しみちゃん、たべるたべりたべる。

@isako

第1話 


 クラスメイトのしみちゃんは幽霊を食べることができる、という噂が私の学校の中で広まっている。しみちゃんこと染野そめの麻衣子まいこは、かなりの美人で、髪の毛は黒くて長い。お嬢様みたいな気品をいつも漂わせていて、小学の頃からしみちゃんを知っている私にしては、しみちゃんもずいぶんあか抜けたなぁ、と思うところなのだが、しかし、今となっては私のほうが全然いけてない田舎の中学生なので、まぁ、敗北感がないと言えば嘘になるのである。


 しみちゃんはすごくかわいいのにクラスではちょっと浮いていて、文化祭とか体育祭とか遠足とか、そういう学校のイベントごとのときは毎回休む。今は二年生で、一年の頃からそうだったので、幽霊を食べる噂も一緒になってそういう話はみんなが知っている。だから班を決めたり、出場する競技を決めたりするときも、その場にはしみちゃんがいるけれど、一応しみちゃんにも形だけは居場所を与えるけども、先生を含めたみんなが、「でもどうせ休むんでしょ?」という感じの雰囲気を出すので、それが嫌なのかしみちゃんはみんなに冷たく当たるようになって、あの子はますます孤立するようになる。


 二年生の時の文化祭でうちはお化け屋敷をやった。メイド喫茶をやりたい女子とお化け屋敷をやりたい男子で対立があって、結局お化け屋敷になった。私はどっちでもよくて、ぶっちゃけ文化祭なんて雰囲気を楽しむものであって、クラスの出し物にガチになるのは意味ないよ~って思っていた。


 で、お化け屋敷をやったときにちょっとしたトラブルが起こる。三年の江藤先輩の弟くんの江藤奏多かなた君が、うちのお化け屋敷に入って出てこなくなったのだ。


 奏多くんと一緒に2-Cの教室に入ったのは、江藤先輩の妹で奏多くんのお姉さんである琴音ちゃんで、琴音ちゃんは普通に出てきたんだけど、奏多くんの手を掴んでいたはずの手は、お化け屋敷の備品だった笑うピエロ人形の左手を握っていた。あとで分かったんだけど、そのピエロ人形は誰が持ってきたものなのか分からなくてそれもまた気持ち悪い話だね、という感じなのだが、それどころではなく、奏多くんは完全に行方不明になってしまった。


 うちのクラスだけ出し物をやめて、段ボールと机で作った迷路を全部壊して、それでも奏多くんは見つからなかった。琴音ちゃんは責任を感じてびよびよと泣き出し、二人を連れてきたお母さんはパニックになって過呼吸を起こして倒れてしまう。その頃になってようやく江藤先輩が2-Cにやってきて、「わーすごいなこりゃ」なんて呑気なことをいいながら琴音ちゃんを慰めつつも倒れたお母さんを介抱していて、いつもぼーっとしているし、なんならデブの江藤先輩がちょっとカッコよく見えなくもなかったのだがやはりとにかく奏多くんは見つからなくて、結局警察を呼ぶことにもなったのにそれでも見つからなくて一週間がたった。


 江藤先輩もかなり心配しているようで、普段は全く来ないのに今では休み時間の度に2-Cの教室を廊下からちらっと見ていくようになった。初めはデブで溶けたみたいな顔をしてる江頭先輩が毎休み時間ごとに教室を覗くので、彼が消えた後教室には変な笑いがくすくすっと起こっていたりしたのだけど、日に日に痩せていく江藤先輩を見ているとみんな笑えなくなって、しかもやはり奏多くんは一向に見つからないし、そのうち奏多くんはどこかに連れ去られたのだ、みたいな噂も立ち上り、あげくには私たちもいつかこのクラスに飲み込まれしまうのだみたいな風に思い始める子たちが現れた結果、授業中に春見さんと高梨さんが泡を吹いて倒れる。昔なにかのおまじない遊びの影響で集団ヒステリーが起き、それがまたおまじないの呪いだとかなんとかという話があったりなかったりしたというのを私はどこかで読んだことがあるのだが、それに近いことが起こった。そして愚かしくも可愛らしい、実に中学生的な経緯をへて、彼女に白羽の矢が立った。もちろんしみちゃんである。彼女が全ての元凶だと言い出す人々が現れたのだ。しみちゃんは文化祭にはいなかったのに。彼女は事件当時、家でお笑い芸人のラジオを聴きながらスプラトゥーン2をしていた。


 当のしみちゃんはそのような噂もどこ吹く風で、全く意に介していない。しみちゃんはすでにヘンテコな噂をあちこちで吹聴されているので、これごときでは動じもしないらしい。だからクラスのちょっとウザい男子が「おめえがやったんじゃろーが!」と詰め寄っても、冷たい目付きで言い返す。「違うし。だいたい証拠あって言ってんのそれ?」って。


 私はあーあ、って思いながらそれを見ている。そんな返し方したら男子がますます攻撃的になるのがわかんないのかな? もう泣いちゃえばいいのに。ちゃんと泣いちゃえば男子だって自虐心的なものを満足させるし、しかもなんか悪いことしたな、って思って自分たちが酷いことやってるっていうのにも気づくのに。と思ってしみちゃんを見ていると、彼女は不意に私のほうを見て、男の子たちを見るよりも怖い顔をしてぎっと睨む。ええー!なんで私なん!と思いながら私は目を逸らす。よっぴーがそれに気づいて言う。「いま染田さんこっち見てたよね。ていうかあんたのこと見てたよね」私は怖いのでよっぴーを見つめ返すが、よっぴーもしみちゃんが怖いらしい。顔が固まっている。


 というようなことがあって、私としてはこれまで同情的だったしみちゃんに対して、ちょっと嫌悪感を抱くようになった。こんな感じにしてみんなちょっとずつしみちゃんを嫌いになっていくのかな、と思うとそれはそれで可哀想なのだが、なんもしてない私をあんな顔で睨みつけるのだから、恐れられたり疎まれたりしても当然だ!という気持ちがどうしても拭い去れない。


 そしてその日、下校途中のコンビニでアイスを買って公園で一人食べてると、知らぬ間に隣のベンチで缶ジュースを飲んでいるしみちゃんを見つけてしまう。知らんぷりしようとしたのだが、すぐにしみちゃんもこっちに気づいて、私たちは10秒間くらい見つめあってしまう。


 しみちゃんはどういうつもりか私のそばに寄ってきてベンチの空き部分に座り直す。恋人的な距離感にまで近づいてしまって、えーこれ私殴られるのかな?というか奏多くんみたいに連れ去られちゃうのかな?とどぎまぎしていると、突然、しみちゃんはふぇーん!て大声だして泣いてしまった。


 「え、え、どうしたの、染田さん」と私が声をかけると、ますますしみちゃんはぶぇーんで、すっかり私は困ってしまう。かわいくて綺麗で誰に対してもいつでもクールなしみちゃんがそんな風になるのは、小学校の頃以来で、なんだか懐かしいものを見ちゃったな~という気持ちもあるのだが、それはそれとして困るを通り越して私はドン引きしている。しみちゃんが泣き叫びながら言う。「そめださんっていったぁ~~っ」私が名前を呼ぶのがそんなに嫌なのかよと、イラつく気持ちがむくむく起き上がってきて、その気持ちが私の食べているアイスを溶かす。それがだらりと手に垂れて、しみちゃんはそれを見て言う。「りょーアイス溶けてる」


 そう言われて私はちょっと思い出す。ぴーんときて、ちょっと恥ずかしいけど、言ってみる「しみちゃん……?」すると大正解で、しみちゃんは鼻水と涙でずるずるの顔をにっこりさせて、えへ、とか言う。なんだブスな顔になってても可愛いなおい、その可愛さを私にも分けろと言いたくなるけど言わずに、私は考える。私たちは小学生のころは、「しみちゃん」「りょー」ってあだ名で呼び合うくらいには仲が良かったのにねって。


「りょーちゃんさ、中学にあがったら全然私に話しかけてくれなくなるし、しかも私りょーちゃんしか友達いなかったのにそんなだからもうすっかり一人ぼっちになっちゃって、それで私なんかもうずっと家でゲームするしかなくて、そんなんが一年続いて二年生になってもやっぱりりょーは話しかけてくれないし、もう私のことなんかどうでもいいのかな、嫌いなのかな、ほかの友達と一緒にいるのがいいのかなってずっと思っててもしかしたら私これから死ぬまでずっとひとりでゲームしてたまにりょーと話したいなーって思っても話せないままで生きていくのかななんて思っててそしたら男子がなんかいちゃもんつけてくるし怖くてりょーちゃんに助けてほしくて見ても無視されるしもうなんなのって感じでひどいよりょーちゃん私のことそんなに嫌いなの?」


 というような感じでグワーッと攻め立てられて私はあわわわとなるのだが、しみちゃんの言いたいことは分からなくもない。というか私のほうこそ、もうしみちゃんは私のことを切り捨てて違う新しい世界みたいなところに行ってしまったのだろうと思っていた。大人の世界的な場所に。知らないけど。しみちゃんは中学になるとすごくきれいになって私は話しかけづらくなった。確かに彼女を遠ざけたのは私なんだけど、正直幼馴染なんだからその辺は自分から来てくれてもよかったんじゃない?引け目を感じてたのは私のほうなんだし、と言いたくなる。しかし結果としてしみちゃんはこんな風に大崩壊するくらいに私とのことを考えていて、一方私は他にも友達とか作って彼氏はいないけど全然しみちゃんよりは中学生としていい感じにやってるのかもしれない。間違いなくしみちゃんのほうが美人だけど。ちょっと申し訳ない、というか罪悪感みたいなものがないでもない。私は抱き着いてくるしみちゃんをよしよししながらそんなことを考える。しみちゃんってこんなに甘えるタイプだったっけ?とは思いながら。まぁ一年分ってそういうことなのかな。


 というわけで私としみちゃんは復縁(?)してまた付き合い出すようになる。学校で話すときはちょっと緊張するけど、ここでしみちゃんを突き放すようでは女が腐るというものである。私は普通な感じにしみちゃんをしみちゃんと呼ぶし、しみちゃんは私をりょーと呼ぶ。クラスのみんなはえ、って感じで私たちを見るし、私の友達のよっぴーやタカコはちょっとひいてあんまり私に話しかけなくなるけど、この二人だって私の親友というわけではないのだ。私は私を好きな人とだけ一緒にいたい、なんて強がっていこうかとも思うけどそんなに勇気や根性のある人間でもないので、よっぴーとタカコには自分から説明する。しみちゃんとは幼馴染で、最近はあんまり付き合いがなかったけどまた仲良くなり始めたので、悪い子ではないので、仲良くしてあげてほしい、と。


 よっぴーは典型的に小物感のある女の子なのでい~って感じにクラスのグループに新しい子(しかもしみちゃんみたいな)が来ることをほぼ明確に拒むのだが、タカコはいい感じにいいよーって言う。タカコは割とドライな奴なので、好きな子でも嫌いな子でもそんなに態度が変わらない。タカコ的にはしみちゃんは別に好きでも嫌いでもないそうで、また私やよっぴーとは話すけどほかの子とはほとんど話さないくらいにしみちゃんと同じような立ち位置でなくもないのだ。共感するところがあるのかもしれない。


 というわけで私たちは4人でつるむようになる。休み時間になると自然としみちゃんの机に集まっておしゃべりして、お昼は4人で食べて部活してない4人なので放課後も4人で過ごして、よっぴーやタカコもちょっとずつしみちゃんといて楽しいと思ってくれてるみたいでそれが私には自分のことみたいに嬉しい。で、かなりいい感じに馴染んできたな~ってところで、とある土曜日に私はしみちゃんに呼び出される。残りの二人も来てるんだろうなと思っていたけどそうではなく私たちは二人きりで、あの仲直りの公園に集まっていた。そしてしみちゃんが言う。


「りょーちゃんが私のために佐川さんとか高駒さんとかと仲良くさせてくれるのは嬉しいんだけど、私はそういうの全然いらないんだ。私はりょーちゃんだけいればいいんだけど……どう思う?」


 どう思うって……。確かに私が気をつかってしみちゃんをグループに引き入れたところはあるけど、それでも二人がしみちゃんと仲良くなれたのは気を使ったとかじゃなくて、私たち4人の人間性が合ってるからなんだよ。それが友達ってことなんじゃん、と私が説明すると、「正直、あの二人といるのはしんどい。私はりょーだけがいい」としみちゃんが言い出す。じゃあなに、私にあの二人と縁を切ってしみちゃんだけと仲良くしとけってことなの? と詰め寄ると、しみちゃんは自分が言ってることの異常さを認識しているのか、気まずそうな顔をする。でもうん、とうなずいて肯定して、それを私に求めてくる。しみちゃん結構ヤバいやつじゃない?


 私はそういう風に言ってくるしみちゃんを甘やかしたくなくて、「私としみちゃんは友達だけど、私はよっぴーやタカコとも友達なの。しみちゃんだけ特別にはできないの」とちょっと強めに言う。するとしみちゃんは、いい~っ、と唸ったかと思うとまたぶぇーんと泣き出す。今度こそ私はしみちゃんに腹が立つ。


「お前いいかげんにしろよ。そんなふうに泣いたって全然許さねぇからな。小学生じゃないんだからそういうのやめろよ」


 するとしみちゃんは大きく口を開けてがぁ~ん、と怪獣みたいな声で、ぼろぼろ涙を流して、ますます大きな泣きをやる。さすがにそれにはたじろいでしまうのだが、ここで引いたらこの子の思うつぼだ。私はしみちゃんが好きだが、よっぴーやタカコだって同じくらい好きなのだ。私はギャン泣きするしみちゃんを見つめ続ける。無言で、泣いたってなんにもなんねぇんだぞこら、ということを教えてやるために。そういうのって友達じゃなくて親の仕事じゃない? とも思うけど、人の前で人の親のことを悪く言うのは本当にしてはいけないことだ。


 ぐぁ~んのしみちゃんと、ムムッって感じの私との対決がしばらく続いていたのだが、気づくと花柄のワンピースが目に入る。え、と思ってそれを見ると、しわくちゃのおばあさんが、白地にピンクの花柄がいっぱい入ったワンピースを着ていて、そのほかには何も身に着けてない感じで、裸足だし、垂れたおっぱいの形がそのままワンピースのお腹のあたりまで浮き上がっていて、しかも乳首もわかる感じになっていて、かなり気持ち悪い雰囲気を出していた。おばあさんは白髪の髪の毛もぼさぼさでちょっと禿げかけているので、一瞬おじいさんかなと思わせるけど、私は女なのでちゃんとそのひとが女性だというのがわかる。でも気持ち悪くて怖い。


「アイスクリームがね、食べたいんでしょうが」おばあさんが私に言う。


 いきなりで意味わかんなくて、「いえ、結構です」と私は言うんだけど、したらおばあさんのちっちゃい鼻から真っ黒の血がだらだら垂れてきて、それがおばあさんの口を濡らしてぼどぼどと地面に落ちる。ひえっ、と私は悲鳴を上げてしまう。するとおばあさんはケケケケと笑う。そして言う。


「返事した~返事した~おいに返事した~」


 ウッキャキャキャ、と猿みたいな笑い声をあげるおばあさんが私はほんとに怖くて、しみちゃんを見る。しみちゃんはもう泣き止んでいて、何を考えているのかわからない顔でおばあさんをぼーっと見ている。


「しみちゃん、逃げようよ!」私はしみちゃんに言う。でもしみちゃんは私のほうを見ても、何も言ってくれない。何を考えてるの? しみちゃん、今私たちすっごくヤバいんだよ。


「逃がさんで~。おいは逃がさんからな~。お前が死ぬまでお前にとりついちゃるけんのぉ」とおばあさんがケラケラ言う。おばあさんの喉がごぼごぼ言い出したと思うと、そこからまた黒い血があふれ出して、泡になって顎に垂れていく。こいつ人間じゃない!おばけだ!私はもう気絶しそうなくらい怖くてしみちゃんに言う。


「しみちゃん食べてよ! こんなの食べちゃってよ!」


 言って思う。あ。やっちゃった。そのことは絶対に話題にしなかったのに。しみちゃんがみんなからハブられているのはその美人さや表向きの性格のきつさみたいなのもあるけど、何よりも出自不明のその噂なのだ。しみちゃんは幽霊を食べる。その意味不明の噂。そんなこと言われて、しみちゃんは性格がゆがんでしまったのだと私は思っていた。でもそれは違っていた。


 しみちゃんはひょっとするとおばあさんよりも悪い感じの笑顔を浮かべて私を見ていた。にや~っと笑っている。目に光がない。光がないというか、それは悪いたくらみのせいで暗くよどんでいるのだ。


「いいよ。これ、食べてりょーのこと助けてあげる。でもその代わりに、りょーは私の彼女になってよね」


 は? と思うけど、おばあさんはもう私につかみかかってきていて、入るぅ~とか本当に気持ち悪いことを言いだしている。私は切羽詰まっていてその契約を吟味するための時間を獲得できない。「わかった! 付き合うから! 彼女になるから!」


「言ったからね」


 しみちゃんはおばあさんの手を取ると、その先っぽからぱくぱくそれを食べ始める。おばあさんはふぇ、と拍子抜けた感じの声のあと、必死でしみちゃんから逃げ出そうとするけど、しみちゃんは絶対におばあさんを離さない。おばあさんの花柄のワンピースも、だるだるのおっぱいも、かちかちになった爪の先も、もじゃもじゃ真っ白のあそこの毛まで完全に食べつくしてしまう。


 おばあさんを全部食べ切ったしみちゃんはすっごくきれいで、私は気づく。ああ。しみちゃんは幽霊を食べてるんだ。だからこんなにきれいなんだ。って。


「りょー。大好きだよ」としみちゃんが言う。しみちゃんはただの女の子じゃない。少なくとも、かなりずるがしこいのだ。

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