烏は翔ける
星河未途
第一章 烏の足跡
一、 親友に相談
あの人は、誰だったのだろうか。そんな疑問が頭の中で蠢く。
「…」
あのとき、私を助けてくれたのに、
「…ゆ」
お礼も言えなかったなあ。
「…まゆ」
あの人は…
「麻結!」
「ふえ?」
「どうしたの、ぼーっとして。さっきから何度も声をかけてるのに返事もしないし。」
私に声をかけていたのはクラスメイトであり、親友でもある河原奈緒だった。彼女の、部活で少々日焼けした利発そうな顔に目を向け、心配そうに見つめる深い焦げ茶色の瞳に焦点を合わせ、
「ごめん、考え事をしてた」
と返した。すると、
「考え事をしてたのレベルじゃないよ。今日、朝からずっと上の空だし、授業中にぼーっとしている麻結初めて見たし。何かあったの?」と問い返された。
確かに今朝あんなことがあってから今までそのことが頭から離れなかった自覚はあるが、心配はかけたくないと思い、
「え?な、なんでもないよ?」
とあわてて否定した。しかし、奈緒にはバレバレだったようで、
「ウソでしょ」
と、返された。
「うっ」
私が言葉に詰まると、お見通しよとでも言いたげな顔で、
「誰か気になる人でもいるんでしょ」
と言った。
ああ違う。言葉的にはその通りなんだけど、ニュアンス的には全然違う。何となくほっと胸をなでおろすと、とたんにクラス内の喧騒が耳に入る。そうだ、今休み時間だったと周りの音で今更のように気づく。
奈緒は私の表情を見てか、外したことに気が付いたらしく、
「違うの?」
と、不満そうだ。
「うん」と言うと、「ええー」といかにも残念そうな声を発した。奈緒、
「じゃあ何、なんなの?」
未だに釈然としない顔で奈緒は言った。そんなに気になるかなぁ。
「えっと…」
いうべきか言わざるべきか視線をそらし、黒板の上の時計を見ると、二時間目の授業が始まるあと一分もなさそうだった。
「言わなきゃダメ?」
うんうんと二回うなずかれた、この分じゃ首を縦に振らない限りあきらめてくれそうにない。
「わかった、けど今は無理。もう授業始まるし、長くなりそうだから昼休みに静かなところで」
話そうと言おうとしたら、チャイムが鳴った。二時間目開始。
◇
さて、この辺りで、私のことを記述しよう。私は広瀬麻結。羽生中学校の二年二組に在籍している。同じクラスの河原奈緒とは一年の時に同じクラスになり、仲良くなった。得意なものの方向性が真逆な私達は、その分うまくかみ合っているように思う。
お弁当を食べ終えた私と奈緒は、正門にいちばん近い一棟の裏に来ていた。一棟は去年まで一年生の教室棟として使用されていた。しかし、私たちの学年が上がってから、耐震基準を満たしていないという理由で、一棟は閉鎖された。今は倉庫代わりになっているため、人が寄り付かなくなっている。内緒話をするにはもってこいの場所だ。木々が紅葉し、落ち葉があちこちに落ちている
「で、わざわざこんなところに来る必要あったの?」
開口一番、至極もっともかつ言われたくない
「人に聞かれたくないから」
「でも、コイバナでもないのにそこまでする?」
「…」
どうやら、奈緒にとっての女の子の最重要機密は
「まあいいや。それで、朝のアレはなんだったの?」
その
「…」
どうしよう、話そうと思っていたのに。まずどの順で話せばいいかな。なんか言い辛くなってきた。無言のまま、頭をフル回転させていると、
「嫌ならいいよ。別に言わなくても。」
私の心中を察してか、奈緒はそう言ってくれた。でも、相談したい気持ちの方が勝り、
「あのね」
そういって私は話し始めた。
「実は、朝登校中に交通事故に遭いそうになって」
「ええ、大丈夫だったの?」
話し始めた途端に話の腰を折られた。
「大丈夫だったよ」
「ホントに大丈夫?」
「本当に大丈夫だったよ、怪我とかもしてないし」と返し、「助けてもらったから。」と付け足す。
「ん?誰かに助けてもらったの?」
不思議そうな顔で奈緒が訊き返した。
「そう、なんだけど」
「ど?」
「お礼言いそびれちゃって」
「…」
それってそんなに秘密にするほど重要なこと?と奈緒の顔にでかでかと書かれた字を私は確かに見た。一般的に考えたら、そうかもしれない。しかし、そう話は簡単ではない。
「その、だから、もう一度、あ、会いたいな、と」
それを聞くと、奈緒はふふん、なるほど、麻結の言いたいことは全部わかったよ、とでも言いたげに大きく二度、うなずいた。若干にやけているのは見間違いではないだろう。やはり、何か勘違いしている。
「わかったよ。麻結の恋、手伝うよ」
「だから違うって」
というよりも、それだけが気がかりでぼーっとしていたわけではないのだが、まあ、後でもいいだろう。
*
夢を見た。銀色のものと金色のものをそれぞれ捧げ持つ男女一組がいる。二つの物体も、二人の人もぼやけて見える。銀の方は金のそれより小さいこともあってか、ぼやけているせいで余計に何であるか判然としない。でもその銀色のそれは自分が身に着けているものと同じだと分かる。何故分かるのだろうか。男女の間に赤い光と青い光が見える。何かが光っているのだ。光っているものを見ようとしたら目が覚めた。この夢は何だ。それに光っていた何か、あれはいったい何だったのだろうか。
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