おなか が すいたね
狩込タゲト
少しヘンなモノとソロキャンプと私
私はひとり、テントの中で眠りにつこうとしていた。
テントの中には、寝袋とランプと、テントを入れてきたカバンと私だけ。シンプルな空間が出来上がっている。あとは寝るだけだ。空になったカバンを丸めて枕代わりにした。
小さなランプの明かりを消すと、何も見えなくなった。
寝袋に半分埋もれた状態でランプから手を放し、その手で寝袋のチャックを閉め、暖かな閉塞感に包まれる。
夢の世界へ旅立つまであと一息……、というところで邪魔をされた。テントの外からの音によって。
パチパチと音がした。
何かがはじけるような。
焚火の音だろうか。
今度はザクザクと何かを切る音がする。
鋭利な刃物で水気のあるものを切る時の、澄んだ冷たさを感じる音。
その音は乾いた木の音でいちいち途切れる。
まな板の上で何かを切っている情景が思い浮かぶ。
ザザザザと木の上をこすれる音。ボチャボチャと水の中に落ちていく音。
グツグツとくぐもって響く音は、さきほどの切った物を茹でている音だろうか。
カチャカチャと固いものがぶつかる音の後、少し静かになった。焚火の爆ぜる音しか聞こえない。
そういえば、私が寝る前は周囲に誰もいなかったはずなのに。いつの間に近くに来ていたのだろうか。寝たつもりは無かったけれど、実際は寝ていたのかもしれない。
私の考えごとは、またすぐに始まった別の音によって中断された。
プチリプチリと何かが千切れる音がした。
そして、グチャグチャとつぶれていく音。
さきほど作ったものを食べているのだろうと、予想がついた。
腹が減ってきた。
腹が鳴りそうになってきた。
いま鳴らすわけにはいかないと、息を止めて腹に力を入れる。
においまで漂ってくる、野菜の甘さが香り、それにまとわりつくコクのある香りは肉だろうか、そしてかすかな塩気などのせいでよだれが出てくる。
ゴクリ、私のノドが鳴った。
聞こえてないといいのだが。
耳をすますが、何も聞こえない。ほっと息を吐こうをして気づく。
水音が近づいてくる。
ポチャポチャと水面が揺れているような音。
集中しようとしたが、私の意識は、だんだんと薄らいでいった。
目が覚めるとテントの布地越しに、外がわずかに明るくなっているのがわかった。
テントの入口を開けると、夜明けの薄明るい森の中だ。最後に見たのが真っ暗な森だったために、頭の中のイメージを更新するのに手間取る。
私がぼーっとしていると、いいにおいがしてきた。
テントの入り口付近になにかが置いてある。
よく見るとそれは、木の器だ。中には味噌汁のようなものが入っている。
ニンジンやゴボウのような植物性のものと、何の肉かよくわからないものが入っている。
これはなんだ。昨日のヒトが置いていったのか。
まさか、私の腹の音が漏れ聞こえてしまったのだろうか。
恥ずかしいから聞こえないように努力したのに!
まあ、気を取り直そう。
聞こえてしまったものは仕方が無い。それによって優しいヒトの同情を買うことができたのだと前向きに考えよう。
その優しい人からもらったスープに入っているよくわからない肉は、もしかしてイノシシやシカだろうか。野生の味を初めて知ることができるのだと、ワクワクしてきた。
奇跡的にまだぬるくなる前であった汁を口に含む。野菜と肉のうまみがバランスよく絡み合っているのは、味噌なのか醤油なのかはっきりしない味付けのおかげだ。野菜は噛みしめてみると今まで食べたことの無い味で、肉の方も知識の乏しい私には何かわからない。わからないのは残念だが、とてもおいしいことはわかった。
実は昨日、テント用具を忘れないよう気を付けていたら、食材などを持ってくるのを忘れるという失態を犯したのだ。
もう寝ることしかできないと諦めて寝ようとしていたとき、あんな音が聞こえてきて、とても苦痛だった。
腹が減ってたまらなかったし、分けてくれとねだることも恥ずかしいからできなかった。
気の利くヒトでよかった。事情を聞かずに食べ物を置いていくなんてなかなかできない。
お椀をすすぎ、お礼を書いたメモを残していこうかと思案しつつ、あのヒトはテントをどこに張ったのだろうかとあたりを見渡すも、滞在した痕跡が何も見当たらない。
あのとき、近づいてくる足音が聞こえなかったから、どこから来たのかもわからなかった。
そういえば、
普通じゃない。
なんて熱いものに強いヒトなんだ!
猫舌の私はうらやましく思った。
おなか が すいたね 狩込タゲト @karikomitageto
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