オーバー・ザ・レインボウ!
天気はあまりよくなかった。
マチス氏が左腕のため俺は右打席へ。マチス氏は大学時代からコントロールには定評がある。ただそれゆえに狙いやすいと言えば狙いやすい。厳しいコースを攻め切る力があるからこそわずか3か月で11勝をマークできたのだ。
まだ荒削りなマイナーリーガーとは相性が悪かろう。打者二人分の投球を見た限りではチェンジアップが素晴らしい。でも、思考加速された俺の目には微細な違いも捉えることが可能だ。
内角への初球はボール。2球目の身体に向かってくる一球は思わずカットする。おそらく見逃せばボールだったはずだが体の方が怖がって反射的にバットが出てしまった。マチス氏は大学時代も防御率が1点台できわめて優秀な
これらの投球は外への布石。そして外への低めいっぱいの速球。これはわかっていても打ち損じそう。1B2Sと追い込まれて全く同じ腕の振りで同じコースへのチェンジアップ。メジャークラスだ。だが、俺の待っていた球。しっかりと踏み込んで振りぬく。打球は一塁線上を飛びスタンドのポール際へ。ちょっと微妙だぞ。塁審の手がくるくると回される。本塁打。
「
ただ、雨の方が激しくなり、1回の表が終わったところで降雨中断。日本と違い梅雨はないのでいわゆる「通り雨」。すぐにやむだろう。だれもがそう思っていたが一向にやまない。午後2時30分ごろの中断。
ベンチは屋根がついているからいいが。観客席のお客さんもさすがにコンコースに引っ込んで再開を待つ。やんだのはもう午後6時を少し回っていた。グラウンドを整備して6時40分再開。ただ、試合は7回に短縮。そのアナウンスがあった後、俺は監督に呼ばれる。監督もオールスターゲームと同じメジャーの監督が務めていたのだが、レイザースのジョー・マディソンだったのだ。会ったの入団会見以来だな。
「健。
「はい。」
ま、野手枠で来たから嫌ですともいえないし。むしろここでアピールできた方が良い。
俺はブルペンで肩を作ると夕暮れ時のマウンドに向かう。もうナイター設備が稼働し、カクテル光線が俺の影をかき消した。お客さんから大歓声があがる。俺ってもしかしてすごい人気?
「健、
捕手のサンターナが俺の後ろを指さした。なぜスペイン語で言う?通じるけども。
俺が振り向くと、なんとセンター後方の東の空に大きな虹がかかっていたのだ。球場のセンター越しにセントルイスのシンボルといえるゲートウエイアーチの上をさらに虹のアーチがかかっていた。この光景だけでも4時間待たされた甲斐があるとさえ言える美しさ。
アメリカのオールディーズに「ムーンリバー」という曲があるが、後半で「
いや。今はグラウンドの下に埋まった「
残念ながら俺はMVPには選ばれなかった。選ばれたのは北京五輪で対戦したこともあるカナダ代表のソトニ氏。
「前回はメダルを譲ったからな。今回は(MVPを)いただいておくぜ。」
うん。野球の世界って意外に狭いのかもしれない。
いちばん嬉しそうだったのが由香さん。虹を背にマウンドに立つ俺の写真でご満悦。
「ね?『|虹の彼方に《オーバーザレインボウ』って題でどう?スポーツ紙の一面をカラーで取れそうじゃない?」
もちろん、これはミュージカル「オズの魔法使い」の有名な一曲である。
「俺が本塁打を打った場面ならそうですけど。『
俺が由来を説明すると由香さんが笑った。なにかヘンですか?
「ううん。健くんは最近のアイドルとかまったく知らないくせに昔のことは良く知っていて驚くのよね。」
結局この写真が新聞の一面を飾ることはなかったが、野球雑誌のM LBオールスター特集号の表紙になった。そして、将来「沢村健記念館」とかできたらきっとこの写真が飾られるだろう。
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