ありふれた小さな部屋

柏木 慎

「あれ、プードルだよね」


 僕の言葉に、彼女は全否定って顔をした。


 溜まっていた仕事も落ち着き、久々に会えた週末。外食帰りに空を見上げると、月がとんでもなく綺麗だった。


 綺麗だね、という会話までは良かった。その後に続くのが先程の言葉だ。月の模様がプードルに見える僕に、どう見たってウサギだと言う彼女。初めは軽い言い合いだったけれど、酒のせいもあって互いにムキになり、険悪な雰囲気のまま僕の部屋に着いた。



 お先にどうぞ、ありがとう。

 最低限の会話だけで彼女が浴室に姿を消す。

 僕はと言えば一旦ソファに座ってTVをつけたものの、どうにも居心地が悪い。このまま風呂上がりの彼女と顔を突き合わすのも気まずくて、結局スマホを手にベランダに出た。



 月は変わらず綺麗なまま空に浮かんでいる。ふと思いつき、スマホで「月の模様」と検索した。定番のウサギ以外にもカニ、ロバ、ライオン等々あるらしい。残念ながらプードルは無かったけれど。


 —意地っ張りだね、二人とも—


 プードルが呆れるようにそう言った。うるさいな、分かってるんだよ。…って、随分酔っ払ってるのか、僕は。


 —何に見えるかってそんなに重要?—


 何が見えるかなんて、本当は人に解説してもらうものじゃ無い。僕が見えたものと彼女が見えたもの。どんなに違う景色が見えたっていい。結局は同じこの月のことなんだから。

 

 —じゃあ、一番大切なのは?—


 大切なものは。



 その時、背後で音を立てて窓が開いた。



 分かってる。大切なのは、二人で一緒に月を見上げるこの時間だ。


「「ごめんなさい」」


 僕たちの頭上で、プードルとウサギの笑い声が聞こえた気がした。



 




「見てごらん、月がとても綺麗だよ」

「小人さん!」

「……?」

「小人さん、お月さまにいっぱい!」


 そう言って、僕の肩の上で月に向かって一生懸命伸ばされる小さな手。

 バランスを崩さないよう気をつけながら首を捻るけれど、やっぱり僕には小人集団は見えない。

 隣で彼女も笑って空を見上げていた。きっと、僕と同じであの時のことを思い出しているのだろう。



 僕とも彼女とも違うものを見ている息子。それは当然だ。この先、君は僕らとは違う未来を歩いていくんだから。でも、どんな道を歩いていても、どんな景色を見ていても大丈夫。今夜一緒にこの月を見上げたことは、きっと忘れない。



 だけど…。


 いつの日か君が連れてくる女の子には、あの月は何に見えるのかな。まだ当分先の話だけれど、楽しみに待っているよ。

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