第27話 赤ふんどしを阻止せよ
困り者の兄と一緒に組む事になったバンドのライブ前夜。会場である光星高校で起きた放火事件は、容疑者の身柄を確保したという事により、学校祭は予定通りに開催されることになった。
当日の早朝。緊張で早く目覚めた玲は、ニュースを見ようと兄に送られてきたパソコンのメールでこれを知った。
……よかった!さあ、御兄さん四人に朝ご飯を作りましょうか!?
男装のつもりの黒いTシャツにジーンズ姿に着替えた玲は、自室を出た。
リビングでは昨夜遅くまで兄と隼人が課題をしていたはずだったので、彼女は恐る恐る現場に顔を出した。
「おはようございます」
「ん?もう、朝か……」
昨夜おやすみなさい、と言った時と同じ態勢だった隼人は、ガクンとテーブルに突っ伏した。
「だ、大丈夫ですか……?」
「……スースー……」
全身の力が抜けた彼が覆いかぶさっていたテキストをそろりと抜き取った彼女は、これが最後のページで合った事を確認した。
……よかった!
しかし部屋には、もう一人の落第生の兄、優介の気配が無かった。
……まさか、逃げた?
その時、背後から兄の声がした。
「おはよう」
「わあ!びっくりした。お
「うん」
タオルを首にし、すっきりした顔の兄がそこにいた。
「うん。あーあ、肩凝った。それより早く朝飯にしてくれ」
「わかったけど。翔さんは?」
「何か疲れてたみたいだから、早いうちに布団に寝かせた。ふわあぁ」
大きなあくびの兄は意外にしっかりしていた。心配して損したと彼女は思った。
そんな妹は早速エプロンを付けて鮭を焼き、御味噌汁を作った。
鰹だしは昨日から取ってあったのですぐに完成し、卵焼きはみんなの意見を聞いてから作ることにした。
キンピラごぼうは昨日作ったものだし。あと洋食の人もいるかもしれないから、パンケーキも小さなサイズで焼き始めた。
その間にサラダに使うミニトマトは庭から取ってきた彼女は出来たパンケーキの加熱を止めた。
あとは鳴瀬家特製の野菜ジュースであったので、彼女はミキサーにフルーツに野菜。これに冷凍しておいたスイカを入れ始めた。
そして、えい、と蓋をし、ウイインとミキサーをかけた。
こうしてテーブルに用意が出来たので、彼女はリビングにいる兄に声をかけた。
「お兄。隼人さんを起こして」
「あいよ。おい、隼人!起きろ!玲の朝ご飯ができたぞ。おい」
自分の落ち度のために徹夜をさせた心優しい友人を、優介は激しく揺すって起こしていた。
「……ん?朝ご飯?……今起きるけど。シャワー貸して……」
寝ぼけ気味の隼人をお風呂場へ連行していく兄を見届けた玲は、正樹と翔が寝ている部屋の戸をそっと開けた。
「おはよう、ございます……?」
敷き詰めた布団の上に、大きな身体の男の人が寝ている光景は大迫力で、彼女は思わず息を飲んだ。
昨日の正樹は、早朝山登りをした後、『名探偵、鳴瀬玲』に付き合って高校へ出向き事件の捜査に協力したため、相当疲れているはずである。
そして翔は、連日執事喫茶のバイトで忙しかったはずなのに、彼女の遠泳の付き添いで湖のボートに乗り、あやうく熱中症になりかけたので、彼もまたぐっすりと眠っていた。
……お兄のせいで、本当に申し訳ないけど……。起こさないと。
「みなさん、朝ですよ……」
玲はカーテンをゆっくりと開き、朝日を部屋に入れた。
そして彼らの布団をそっとはがした。
「うーん」
「……くう」
ひとまず彼女の声は届いたようで、二人はもぞもぞと動き出した。
そして彼女はいつも兄を起こす様に、優しくそっと首筋に手を置いた。
「正樹さん。もうすぐ七時です。ゆっくりでいいから起きてくださいね」
目をつぶったまま、うん、うんと正樹は頷き、横に寝がえりを打った。
そして寝ている二人の間に座った彼女は、今度は翔に首筋に、そっと手を置き、声をかけた。
「翔さん。起きてください。もうすぐ七時、ですよ」
「姉さん……やめて?……ここから出して」
三人の魔女と言い放った姉の悪夢を見ている彼は眉間にしわを寄せて苦しそうだった。そんな彼に玲は優しく、囁いた。
「翔さん。玲です。ねえ、起きて、大丈夫ですよ」
「ううう……」
しかし、目覚める気配が無い。彼女は最後の手段として、冷たいお絞りをそっと二人の額に置いた。
エアコンを入れていたとはいえ、昨夜は熱帯夜。二人は玲がお絞りで顔を拭くと表情が穏やかになった。
やがて正樹は、うーんと背伸びをしてガバっと起きた。
「なんかすげー爆睡した……」
目をシパシパさせている正樹は髪が半端なくハネていたが、大きなあくびをして彼女を見ていた。
「はいはい。起きて。顔、洗って下さいね」
玲は立ち上がった正樹の背を押し、洗面所へ向かわせた。
後は、翔だけだった。
「……翔さん?ほら、朝ですよ」
いつの間にか寝返りをして玲に背を向けていた彼は、揺さぶられるとぼそ、と呟いた。
「昨夜は正樹と楽しそうだったな……」
白いTシャツ。広い背中、亜麻色の髪の彼はそう言いながらタオルケットをすっと引き、身体にかけた。
「は?」
「湖では隼人とくっついて、仲良さそうだったし」
「何を言っているのか、よくわからないですけど?」
「俺には本音を言わないくせに……。あの二人とは仲が良くて何よりだな」
何やら拗ねている翔。玲は昨日の事を思い返していた。
……もしかして、昨日、湖具合が悪くなった事を、まだ気にしているのかな……
彼のプライドを傷つけてしまったを思い出した玲は、彼の横に正座をし、広い背中に向かって言った。
「あのですね。夕べは正樹さんと事件を解明したので気分が良かっただけですよ?それに隼人さんのバイクに乗るのに、くっつかないと乗れないでしょう?」
「……悪かったな?俺はお前をボートに乗せず、曳かせたりして」
いつまでもくよくよしているこの態度にさすがの彼女も、ムカムカしてきた。
そんな彼女は気持ちを抑えられず、自分の気持ちをこぼし始めて行った。
「……じゃあ、あの時。翔さんの事を、湖の真ん中に置いて行けば良かったの?」
「ああ。俺なんか見捨てれば良かったんだ。お前の足手まといで役立たずだしな」
「は?」
この不貞腐れた態度に玲はもう完全に頭に来てしまった。
「翔さんは私を見守って、一緒にいてくれるって言ったのに……。嘘なの?」
「いや?そこは……ぶ!」
慌てて振り返り起き上がった翔が、玲に枕をぶつけられていた。
「やめなさい」
「……嘘つきー!?石頭!根暗!この『ぼんやり執事』―!」
「玲?やめろ……痛っ?」
「うるさい!でかい図体でいつまでもウジウジとー!……もう、翔さんなんかバナナの皮で滑って……地球を一周してきなさいよ!!……って、うわ?」
「玲」
その時、彼女の両腕を掴んだ翔はそのまま、ドーンと玲を布団に押し倒した。
そして枕攻撃をする彼女を封じるために翔は玲に覆いかぶさった。
「……ごめん!だから……もうやめろ。そんなに怒るなよ……」
彼が半笑いしているのが気にいらない玲は、間近な顔に思わず口を尖らせた。
「もう拗ねたりしない?」
「しない」
「今度拗ねたら、翔さんの顔に油性マジックでメガネの線を書くからね?」
「アハハ、だめだよ。そんなことしたら」
「どうして笑っているの?腹立つなー!?……」
怒った顔が可愛いとは言えない翔は、ただただ笑っていた。
「……よし、わかった。暴れないからもう離して……?」
玲が起きようとすると、なぜか翔の力が強まったので、彼女は彼を見つめた。
「ところで。『ぼんやり執事』って……なんだ?」
……やばい。
執事喫茶のバイトをしている時に翔は時々ぼんやりする事に気が付いた玲は、バイト仲間のロッシと密かにこれを笑い『ぼんやり執事』と付けたあだ名をつい口にしてしまった事に気が付いた。
そんな翔は、笑いながら玲に顔を近づけてきた。
「言ってないよ、そんな事……フッフフ」
「いや。言った」
誤魔化そうしても、直近の彼は笑って首を横に振った。
これに玲も笑いがこみあげてきた。
「……い、言ってない」
「俺をバカにするとは」
彼はそう言うと、突然わき腹をくすぐってきたー。
「?キャハハハ!助けて?もうごめん!許して……」
「お仕置きだ」
玲が足をじたばたして抵抗していたその時、この部屋のドアがバーンと開いた。
「「うわ!」」
「何がうわ?だ!二人とも!?ふざけてないで飯にしろー!」
「「はいっ!」」
優介の早口に飛び起きた二人は、その勢いに思わず爆笑した。
そして玲は翔の背を押して、一緒に部屋を後にしたのだった。
そんな玲はキッチンへ戻り、みんなの卵焼きを焼き始めた。
……お兄はいつもの甘い卵焼き。隼人さんは生に近い目玉焼きに醤油。正樹さんはスクランブルエッグでトマトケチャップ。翔さんは良く焼いた目玉焼きにソース……♪♪
ご機嫌で料理をした彼女がやっと席に着くと、優介の音頭でいただきます、をし、今日の予定を確認しながら食べて行った。
「そうか?みなさんは、ライブの前に各クラスの手伝いがあるんですね」
「まあな。翔のクラスは『執事喫茶』。俺と隼人のクラスは『イケメン写真』の販売。そして優介のクラスってなんだっけ?あ、玲。味噌汁おかわり」
「メイド喫茶だよ」
「男子高校なのに。どこにメイドがいるの。はい、どうぞ。正樹さん」
「だ・か・ら。みんなで女装する予定だったけど。俺は足をねんざしたから一人で練習してるよ。あのさ、玲。そのヨーグルトのスプーン取ってくれ」
「ほらよ!……全く、それくらい自分で取れ!俺も大した手伝いじゃないから、さっさと切りあげて視聴覚室へ音合わせにいくからな。玲、ごはんお代わり!」
「はい、隼人さん」
「しかしな。翔が執事って反則じゃん?お前はプロだろう?なあ、玲……俺、サラダ残していい?ヤギじゃあるまいし、朝からこんなに草食えねえよ」
甘えん坊の優介を見た翔はダメだと言った。
「ほら、黙って食え!それに玲も座って食べろ。……俺のクラスの催しは、他の奴が勝手に決めたのだ。俺も早目に切り上げて、リハーサルに行く。玲?悪いがこの野菜ジュース、まだあるか?美味いんだ」
「ウフフ。このグラスで……はい、おしまい!」
食欲旺盛の兄達に彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
こうして怒涛の勢いで片付け出掛ける準備をした彼達は、光星高校祭へ向かった。
学校に到着すると兄達、高校生はクラスの催しの担当があるので、各クラスへ行ってしまった。
部外者の玲は視聴覚室で一人、キーボードを弾いていた。
本日はいよいよ、ライブにでるので、ノースリーブのTシャツにデニムのショートパンツ姿で男の子のつもりの彼女だった。
その時、誰かが視聴覚室に入って来た。
「あ。本当にいた!玲ちゃん。うわ!本当に、銀髪だ」
「……どうしてここに?百合ちゃん」
百合子は嬉しそうに玲に飛びついてきたが、バンドの事は秘密にしていたはずなので玲は当然びっくりした。
「……しかも。そこにいるのは太郎さんと雨宮君?」
「左様」
「先輩、マジなんですね」
銀髪ロッカー風の玲を見て、男子二人は、ゆっくりと室内に入って来た。これを百合子が説明した。
「アハハ!夕べ遅くに財前太郎ママからメールが来てね。玲ちゃんがライブに出るって教えてもらったの。うちのママに言ったら一人じゃだめって!言われたから、仕方なく太郎さんも連れて来ちゃった」
白いブラウスにミニスカートが可愛い百合子の後ろには、麻のシャツにコットンの青いパンツの雨宮君がとても爽やかに見えた。
そんな爽やか中学生の傍らの太郎は浴衣姿であった。
たぶん祭りだからこの格好で来たんだな、と瞬時に気付いてしまった玲は、彼と懇意であると誤解されるのは不本意なので、あえて彼の格好に触れずに行くことにした。
そんな太郎は顎に手をやりながら玲をしみじみ見つめた。
「鳴瀬。昨日のチャラ男は『兄上の学友でお前のバンド仲間』だったんだな。これでようやく俺は枕を高くして眠れるというものだ」
「ご明察。さすが……」
正解を言い当てた幼馴染の太郎は、ドヤ顔で玲を見ていた。
「……それは良いとして!どうして雨宮君まで連れてきたの?」
すると、彼は口を尖らせて玲に向かってきた。
「どうしってって、決まっているじゃないですか。鳴瀬先輩の弱みを漬け込むためですよ?他には選抜で僕に負け、敗北感に打ちひしがれた鳴瀬先輩の顔を拝むためです!」
「もう。どうしていつも雨宮君は、玲ちゃんにからむのよ?」
「そうだ。もっとからめ!」
「太郎さん、うるさい!」
そういって百合子はうざい太郎をきっと睨んだ。
「からんでなんかいませんよ。百合子先輩、僕はただ勝ちたいだけです!」
「勝てるわけないだろう……俺も勝てないのに」
「太郎さん。引っ込んで!」
収拾付かない状況に、玲はふっと微笑みながら後輩に向かった。
「はい、はい。お静に。ここは他校だよ?それと雨宮君……代表おめでとう」
「え?」
「なんと?」
「黙って!」
敗者、玲からのお祝いの言葉に、雨宮君は意外な顔をして彼女を見つめていた。
「高明を代表して一年生が行くのは初めてらしいけど、君なら大丈夫だよ。しっかりしてるもの!まあ、私としては君が居なくなると生徒会の方が正直痛いけれど、太郎さんに
「おい。鳴瀬。その表現おかしくないか?」
「太郎さん、出てって!」
「……鳴瀬先輩」
目をシパシパさせながら雨宮は玲を見つめていた。
「それと。アメリカにいる先輩達の連絡先を後でメールするね。きっとみんな空港まで迎えにきてくれると思うよ。そうだ?先輩にお土産持って行くと喜ぶよ。一緒に選ぼうか。ん……、どうしたの?」
静だなって思っていたら、雨宮は目の涙を袖で拭いていた。
「……鳴瀬先輩!?僕やっぱり行くの止める!」
いきなり抱きついてきた小柄な彼は、玲の肩に顔をうずめてしくしく泣き出した。
「どうしたの?落ち着いて?」
肩を震わせる彼はウルウルした目で玲を見つめた。
「うぅう……みんなとずっと、ここにいたい……」
「雨宮?ここは光星高校だぞ?」
「もう止めてよ……」
太郎の真顔の突っ込みに、百合子は腹を抑えてシリアスな場面を必死に堪えていた。
「……雨宮君。せっかくのチャンスでしょう?もったいないよ」
すると彼は顔をあげて、玲の手をぎゅうと掴んだ。
「鳴瀬先輩は!僕が、僕が居なくなっても寂しくないんですか……」
そう話す雨宮を玲は優しくふわと抱きしめた。
「……寂しいよ。生意気な後輩が居なくなるんだもの。でも、もっと生意気になって帰って来るはずだから……私ももっと意地悪になるように頑張るから、ね?」
「絶対に!僕の事……忘れないって約束して下さい!」
「バカだね……君の事忘れるわけないじゃないの」
この感動のシーンに太郎は泣きに泣いていた。
「愚かな?き、聞いていられない……」
「こっちもバカだね……」
男前の玲の愛の送り言葉に、涙、涙の太郎はくるりと背を向け、そっとメガネを外した。
「雨宮君……そろそろすっきりしたかな?おっと9時か。学校祭はこれからなんでしょう?玲ちゃん」
「うん、あれ、鳴ってるかな」
……ツーツツ、ツーツツ……
その時、玲の腰に入っていたスマホからオリジナルのモールス信号でSOSのリズムが流れてきた。
「雨宮君、ちょっとごめん」
彼はうんと頷き彼女から離れたので、玲はポケットからスマホを出した。
「もしも……」
『お助けー。お兄は3年B組だー』
彼の叫び声はここで終わり、会話はツーツーと切れた。
「……はあ」
「どうしたの、玲ちゃん」
「決まっている。兄上からのいつものSOSだ」
幼馴染みの太郎は憎いくらい玲の事を知っており、玲も太郎には何も言わなくてもわかる事を前提にして話を進めていた。
「そういう事なので、これから3年B組に行くんだけど。みんなはどうする?他のクラスを見てくる?」
「私、しばらく
「百合子が行くのなら、俺も行く」
「僕もです」
こうして玲は高明学院中等部の三人の仲間を引き連れて、光星高校の三年B組へ向かった。
学校祭は始まったばかりだというのに、来校者で廊下はいっぱいだった。
そんな人波を玲は太郎のうるさいガランゴガランゴという下駄の音と供にに押し分けて進み、兄の待つクラスへ向かった。
「おー?玲、いいところにきたな?」
教室内で友人達に取り囲まれていたハッピーな兄は、弟の振りをさせている妹ににこやかに手を振った。
「自分が呼んだんでしょう?全く」
彼は足をねんざしているため、ふんぞり返り机に片足を上げており、見た目も中身も偉そうにしていた。
そんな優介に百合子はわっと駆け寄った。
「優兄?久しぶり!金髪でキラキラ……。前よりすっごくカッコよくなったね!」
「百合子か?お前、ずいぶん髪が伸びて、太ったな?そして、お前は太郎!?」
「兄上殿。御久し振りでございます」
命の恩人の鳴瀬優介を久しぶりに目にした太郎は深々とお辞儀をした。
「あははは。太郎がここにいる!お前、何フケてんだよ?おっさんじゃないかよ」
「こっちの彼は後輩の雨宮君だよ。ねえ、お兄、用件は?また何かしたの?」
すると彼はそうだ、そうだよ!とチワワのように目をキラキラさせて話し出した。
「そうだった?俺さ?なんか仕出かしたみたいでさ。みんな困ってるわけよ……」
彼女は兄の同級生が差し出した用紙を見た。パンケーキ購入申込書には、兄の鳴瀬優介の名で注文がされていた。
「そのな。数字に手違いがあったみたいで。良ーく見てくれよ。俺、『100』っ書いてあるよな?」
用紙を読んだ玲は念の為に百合子と太郎と雨宮にこれを回覧した。
「いいえ。『1000』とあります」
大トリの雨宮の意見に、一同はうなづいていた。
「おいおい?犬っコロ君?それはどうみても丸が2個だろう」
「……何度みても。丸3個です」
真顔の雨宮はブレること無く笑顔で断言し、これを聞いた同級生達も、ふかーく頷いた。
「バカめ!よーく見ろ。それは……『100』にピリオドだ!」
「数字にピリオド……バ、バカな?」
「うるさい」
ドヤ顔の優介に吹き出す太郎さんの背を、玲は思わずバーンと叩いた。
「で?実際は。何枚、届いたの?」
「『1000』枚。で、どうしようかって話し。まいっちゃうよな?どうするよ、これ……」
のんきな兄を輪にした同級生達は、後ろを向いて笑いをこらえていたが、玲だけは笑えなかった。すると兄の同級生の一人が彼女に説明を加えた。
今朝品物を受け取った生徒は、冷凍のパンケーキを必死に解凍してしまったため、返品は不可能。
そしてこの高校は大赤字を出したクラスは、全員が赤ふんどし姿になり、街中をねり歩くという罰則があるという。
「でもどうするんだよ、鳴瀬?こんな高額じゃ、みんなで買うのも無理だし。俺達、絶対赤ふんどしなんか嫌だからな!」
「おい。鳴瀬!聞いてんのかよ」
腕組をし目を瞑っている兄を中心に、同級生達の怒号が飛び交う中、玲は問題解決について思考を重ねていた。
「パンケーキ……赤いふんどし……ピリオド……」
「おお!鳴瀬のシンキングタイムだ」
「……メイド喫茶……犬ッコロ?……ブツブツブツ」
「何かわかったか?なあ」
「ちょっと太郎君。玲ちゃんの邪魔しないで」
「……よし。これで行くか!みなさん、私の話しを聞いて下さい」
そもそも。この3年B組は男子生徒が女装し、メイド喫茶を行う予定だったので、玲はこのメイドを本物の女子にやってもらい販売を強化したいと言った。
「玲。どこにそんな女子がいるんだよ?俺達の求めているクオリティは半端じゃねーぞ」
そうだ!そうだ!と男子校生がほざく中、彼女はすっと彼らを向いた。
「あら?その目は開いているのかしら……?」
高明学院中等部。演劇部の百合子は女優魂に火が付き、心がメラメラと燃えていた。
そんな彼女が長い髪をかき上げた瞬間、男子生徒達はおおおおと叫び、拍手喝さいをした。
「ちょっと待ったー!?」
その時。このB組に女の子が突入してきた。
「おう。すみれ嬢?ここだ」
自分を派手に振った元カノを、にこやかに呼ぶ兄の神経が全くわからない玲は唖然とした顔で彼女をみていた。
「今の話し、聞かせて戴いたわ。私もメイドで参戦します。玲さんへお詫びするように父にいわれていますので、ところで、優介さん。そちらの女学生はどなた?」
女学生?と百合子が眉をひそめていたが、優介は嬉しそうに紹介をした。
「あ。こっちは幼馴染みの百合子。百合子!こっちは俺の元カノのすみれ嬢だ」
「幼馴染み……」
「元カノ……?」
優介をはさんだ二人の間には火花が血走っていたが、二人はこれを胸に静め隣室に用意された着替え室へ、無言で向かって行った。
そんな闘志みなぎる彼女達の背を見届けた玲は、覚悟を決めて黒板の前に立った。
「B組の皆さん!不肖、鳴瀬優介のきょうだいの私、鳴瀬玲と申します。この度の兄の不始末、家族を代表し、心より謝罪申し上げます!」
彼女が顔を上げるとクラスにいた同級生達は、一斉に玲に注目していた。
「兄の『数字にピリオドを打つ』という勇み足により、皆様を赤ふんどしパレードという窮地に追い込んだ事、誠に断腸の思いであり心から申し訳なく思います」
「聞いたか、百合子?鳴瀬はピリオドを『勇み足』でカバーしたぞ?何という胆力!」
「黙って!太郎さん」
嬉々とした太郎の声。玲は無視して話を続けた。
「つきましてはこの鳴瀬玲。全身全霊!命を込めて!パンケーキ千枚を販売するべく、兄に代わってこの場の指揮を取りたく存じます!皆さま、いかがでしょうか?」
この何とも凛々しい玲の決意表明に男子高校生は思わず息を飲んでしまった。
「え」
「でも」
「……異議なーし」
「僕もです!先輩、頑張って!」
部外者太郎のつぶやきと、嬉しそうな雨宮の拍手に誘われた教室は、これを機に夕立が降り出したような大拍手が湧き起きていた。
「……皆さん。ありがとうございます。ありがとう……。では作戦を申し上げます!B組の皆さん、とにかくパンケーキを解凍しお皿に用意してください。ええと、家庭課室の電子レンジの状況は?」
「すべてB組で占拠しました!」
「よろしい!が、全部を解凍となると時間が掛かるので、アルミホイルで巻いて日の当たる所に置き、自然解凍を心掛けるように!アルミホイルの手配は?」
「現在スーパーに向かっております!」
「早めて下さい。そして、販売は二班に分けます。一つはB組内のメイド喫茶にて販売。一つは正面玄関近くで街頭販売をします。この学校は駅前通りですので、B組の皆さんは手分けして、通行人にでも誰でも構わず販売する事!」
「はい!」
「鳴瀬、ちょっといいか」
浴衣の袖を引き、挙手の男に玲は発言権を与えた。
「どうぞ、太郎さん」
「このパンケーキを二枚で一人前だと、五百人分の計算だ。十時から三時まで営業したとして、五時間。一時間に百人に売らないと困難だ。しかもこの教室には一度に二十人しか客は入れない。客の回転が速くても三回として、一時間では六十人に満たない。よって別の策も講じるべきだ」
「お前は面倒くさい男だな?あのな、太郎?俺に分かるように言え!」
捻挫しているために足を机に上げている兄は、偉そうに太郎に向かった。
「はっ兄上殿。このパンケーキの会社は、カフェで出す軽食の冷凍食品の会社で、うちの学校もよくここを使います。返品が不可能でも未開封のパンケーキを他の食材と交換してもらうのは交渉次第で可能のはず。本日も酷暑の一日。出来ればバニラアイスと交換し、パンケーキに乗せると宜しいかと」
財前太郎は幼い頃、優介に野犬から身を救ってもらった恩があるため、こうして自ら家来を務めており、これが彼の喜びになっていた。そんな太郎に殿様は命令を出した。
「よし、太郎。その交渉はお前がやれ!すぐにだ」
「御意に!」
殿様の命を受けた彼は、それはそれは嬉しそうに申込書をさっと受け取り喜び勇んで教室の窓辺で電話を始めた。
「あの、鳴瀬先輩……」
「なに?雨宮君」
雨宮は玲と目が合うと、恥ずかしそうに下を向いた。
「このパンケーキは二枚ではなく、三枚ずつにして単価を上げた方がいいのではないですか?これはサイズも小さいし。お皿にも乗ります」
「いいぞ。犬っコロ。それで行こう」
「鳴瀬兄上様!恐悦至極に存じますっ!」
「君まで付き合うことないのに……」
にっこり笑顔で返す雨宮に玲は、苦笑いをしていた。
その時、交渉係の太郎が一同にくるりと振り向いた。
「兄上殿。三百枚はバニラアイスと交換可能になりました。ですが、業者は配達ができないとの事です。いかがなされますか?」
するとここで光星軍団が立ち上がった。
「あの、鳴瀬隊長!それは俺達、自転車部員に行かせてください!おい、リヤカーで取くぞ!太ももがちぎれるまでぶっ飛ばすぞ!」
こうしてどたばたメイド喫茶は慌ただしくスタートした。
でも、これは、まだ序章に過ぎなかった。
つづく
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