さよならモンゴメリー。

 4時間の中断のせいで帰りがすっかり遅くなってしまった。飛行機の最終便に間に合うために終わった後のセレモニーもそこそこに家路につくことに。


 俺的には投打でドマン監督にアピールできたのが収穫だった。何しろ「じっくり育てる」という球団側と「すぐにでも使いたい」という現場の意見には必ずと言って良いほど齟齬ずれが生じるからだ。


 「帰ったら次はダーラムなんだなぁ。」

デズは昨年の夏に同じようにクッキーズに昇格したという。およそ1年の在籍だった。

「メジャーまであと一歩かぁ。」

俺がため息混じりに言うと

「バカだなぁ。その最後の段階ステップが果てしなく遠いんだって。」

デズにしては珍しく真面目なツッコミ。

「経験したことあんのかよ?」

俺は思わず聞き返す。

「俺じゃなくてジョシュの言い様だけどね。」


 でもこの世界は契約枠ロースター40人とベンチ入り枠アクティブロースター25人が厳密に定められた世界。誰かが上がれば絶対に別の誰が落とされる非情な世界なのだ。


 故障で戦線を離脱できるのも2ヶ月まで。それ以上は容赦なく契約を解除されることもある。ただその場合はFA扱いになるため他の球団が獲得に動くこともある。どうしても取られたくない選手なら我慢して契約で囲っておかなければならない。それでもなお必要な選手なのか否か?極限まで試される世界。


 場内の「野球」ゲームと場外の「カード」ゲームが繰り広げられている。そんな世界。今さらながら素の自分には似つかわしくない厳しい世界に飛び込んでしまったものだ。に着いたら午前様。今日が最後の休日。明日にはダーラムへと出発しなければならない。机の上にベニーさんのお手製のお夜食サンドウィッチが置いてあった。これが食べ納めだろうな。遠征帰りにはいつも用意していてくれたんだよね。ありがとうございました。


 寝て起きたらほぼ昼。もともと何もない部屋だったがさらにスッキリとしてしまっている。転がってるのはトランクバッグだけ。うーん。とりあえず軽く泳いで、ピアノのレッスンを受けてくるか。

 

 母屋に行ってベニーさんに頼んでいたランチボックスを受け取るとアラバマ州立大学へ。ちなみに、トム・ハンクス主演の映画「フォレスト・ガンプ」の主人公のアメフト・チームのモデルになった「アラバマ大学」とは別の大学だったりする。


 ジョニーはこの大学の野球部の臨時コーチもやっているのだ。ただ、強いチームではないらしい。


 ピアノの先生にダーラムに越すことを告げると

「高校生になっても頑張ってね。できればピアノも続けてくれると嬉しいな。」

と励まされる。いえ、もうすでに高校も卒業してますけど。


 「あらそうなの?てっきり中学生だと思っていたわ。」

驚かれた。身長195cmの中学生て⋯⋯。てかあなたとそう歳は変わりませんて。

「そう。東洋人アジアンは顔が幼く見えるのを忘れていたわ。」


 マフィン家での最後の晩餐は俺も一品作ることになった。もちろんカレーだ。というかそれしかできん。ルーは5月に亜美に送ってもらった荷物に入っていたものだ。マフィン家の子供たちにも好評だった。ま、カレーが苦手な人間は滅多にいないから。子供に合わせて甘口だったのが個人的には難点だった。


「健、それで明日は何時に出発するんだい?」

ジョニーに尋ねられる。

「休み休み行きたいので朝の5時には出ようかと。」

「そうだね。長距離ドライブは初めてだろうから気をつけて。」

なんだか雰囲気が湿っぽくなってきた。


 ま、湿っぽいお別れもいやなのでみんなが眠っている間にさっさと出発してしまおう。最後はみんなというかライリー以外とハグして終わり。


 魔法スキルによって朝4時に目が醒める。とりあえずコーヒーを飲む。インスタントだけど。


 庭に出てマイカーの最終チェック。問題無し、エンジンを起動。少し早めだが出発に支障はない。そして人の気配を「感知」。俺がそちらの方を振り向くとそこにはなぜかライリーがいた。


 「おはよう。今日はずいぶんと早いんだね。今出発するところだったんだ。みんなによろしくね。」

俺がそこから声をかけると彼女がつかつかと近づいてきた。


 彼女は俺に手に持った紙袋を差し出した。

「俺に?」

「勘違いしないで。パパとママからよ。中身はただのサンドイッチ。朝ご飯にどうぞ、だって。」

「ありがとう。」

受け取るとちょっとずっしりとした重さ。リンゴが入ってんな。⋯⋯アメリカのリンゴ美味しくない。


 そして彼女がすっと右手を差し出した。俺がきょとんとした顔をすると彼女はぶっきらぼうに言った。

「握手よ。早くしなさいよ。」

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