掌編小説・『ソロ人生』

夢美瑠瑠

掌編小説・『ソロ人生』

 私は一人で生きるのが好きなのです。

 

 一人でTVを見て、一人でご飯を食べる。

  

 一人でお風呂に入って、一人で寝る。

 

 自慰も一人でする。(これは当たり前ですね)だけど好きな人とかはいないので、不特定多数の男たちに見られているところを空想する。野卑な男たちにいやらしい目で見られながら、どんどん裸にされていく。喘いでいる顔を写真にとられたりするとすごく興奮する。ヘンタイみたいだけど、すごく気持ちがいいし、悪いこととは思わない。

 

 恋人とかはいないし、別に欲しいとも思いません。

 

 一人で絵を描いて、それを画商に売って、生活している。

 

 私の絵はダリ風の、写実的だけどすごく奇怪な、悪夢っぽい不思議なイメージの絵で、好きな人はすごく好きらしくて、高く売れる。

 すごく儲かる、というほどでもないけれど、お金に不自由はしない。


 体が弱いので、絵を描く以外のことはできないが、苦痛なことは何もしないので、まあ楽しい生活で、満足している。


 料理をするのも一人で、食べるのも一人。

 だからいつも好きなものを好きなだけ食べられる。

 お好み焼きにハマったときには二週間毎日お好み焼きを食べた。でも誰に文句を言われることもない。一人って…ああなんて気楽なんだろう。最高!


 一人暮らしだから大きい家はいらなくて、1LDKのマンションに住み始めて12年になる。私は癇性でマメなので、部屋の中はいつもきれいに掃除していて、ピカピカでチリ一つ落ちていない。若い?女が一人暮らしなので、それは誘惑もあればロマンスめいたことも皆無ではないが、私には友達や恋人はいなくて、できたこともないし、付き合いでお酒を飲んでも9時には切り上げて帰るようにしていて、浮いた噂とかは全くない。


 あんまり一人が好きだというので、自分で離人症とかそういった精神の病を疑って、精神科医に診察してもらったこともあるが、「本人に苦痛がない場合には原則として精神科の治療対象とはならない」らしくて、社会にも適応できているので「全く問題はない」と、門前払いされた。まあ私だって病気とか言われたくはないし、つまりはこのままでもよいのだろう。単なる性格とか個性の範疇であって、結婚していてもいろいろと問題のある人よりはよほどましであると思う。誰にも迷惑をかけないのだから…


 一人でいても全く寂しくないかというと噓になるかもしれないし、秋の枯葉とか、冬の裸の木立とかを見ると、果敢ないような、哀愁めいたものは感じる。そういうときにはバーで少しお酒を飲んで、コンサートに行く。ソロコンサートの、弾き語りとかである。お酒には弱いし、唄にも感情移入しやすくて、すぐ酔っぱらう。素敵な歌手に口説かれているような錯覚を楽しむ。そういう気晴らしだけで、すぐ気分は切り替わって、翌日からはまた画業に励むことができるのだ。


 女盛りだし、人肌が恋しくなることもあるんだろう?きっとそう思われるでしょうね。うふふ。心配ありません。眠る時には寄り添ってくれる猫がいるのだ。アメショーで、血統書付き。30万円もした。宝石のような美しい猫で、縞々がたまらなく気高くて揚羽蝶のようだ。そして子供のころに見た紋白蝶のようなかわいい薄緑色の眼をしている。人懐こくて、甘えん坊で、コロコロ柔らかい。その天鵞絨のような毛玉の塊が、まるで夏の夜の遠田の蛙のさえずりのようにゴロゴロと喉を鳴らして、夢心地にしてくれるのだ。この音には催眠効果があり、いわゆる脳内モルヒネの「エンドルフィン」を出す作用があると聞いたことがある。喰い殺す獲物をライオンなどが安楽死さすためだとかいう…


「またなんか書いているの?」

 ナースが女性の患者に声をかけた。

「うるさいわね!一人にしておいてっていってるでしょ!」

「よくこんなうるさいところで物なんか書けるわね」


 10畳くらいの病室には13人の躁病患者がいて、てんでにぐちゃぐちゃしゃべりあったり、素っ頓狂な声を出したりして蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

 そこに一人だけ双極性障害の患者がいて、今日は鬱になって、そうなると黙りこくって一人で小説を書いているのがかの患者の常なのだった。

 

<了>

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掌編小説・『ソロ人生』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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