金はグラウンドに埋まっているらしい。

 バーミングハム戦。この対戦カードは大人気らしく平日にもかかわらずお客さんはほぼ満員だ。満員といってもこのリーグの球場の収容人数キャパシティはリーグの規定だと思うがだいたいどこも6,000人から7,000人程度。クッキーズは平均65%ほどのチケット販売率らしくリーグではもっとも優秀だ。


 「いや、お前を観に来てんだよ。二冠王のお前をな。」

ジョシュが俺に言った。たぶん日本からのツアーで来たお客さんたちだろう。俺への応援メッセージを入れた手作りボードで応援してくれている。バックスクリーンの大きなモニターに映しだされて手を振っていた。


 「二冠って言うてシーズンが始まってまだ半月ですよ。」

「だからあと半月で三冠王な。あの男から奪い取れ。」

 1回表、ベッカム氏は先制打となる二塁打を放っている。本塁打は少ないが割と二塁打の多い中距離ヒッター。バットコントロールが巧みで日本のプロ野球にすごく向いていそうだ。でもそれは失礼なので言わんとこ。


 「お前の目標は『なぜ健を上に上げないんだ?」ってマスコミや観客に言わせることだろ。そして、お前にはそれができる。」

 はいはい。俺がネクストに立つと大歓声が。開幕戦は誰?という雰囲気だったのだが。五輪とWBCで金メダルを獲ったとは言え、アメリカ国内ではどちらの大会も関心が低かった。だからほとんど話題になっておらず、俺の知名度はほぼなかったのだ。アメリカらしいと言えばアメリカらしい。


 だから最初は日本人が何人も試合観戦に来ることに驚いていたのだが、最近ようやくその理由に気づいたようだ。

 1アウト2塁。首位打者はベッカム氏だが、僅差の2位は今塁上にいるデズだ。俊足を生かして深めの内野ゴロなら確実にセーフだ。


 手加減の場面じゃない。いや、手加減やめたんだっけ。先発のアーロン・ポサダ氏は2m近い長身の左腕。背の高さをしっかりと活かした良い球を放る。1B1Sから内角への直球フォーシーム。しっかりと腕をたたんで球を捉え弾き返す。一撃魔法クリティカル発動。打球ボールは右中間へ。あ、この球場右中間が少し深かったっけ。フェンスに当たってボールはグランドへ。真面目に走らんと。俺は一気に三塁へ。


「俺、背番号51に変えよっかな。今の俺ならめっちゃ似合いそう。健もそう思うだろ?」

ジョシュの犠牲フライで帰還した俺にデズがウザ絡み。はいはいソウデスネ。このヰチロー信者め。

「番号空いてたっけ?とりあえずそいつはダーラムに上がってから考えようぜ。」

ダーラムとはこのチームの上、AAAのダーラム・バレッツのことだ。


 3回にはデズを塁に置いて今度は2ラン本塁打。バックスクリーンに「See-Ya 11th!」の字が踊る。日本だと試合を終わらせる勝利の一打を「サヨナラ」と呼ぶが、アメリカだと本塁打はみんな「サヨナラ」らしい。恐らく「ボール」に別れを告げているようなのだ。


 3回と5回のクッキーズの攻撃前にはファールグランドに昔の大砲を模した空気砲が引っ張り出される。砲身ににクッキーの入った袋を入れ、スタンドに向けて発射するのだ。


 もう、子供たちは学校だけど、良い大人たちがはしゃいでクッキーの袋をキャッチしている。


 7回の攻撃前は「7イニング・ストレッチ」という習慣があり、メジャーでは「私をボールパークに連れてって」が歌われるが、マイナーも同じようなものがある。クッキーズは公式ソングが流され、ファールグランドでお姉さんたちの踊りに合わせて踊りたい人が踊っている。


 「健も踊れ。」

 ジョシュに命じられる。なんで俺がと思ったが「新人が踊るのがこのチームの伝統だ」と怒られて渋々踊っていた。必ず数秒だがモニターに俺のズレた踊りがデカデカと抜かれて観客から笑いが起こる、までがワンセットになっている。


 今では完全にマスターして時々「アレンジ」も入れている。

「嘘つけ。ちゃんと踊れてないよ。」

日曜先発して今日はベンチで昼寝を決めこんでるヘル吉がツッコミを入れる。

「アレンジなんだよ。アレンジ。」


 だいたい、公式ソングが2曲もある。「Bring on the Cookies.(クッキーズを連れて来て)」と「They’re outta sight.(あいつらエエやんか)」である。振り付け混ざるわ。


 身体もほぐれて来た。この回は先頭打者。投手が右腕に変わって左打席に入る。さぁ、容赦なく行こうか。活きの良い(良く回転が効いた)4シームはセンターオーバー。中堅手もかなり深めに守っていたので二塁ストップ。よしよし、打率稼ぐよ。




 

 



 

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