四、班内関係
私が「クロウ」に助けてもらってから十日が過ぎた。しかし、未だに彼に情報は集まっていなかった。私は窓際の前から三列目の自分の席についたまま、左側に目線を持っていった。窓の外を眺めながら、少し茶色く変色しつつある毛先を無意識にいじりながら考える。彼がこの学校にいるのは確実だろう。身長も大体は分かる。だが、それよりも絞り込んだ情報は全くない。完全な手詰まり状態になりつつある。衣装がある以上、一回限りではなく何らかの行動を起こすと考えられるだろう。しかし、十日経っても何もない。そのため、一回だけだったのではないかとも思う自分もいる。いや、それはないだろうと思いつつ、だんだん自信がなくなってきている。
などと考えているうちに、六時間目総合もとい総合的な学習の時間が始まるチャイムが鳴った。担任の三浦先生が入ってくる。私は窓の外に向けていた視線をおそらく四十前後の、人の好さそうな、無精ひげの生えた顔に移動させた。教室の喧騒を「席について」「ほらそこ、静かに」と声を掛けながら教卓に移動した先生は、教室が静かになったのを確認し、指示を出した。
「えー、今日も校外学習のルートを決める時間になっている。校外学習まであと一週間ちょっとになったが、班で回るルートが決まっていない班が二、三ある。今日中に決めるように。決まっている班はさらに詳細に詰めるか、自習。班員でしゃべっていてもいいが、声のサイズは考えるように。では、班ごとにまとまるように席を移動。移動が終わった班から班行動表を取りに来るように」
教室内はまたしても喧騒に包まれた。それぞれの班に移動し、話し始めたのだから無理もない。
私たちの班は五班。メンバーは女子が私、奈緒、男子は高宮君、佐野君、和木坂君の五人だ。佐野君は野球部に入っている坊主頭とがっちり体形の男子。和木坂君は軽音楽部に入っているらしい、いつも髪型がきまっている。校則でワックスは禁止なのだが、守っている気がしない。「男女混合で三人以上七人以下、後は好きに班を作れ」という先生の指示でこの組み合わせになったのだが、私は正直意外だった。佐野君と和木坂君はよく話しているのを見るが、高宮君は一人で本を読んでいることが多く、合わないタイプに見えたからだ。女子二人で組んだ後、佐野君に「混ぜて」と言われた時に感じたこの印象はいまだに変わらない。
教卓の前辺りに全員そろった後、近くの机を移動し、五人向かい合って座れる状態を作る。その後に班長の佐野君が班行動表を先生に取りに行った。他の班員は着席し、彼が戻ってくるのを待った。 戻ってきた佐野君は班行動表を机に広げながら着席し、
「とりあえずもらっては来たけど、話し合うことなんて無くね」
と言った。
その発言はもっともで、私たちの班は既に細部までルートを決めており、話し合う必要などどこにもないからだ。そう思ったのは私だけではないようで、「そうだな」「だね」と和木坂君と奈緒が返事をする。私と高宮君は二人の返事と同時に首肯した。
「何か話そうか。暇だし、自習したくないし」
と和木坂君が私の右斜め前から話しかける。
「確かに」
と私の右隣に座る奈緒が自分の対面にいる和木坂君に返事をする。
「じゃあさ、ちょっと聞いてみたいことあんだよね。二人に」
と佐野君が所謂お誕生日席から、私と奈緒に目線を向けながら話す。
「何」
と奈緒。
「『クロウ』だっけ、探してる人。見つかったの」
と佐野君が表面的には興味がありそうに話を振った。
「全然手掛かりなし」
と奈緒が疲れたように返す。私も
「何か知ってることあるかな。手詰まりで」
と言った。
「んにゃ、なんにも。ただ、なんでそんな奴探してるのかなと思って。噂とかになってないし、いるかどうかも分かんねえじゃんと思ってさ」
と佐野君に言われてしまった。諦めた方がいいのではないかと顔に書いてある。
「実際助けられた人がいるみたいだし、興味本位かな」
と奈緒が無難な返答をした。どうやら「クロウ」に助けられたことを私が教室で話すのを躊躇ったことから、その部分をぼかしてくれたようだ。佐野君は
「ふうん。助けられた人、ね。知り合いなの」
とそこは気になるのか、さらに探りを入れてきたが、
「そこまで話す義理は無いかな」
と奈緒はバッサリ切った。少し目線が鋭い。
「ま、いたとしても変装してる変人だし、関わらない方がいいんじゃないの」
と和木坂君が口を挟む。完全にからかっているようなその一言に少々腹が立った。とはいえ、言い返すわけにもいかないため、頭を切り替えようとする。そういえば高宮君はどうしているだろうと無理矢理思考を切り替え、私の対面を見ると、机の上の一点を見つめるように前かがみになっていた。体調が悪いのかもしれない。たまらず
「高宮君大丈夫?」
と声を掛ける。すると、
「大丈夫。大丈夫だから、気にしないで続けて」
と先程よりかは目線が上がったが、こちらと目線を合わせることなくか細い返事をした。やはりあまり調子が良くなさそうだ。幸い、この総合の時間が終われば、後は下校するだけ。黒板の上にかかっている時計を見ると、後三十分強だ。何とかなるだろう。
「なんだ、体調悪いのか。弱っちいな」
佐野君がからかうように言う。
「具合悪そうな人にその言い方は無いでしょ」
奈緒が一瞬で目を三角にして佐野君に言い返す。当の高宮君は顔色を悪くしたまま、先程と変わらず背を丸くし、机を見ている。どことなく焦点が合っていないのは気のせいだと思いたい。
「保健室行く?」
私が高宮君の顔を覗き込みながら話しかけるが、
「大丈夫」
高宮君はこちらに目線を動かすことなく答えた。
顔色の悪さは相変わらずではあるが、本人が大丈夫だというのだから無理に連れていくこともできない。
「放っておけよ。本人が大丈夫って言ってるわけだし、大丈夫だろ」
佐野君がまたしても口を挟む。いくらなんでも薄情ではないかと抗議しようとしたところ、
「大丈夫、大丈夫だから心配しないで。それより、『クロウ』の話だっけ、続けていいよ」
と、当の高宮君に言われてしまった。
その先は、一応『クロウ』の情報を拾ったら教えてほしいことを話し、当たり障りのない話をしているうちに総合の時間が終わってしまった。時々高宮君の様子を見ていたが、調子が悪そうなまま総合の時間が終わったら一人で帰ってしまった。彼のために何かできたのではないかと思った。しかし、本人が拒否してしまっている以上、私には何もできない。それでも、彼の力になりたかったように思う。
*
総合の時間に『クロウ』の話が出るだけでこんなに動揺するとは思わなかった。このままでは誰かに気づかれてしまう。何とかして隠し通さなければならない。帰り道にどうすればいいか考えたが、案は一つも浮かばず、ただ焦りのみが心に蓄積していった。
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