運転免許と遠慮がちな日本人と
テネシー・スモーカーズ戦も2勝1敗と「死の」ロードは勝ち越し2つで終え、モンゴメリーに帰った頃にはすでに午前様になっていた。
「お前、家まで帰れるんか?」
ジョシュに聞かれ、俺は我に帰る。
「この時間じゃさすがに迎えに来て欲しいとは言えませんね。ここで仮眠をとって、朝になったら連絡しますよ。」
俺はとりあえず球団事務所に泊まれるかどうか聞くことに。
「いや、俺が家まで送ってやってもいいぞ。」
お言葉に甘えてジョシュの車で家まで送ってもらうことにした。
「明日免許を取りに行くんだっけ?」
「もう今日になってますけどね。」
「自家用車は手にいれたのか?」
「ああ。大家さんに頼んで中古の日本車ですよ。黒いオンダのセダンすわ。」
恩田技研のクルマにしたのだ。社会人野球時代、同じ埼玉県のチームにいたしね。ただ、
「高麗車は安くていいぞ。日本車の中古の値段で新車が買える。」
「いやー。日本人は棺桶は木製と相場が決まってましてね。
フロリダの野球アカデミーにいた頃、コーチのサムのクルマが南高麗製のオンボロでしょっちゅう故障していたのだ。しかも新車で買って1年しか経っていないのにだ。
さて、こういう時に自室が別棟なのは助かる。俺は自室に帰ると机に夜食が用意されていた。家政婦のベニー姉様、ありがとうございます。
今日は休養日だけどジョニーと免許を取りに行く。あっさり試験をパス。亜美に言ったらきっと「坂道発進ガー!縦列駐車ガー!S字クランクがー!」とトラウマと化した愚痴を聞かされそう。
「健、事故らないコツは2つだけだ。カーブと交差点に入る前にしっかりとスピードを落とせ。そして車間距離はしっかりと開けろ。これだけだ。」
ジョニーの教え方はシンプルだけど分かりやすい。
翌日、自分のクルマで初出勤。運転すると「オトナ」になった気がするのは、俺の中身が昭和だからかもしれない。今日は自分で運転して来たんですよ。俺は力説したいが誰も興味がない。
俺は練習前に監督のドノバンとの個人ミーティングに呼びださていた。
「健、今日からバーミングハムが来るのは分かっているな?」
バーミングハム・ヴィスカウンツ。サザンリーグで最多優勝回数16回を誇るライバル球団だ。優勝回数2位のクッキーズが5回だから、その差は歴然。ちなみにシカゴ・ホワイトアックス傘下である。
監督は続ける。
「キミが
⋯⋯はい。その通りです、とは言えません。俺の気まずそうな顔に苦笑を浮かべながら監督は続ける。
「キミが周りと仲良くやりたいのは理解できるし、そうできる選手であることはこのチームにとっては良いことだ。だが、キミはここに骨を埋めたいわけじゃあるまい。
早く上に上がりたいと望むなら、『圧倒的な』成績を示してくれたまえ。そうすれば私はキミを『オールスター・フューチャーズ・ゲーム』に推薦しよう。」
これは日本で言う「ジュニア・オールスター」みたいな企画でマイナー球団全階級からメジャー傘下チームごとに2名ずつ選ばれた選手たちが「アメリカ対世界」に分かれて試合をするのだ。
「上はキミを『じっくりと』育てるつもりだがキミは『じっくり』ここにいたいのかね?」
「いいえ、すぐにでもメジャーに上がりたいです。」
発破かけられた。でも12試合で10本塁打なんだけど。いや、もっとつなげ、ってことかな。俺はジョシュに監督の真意はどこにあるのか聞いてみた。
「
レイザースはお前をできる限り安く長く使いたいからな。できればお前の最盛期まで安く囲いたい。でもお前はそうじゃない。さっさとFA取って金持ち球団に自分を高く売りつけるべきだ。
だからもっと目立ってお前をメジャーで使わざるを得ない状況に上の連中を追い込んで見せろ、ということだ。日本人のお前にとってはフォアザチームが美徳かもしれないがクソくらえだ。
『たたけよ、さらば開かれん』さ。メジャーの扉は叩き壊すつもりで叩け。忘れてもらって困るが、俺だって上を目指してるんだけどな。」
そうなんだよね。みんなチームメイトであると共にライバルでもある。忘れてはいかんな。
そして、ライバルであるヴィスカウンツが来る。ほえー、ベッカムがおるで。このチームにはかつて
「同じなの名字だけだろ。お前と同じ昨年のドラ1だぞ。さすがに知らないのはまずくないか?しかも現在首位打者がヤツだけど。」
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