倍返しの魔法。

 俺はキューバ代表チームとは因縁が深い。学生アマチュア時代に何本も本塁打で彼らの鼻柱プライドを粉砕してきた。とは言え俺個人が代表チームとして対戦した成績はこれまで1勝3敗と負け越している。そういう意味では勝ちたい相手である。


 この地上最速のチャップリン氏を粉砕してこそだ。球が速いに越したことはないが、速いだけで万事解決ということではない。それが野球というものだ。


 左腕のチャップリン氏に対して俺は右打席に入る。レフト方向へと吹く風と深い右中間は打者泣かせの球場でもある。第一球は高めの釣り球。マジで速い。しかも肘や肩に過度の負担をかけたフォームではない。このフォームを完全再現できたたら俺にも160km/hの速球が投げられるかも。


 力任せの投球でファールを含む7球で3B2S。第8球。注文通りのスライダー。4シームとの差はなんと20km/h。ごめん、常人はで空振りするはずなんだが俺にはしっかりと4シームとの回転の違いが見えているんだわ。


 俺がバットでしっかり捉える。彼の球はとんでもなく速い分反発する力も強い。打球はレフト方向へと吹く風に煽られるとバックスクリーンにぶち当たる特大の本塁打(3号)。3点先制。


「なめんじゃねー」と思いつつ、ここは謙虚に俯き加減にダイヤモンドを回る。

みんなの手荒い祝福に混じり

「ナイスバッティング!この球場ハコでスタンドに入れるか?」

ヰチローさんに迎えられて、感激してちょっと泣きそうになるがここは堪える。

「アザース!」

一撃魔法クリティカルが発動したのは大きかった。


 そしてチームは3回に2点を挙げてチャップリン氏をKO。4回にも1点を挙げ順調にリードを広げていく。


そして5回。4番武良多さんの死球を皮切りに連打で一死満塁。再び絶好のチャンスで俺に打順が回ってくる。ここはダブルエリミネーション方式。1回勝ってもまた現れるかもしれない相手。与える恐怖は深ければ深いほど良いはずだ。


 チャップリン氏の後ならたとえ誰が来てもさほど速くも見えない。カーブの落ち際をすくってレフトスタンドに放り込む。満塁本塁打グランドスラム(4号)。

絶叫というか悲鳴がスタンドの両翼からわきおこる。


 投手陣も松阪さんを筆頭に完封リレー。7回終了時に10対0でのコールドゲームで終わる圧勝であった。


 みんなでハイタッチを交わす。

「健ちゃんは相変わらずキューバ戦は強いなぁ。満塁本塁打は2本目だよな。まさかヘンなもの使ってないだろうな?」

安倍さんに褒められた。まさか魔法ですとは言えません。


「ガチンコ勝負で来てくれる分にはなんとか。逆に搦手からめての方が苦手ですもん。」

ただキューバの野球は中南米の中では緻密な部類に入るけどね。「


 アマチュア時代、キューバ野球は「超えられない壁」というか「超えるべき壁」だったのだがメジャー組がいるだけでこうも違うのだろうか。


 試合後の記者会見は監督と松阪さんと共に呼ばれた。調子について聞かれる。

「はい。だいぶ身体が軽く(動くように)なってきました。事前合宿からちょうど一月なので。これから徐々に調子をあげていけたらと考えています。」


 スペイン語でキューバベンチに何を野次ったかについては

「お互いに正々堂々やろうぜ、くらいのエールですよ。野次でもなんでもないです。」

とおとぼけ。


 チャップリン氏の球については

「めっちゃ速いですね。フォームとかトレーニングとかについて教えて欲しいです。」

これは本音。


 気持ちを切り替えて次の試合に臨まねば。


 試合後、亜美からケータイにメールが入っていた。


「朝起きたら試合終わってた。録画後で見るけど結果はニュースでずっとやってる。健の満塁本塁打で目が覚めた。アナウンサーが『これが新世代のサムライ魂だ』って絶叫していてウケる。」

 確かに。多分ずっとこのフレーズを温めていたんだろうな。意味は不明だが。


 ナイトゲームはメキシコと南高麗。南高麗が8対2で勝ち、2日後の三度目の対戦が決まる。


 翌日は敗者復活戦があるキューバ、メキシコの前にペトロパークで練習。着いたらすでにヰチローさんが早出特打ちをしていた。俺は明日の南高麗戦での登板予定があるため投手組に混じって練習。


「健。俺が先発だから明日は最初の打席アタマから本塁打2本くらいは打ってくれてもいいぞ。」

ダルさんに無茶振りされる。

「狙って打てるなら苦労はしませんて。」

苦笑するしかない。


「健ちゃんは俺の時に打ってくれる良い子や。べつにダルに気を使わんでもいいぞ。」

松阪さんの援護とも追撃ともわからない言葉が。再び因縁の南高麗戦は明日だ。



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