女欲しい。結婚したい。理想郷だと、要求水準高いし…。彼女を創るなんて、嫌だし。)

「うーん。」

(…理想郷にこだわる必要ないかな…。生きるだけなら、何もしなくていいんだけど、嫌なことが、多すぎる。)

「…好きな異世界に行けるンダー、使わせてください。」

「わかった。願力監視会さーん。」

 呼ばれて、願力監視会さんが現れた。

「はい。何でしょう。」

「この人が、好きな異世界に行けるンダーを使うので、確認お願いします。」

「お願いします。」

「はい。確認しました。外の世界では、願力財布を使うことはできません。自動起動はします。よろしいですね?」

「はい。」

「はい。確認完了です。失礼します。」

 そして、願力監視会さんは突然居なくなった。


「ふう。」

「よし、確認終わったからな。好きな異世界に行けるンダーに向かって歩けば、異世界だぜ。」

「はい。…そういえば、好きな異世界に行けるンダーって、もう試したんですよね。どんなところに行けた、とかって教えてもらえます?」

「…理外の奴に試してもらったが、まあ、大体考えた異世界に行けたらしい。考えてないところはランダムだってよ。」

「わかりました。じゃあ、行きます。」


(ギャンブル勝ちたい。結婚したい。ギャンブル勝ちたい。結婚したい。…)

 そのまま歩いて、口にばくっと食われた。

「うおわああああ!」

 何か、ぬめっとする通路をぼよんぼよんと跳ねた後、ひゅっと落ちるような感じがした。


 そして、ぶにっとした、水のように流れる何かに入ったらしい。

 何かに入る前に、俺の体から片手で持てるサイズの薄い四角形の願力財布が飛び出た。

 そのまま願力財布は俺の頭の上あたりに移動し、全身を薄くて半透明な何かで覆った。

「…ああ、そうか。願力財布の【巻き添え防止】で守られたか。ということは、【巻き添え防止】無ければ死んでたな…。」


 そのまま、どこかを漂う。

「…外は色んな色がごちゃ混ぜで、何にもわからん…まあ、いつか他の世界に着くとは思うけど…ギャンブルで勝って、結婚できる世界がいい!…」


(ギャンブル勝ちたい。結婚したい。…)

 そして、なんとなく目を閉じ、寝た。

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