モラトリアム・ソロ・ライフ

殻部

第1話

 やあ、こんにちは。


 今朝はハムとチーズのサンドウィッチを食べたよ。保存食系はまだいけるね。

 パンは僕が焼いたんだ。最初はうまくいかなかったけれど、最近は慣れたもんだよ。

 今いる部屋のダイニングテーブルは広くって、一人で食事をするにはちょっと持て余し気味だよ。


 その後は少し本を読んだ。町中からかき集めて積み上げた本の山もだいぶ減った。

 これを全部読んだら、この町ともお別れかな。


 そうして今はこの手紙を書いている。

 やっぱりだだっ広いダイニングテーブルで。


 午後は海辺で釣りをしようか、カラオケをしようか、迷っている。

 どっちにしろ一人でだけど。


 そうなんだ。僕はずっと一人だ。

 「あれからずっと」って意味もあるけど、「これからもずっと」って意味で。


 山を登るのも、映画を見るのも、トランプをするのも。今や全てがソロ活動だ。

 もちろんこうして手紙を書いても、誰にも届かないってことだ。

 何せこの世界には僕一人しかいないんだから、仕方がないね。


 うん、今やこの地上に他の人類は一人もいないことは確定的だ。


 滅んだ……というのはちょっと違うかな。

 僕以外の人間は、どこかに行ってしまった、という表現が近いかもしれない。


 一人になってから暇な時間で調べた記録によれば、人類はいわゆる次のステージに進化してしまったらしい。


 宇宙の彼方からか次元の向こう側からか知らないけれど、すっごい知性をもった存在がやってきて「YOUたちも進化しちゃわない?」ってノリで、半ば強制的に上の段階に上げられたらしい。

 そうして人類は、個々の意識が繋がって、一つの巨大な集合意識体になって、知的生命体としての階層を何段抜かしかで別次元の存在になったんだって。

 うん、今や唯一の旧人類の僕は今一つピンと来てないけど。


 でもその過程で、物理的な融合現象が起こって、どんどん人間が取り込まれていくっていう、それはとってもホラーな、ほぼ地獄の光景とも言っていい段階のことは僕も見ていたので覚えている。

 結果が良ければそれでいいともいえるけど、その時の騒ぎのせいで人類文明の遺産はだいぶボロボロになってしまったのは困ったもんだ。

 先輩知性体も、進化した人類も、後で利用するひとのことを考えて進化してほしかったよって、かろうじて残った文明の痕跡を独り占めしている僕は思う。


 何で僕一人だけ残っているかって?

 そのへんは僕もよくわからない。

 ちょうど空からの訪問者が来るちょっと前に、ちょっと嫌なことがあって、人を避けて生活していたし、人類融合の大惨事のさ中も、かなり必死に逃げ回っていたり隠れていたのは確かだけれど、そんな人間は世界中にいたはずだし。でもなぜか最終的に融合しなかったのは僕だけだったらしい。


 なんでそれがわかるかっていうと、幼年期を終えたその他全員の人類から、その旨のメッセージが残されていたから。

 メールに、SNSに、山の上から見下ろした街に、空に。あらゆる手段で。


「さようなら。○○、キミ一人を残して私たちは旅立ちます。全人類より」って。

 もっといろいろ書かれていたけど、要はそういうことだ。


 その後おそるおそる街に出ていろいろ歩き回ったり、ネットや電波で探ってみたりして、どうやらそれが本当だって確信したのは、もうちょっと経ってからだったけど。


 それからずっと、僕は一人で寝て起きて、食べて、遊んで、生きている。


 寂しいかって?

 そうかもしれない。


 でも楽しいかって聞かれたら「とても!」って答えるかもね。


 こうなる前は、少なかったけど友達もいたし、孤独は寂しいものだと思ていたけど、一人がこんなに充実してるなて思いもしなかった。


 何もかも自分一人でやらなきゃいけないのは大変だけど、案外と楽しいもんだね。


 僕は今旅をしているんだ。

 地上に残っているいろんな乗り物を使って、またある時は歩き続けたりして。

 とても贅沢な旅だと自分でも思う。

 死ぬまで自由気ままだ。


 死ぬって言えば。

 この状況で病気になったら、いやちょっとした怪我でも大変なことになるはずだけど、あれからずっと幸いなことに健康でい続けている。

 何日も食べなくても平気だったり

 寒空に凍え死にそうになったこともない。


 なんでかわからないけれど。


 とにかく今の僕は、何か満たされて幸せな気分だ。

 たぶん他のみんなは幸せになりたくてああなったのに、一人の僕が満たされているなんて。


 それにしても、人類はどこへ行ったんだろう。宇宙の果てか、次元の彼方か。

 記録によれば、何十億の意識と知識が融合したそれは、最終的に一つの人格にくるまれて、個体となったとあるけれど。


 ん?結局それって一人になるってこと?

 なんだ、それじゃ僕とおんなじじゃないか。

 それってどういう感じなんだろう?ちょっと聞いてみたいかな。



 ――うん。本当はなんとなくわかっている。最後に地上に残っている、自分がなんなのかって。

 だいたい予想はつくよ。実感は湧かないけれど。


 ずっとこのままなのか、僕に変化が起こるのか、それは全くわからない。

 でも今しばらくは、こうしてせっかくのソロ生活を楽しんでいたい。

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