第5話 好きだから-5

 午後の授業はずっと思案を続けていて、先生の説明も何も頭に入りませんでした。6時間目の山元先生は特に友崎君を目の仇にするでもなく、友崎君が起きているのをちょっとだけ確認して、普通に授業を始めました。みんなも緊張していたようでしたが、それを見ていつもと同じ雰囲気に戻りました。先生はやっぱり大人だと思いました。それと、気づいたのですが、真面目な顔をしている時の友崎君は、女の子のようなきれいな顔をしています。それを見て、何とか博打をやめさせないと、と思う気持ちは一層強くなりました。

 それでも、私の口から直接友崎君に言うこともできませんでした。



 今日も友崎君はお昼休みになると急に元気になって教室を出て行きました。また、屋上に行くのだと思った私は、急いでバッグを持ってついて行きました。

 友崎君はやっぱり屋上に上がりました。そして、いつもの二人を探していました。今日は二人とも姿が見えません。それでも、友崎君は金網にもたれて二人を待つつもりのようでした。と、私を見つけ、冷たい視線で私を見たのでした。あの優しそうな横顔とは違い、長い髪の隙間から覗く瞳は、鋭く冷たい光を放っていたのでした。

「なんだ、何か用か?」

 静かに私に放った言葉は、私を同級生だと思っていないように感じられ、私自身もどうしてここにいるのだろうと思ってしまいました。

「あの……」

「何だ?」

「あの…、あの、やめてください」

「何を?」

「あの、博打です」

「バクチぃ?冗談言うなよ。単なる遊びじゃないか」

「でも、お金賭けてるのは、おかしいと思います」

「たかが、一回一〇〇円ぽっちじゃないか。そのくらい、家で賭けてるだろ?」

「…そんなこと。でも、二人とも困ってます」

「負けなきゃいいんだよ、負けなきゃ。いいか、ゲームは、多少の緊張感が必要なの。その方が面白いし、社会の厳しさを覚えるんだよ」

「でも、やめてください」

「うるせえな」

 段々恐くなってきて、逃げ出したくなってきました。殴られるかもしれないと思いながら、どうしても足が動かなかったのです。それはすくんでいるのではなかったと思います。手は、しっかりとバッグを持っていましたから。

「おう、来た来た」

 いつもの二人が現れるのに合わせて、友崎君の声が明るく響きました。

「やっぱり、いたかぁ」

「しゃあねえな」

「ゴクロウゴクロウ。わざわざ金持って来てくれるとは」

「うるせえ、お前こそ、払う金くらい持ってるんだろうな」

「いいんだよ、オレは。負けないんだから」

「言いやがるな。見てろよ」

「さぁ、こい。カモ二匹」

「やめてください!」

 座り込んだ友崎君に向かって思わず叫んでいました。三人はもちろん、屋上に上がっていた周りの人たちからも注目されてしまい、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまいました。

「いい加減にしろよ、何なんだよ、お前は」

「でも、博打はダメです」

 友崎君は俯いてため息を漏らしました。他の二人はじっと何も言わずに見ています。私はどうしようもなくなって、バッグの中からお弁当箱を取り出しました。

「これ、食べてください」

「何だよ、コレ?」

「お弁当です」

「お弁当って言ったって、お前の食っちまったら、どうするんだよ」

「いいんです。これ、友崎君のために作ってきたから」

「何だぁ?」

「だから、友崎君が、博打をしなくてもいいように、お弁当作ってきたんです」

「おいおい」

「もうお金取らなくても、いいでしょ」

「こんなもん…」

「食べてください」

「いいよ、いいよ」

友崎君は立ち上がるとゆっくりと屋上を出て行こうとしました。

「待って」

思わず声が出てしまいました。でも、言葉は続きませんでした。

「しらけちまったな。今日はやめだ」

「これ…、持って行ってください」

「いいよ。お前ら食えよ」

「いいの?」

「半分ずつ?」

「好きにしろ」

友崎君は黙って出ていきました。私は行き場のなくなったお弁当を持ったまま、立ちっぱなしでした。


 手がだるくなってきて、ようやく周りの二人が私を見ていることに気づきました。二人の視線はお弁当と私の顔に交互に移動していました。仕方ないなと思い、

「どうぞ」と言って渡しました。

「ありがとうございます!」

「オレ先オレ先!」

「バカヤロウ。そうだ、花札で勝ったほうが、全部食うっていうのはどうだ」

「だめよ!」

 また叫んでしまいました。二人は素直に頷いて、半分こな、と言いながらふたを開けました。感嘆の声を上げながら喜んでいる姿を見ると、やっぱり嬉しくなってきました。バッグから水筒を出して、お茶も勧めました。そして私もお弁当開けて、一緒に食べることにしました。

 二人は、1年E組で、中井君と岬君と言いました。私もあらためて自己紹介をしたのでした。おいしいおいしいと言いながらたべてもらうと、本当に作ってよかったと実感できました。ただ、やっぱり友崎君に食べてほしかったというのが、本心でした。


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