第15話 年上はつらいよ

狭い空間の中。

先ほどまでバトルしていた夫人が超至近距離でポツリと話し出した。


「今の話を踏まえて。凛には儀式をやらせます。これ以上はあの子の華道人生がおかしくなりますから。そしてあなた!凛は刃物が怖いのよね?」


この話に雨宮は凛の耳をさっと塞いだ。


「……たぶん、そうですよ。だから木で出来たハサミとか。プラスチックで先がとがっていない物がベターですね。剣山は、ゴム製とかないですか?」


「ふざけたこと……」


「お母様。木のペーパーナイフなら僕持っています。剣山は、プラスチックの物がありますよ。僕がご用意します。それでいいですよね、玲さん?」


「それでお願い、雨宮君」


「……あなた達。知り合いなの?」


チーンとエレベーターは五階に到着した。雨宮が凛を連れて行った後、トイレに入っていた玲は華やかな大人達に囲まれた中で不安そうな凛を見つけた。玲は夫人に断りを入れて、彼に声をかけた。


「ねえ!これから生け花をするそうだけど。カッコ良くできるんでしょうね」


「お兄ちゃん?ママに怒られなかったの?」


あの母親である雨宮夫人に負けずにこの場にいる玲を見て凛は心底驚いたが、すぐにほっとした顔を見せた。


「アハハハ。怒られないわけないでしょ?それよりもさ。君のお兄さんが優しい道具を用意してくれたよ、ほら」

 

玲が手渡した木のペーパーナイフ。凛は、さらにパッと顔を明るくした。


 

こうして行われた生け花の儀式だったが、立ち合うとは言った手前逃げられない玲は一番下座で正座をして見守っていた。


凛は自分で天才と大口を叩くだけあり家元や弟子達の前で見事な作品を完成させ感嘆の声に包まれた儀式はこうして終了した。



そして凛とハイタッチを交わした玲は、どさくさで帰ろうとそっと階段に向かった。






「あ。いた!お待ちなさい!逃がさないわよ?」


夫人に捕まった玲は、こうして家元の部屋に呼ばれてしまった。




……この人が、雨宮君のお父さんか。


関東華道会代表、雨宮氏は胸板が厚く逞しい印象。色白で小顔の雨宮はお母さん似だと玲は思っていた。



「この度はすまなかったね。妻が君に失礼な事をしたようだ。まさか凛のやつ、刃物が怖かったとは。こちらも知らずに可哀想な事をしていたよ。君は息子の窮地を助けてくれたのに、本当に」


そういってお茶を前に家元が頭をさげようとしたのを玲は制した。


「いえ。私の方こそ!夫人に厳しく言ってしまいました。しかし、奥様は……ご立派ですね」


「立派って、あれのどこが?」



驚き顔の家元に玲はつい本音をこぼした。


「奥さまは年下の私にああ言われて腹が立ったはずなのに。息子さんの為にプライドを捨て、すぐに対策を取りました……お母さんとして立派だなって。いや、私の言うことではありませんが」


自分の母ならどうしただろうと玲が思っていた時、家元はじっと自分の顔を見ていたことに気が付いた、


「……確認したいのだが、君は女性だろう」


「あ?はい。実は……」


この鋭い眼光に、玲は自分が雨宮の先輩であることやバンド活動をしているために一時的に男の恰好をしていると正直に説明をした。


「しかしながら夫人は高明学院の保護者会の代表です。私は校則違反ではありませんが、悪目立ちしたくないものですので。名乗らずにおりました……すみません」


「なるほど……わかった。妻には何も言うまい。ところで鳴瀬君はうちの迅と同じ海外留学選抜の最終選考に残った一人だろう?参考までに君の将来の志望を聞いても良いかな?」


「国際弁護士です!」


「……ハハハ。納得だよ?……今夜はありがとう。これからも息子をよろしく!」


そういって握手し挨拶を終え部屋を出ると、そこには不安そうな顔をした凛が立っていた。


「あ?お兄ちゃん、大丈夫?」


「大丈夫だよ。お父さんにありがとうって言われたよ」


「そうか。あのね、お母さんが僕とお風呂に入ってから帰れってさ」


「は?」


すると、そこには着替えを持った夫人が恥ずかしそうに背後に立っていた。



「おほん。そんな泥だらけでこの雨宮家から帰す訳にはいきませんからね?」


「いえ!全然問題ないですから」


「えええ!?お兄ちゃん僕と入ろうよ。お願い!!」


生意気なのに我儘をいうこの可愛い男の子は頑張って儀式を終えた後。凛が可愛い玲は仕方なく雨宮家の豪華な御風呂に入ることを承諾した。


……この子はちびっ子だし。さっさと出ればいいよね?




そんなのんきな思いでやってきた風呂は家元の趣味なのか大変豪華な造り。生花が飾られた十階から見える眺望は夏祭りの賑やかさが一望できた。


湯気が頼りの玲はタオルを巻きつけ、凛と湯船に入った。



「よかったねー。儀式も済んで」


「うん。ねえ、僕、潜るから見てて!」


そう嬉しそうにしている凛に玲も嬉しくなり湯船に手足を伸ばしていた。

その時、浴室の戸がすっと開いた音がした。



「……失礼します」


「え?雨宮君」


裸の腰にタオルを巻いただけの雨宮は、にこと笑って入って来た。



「先輩!お背中流します」


「……信じられない」


嬉しそうに湯にそっと入った雨宮に玲は背を向けた。





「だって……今日の先輩は、男の子なんでしょう?じゃ、問題ないじゃないですか」


「あり得ない!……そもそも君はどうして私に構うの?いつでもケンカを仕掛けてきたりするし」





涼しい目元の小顔の彼はフィギアスケートが得意で英語が堪能だ。

まだ小柄だけど素敵な彼は、高明学院中等部の『花のプリンス』と言われているモテ男。


そんな彼は口を尖らせて玲に反論した。



「先輩こそ!どうしていつも僕を拒むのですか?そんなに僕が嫌いなんですか?訳をはっきり聞かせて下さいよ?ほら、はっきりして言って!」


そういってズズズと近寄って来た二歳下の男の子は肌が真っ白で鎖骨が綺麗で、玲の方が恥ずかしくなっていた。


「そ、そんなこと無いけど」


するとここで凛が玲の肩を叩いた。



「あのね……お兄ちゃん。僕の髪洗ってよ!ねえ」


玲を男と思っている凛に彼女はふうとため息をついた。



「はい、はい。わかったよ。ほら……雨宮君もおいでよ」


「え?僕も良いんですか」


「いいよ。ほら並んで座って?」


玲は完璧にタオルで身を隠し、二人を並べ、髪を洗いだした。

きゃっきゃと笑う雨宮兄弟に彼女は思わず目を細めていた。



……私には弟が居ないけれど、年下の男の子って……可愛いな。



鏡に映る年下の二人の男の子は、泡まみれでふざけ合っていた。

そんな迅に玲は素直に話をした。





「……雨宮君、私ってね。人の世話を焼くのが仕事っていうか。習性なのよ」


「そうですね。見ていてそう思います」


頭が泡の迅は彼女を見ずにそう応じた。玲も彼の背中を洗いながら話を続けた。



「でも君ってキチンとしているから。私の出番は無いでしょう?しかも君も世話焼きする側の人間だもの。私、人に甘えた事がないから、雨宮君に優しくされるとどうしていいか、正直分からないんだ……」


そういって彼女は二人まとめてシャワーをかけて泡を落としていた。


「そうか?……わかりました!」


「なにが?」


すると彼は鏡越しにほほ笑んだ。


「僕が先輩に我儘を言ったり、甘えたりすればいいいんですね?」


「いや?そうじゃなくて……」


「簡単じゃん!今からやりますよ」


そういって振り返った迅の隣の凛は、今の話を知らずに玲に向かった。



「お兄ちゃん。最後にもう一回お風呂に入ろう!」


「ダメだよ、凛?今度は僕が先輩を洗うんだから……」


そういって玲の世話を焼こうとしている迅に玲は、呆れていた。


……言っている先から世話を焼こうとしているし?まったく……



その時、打ち上げ花火が上がった音がした。


「あ。見て!花火だよ!ほら」


ヒューーーー。パーン……。


上階の雨宮家の大浴場から眺め。彼らは窓に集まった。


「うわ!綺麗」


「こら、凛。まだ泡が付いている、あれ、先輩は?」



雨宮兄弟が花火に気を取られている隙に風呂を出て着替えを済ませ玲は、夫人が用意したタクシーにあっと言う間に飛び乗り、雨宮家を後にした。




「……ただいま」


「おかえり」


「ひっ!お兄?……電気も付けずに何やってるの?」


暗闇の部屋。ソファには浴衣姿の兄が倒れ込んでいたので、玲はびっくりして腰を抜かしそうになった。



「ステージをこなした後は、さすがに疲れた……」


「妹にかき氷販売を押し付けて置いて、何を言ってるの?」


「うるさい……ん?何か連絡が来た。……全く、俺はキングだぞ?」


そういった優介は上向きに寝ころび、スマホを手にした。



「ええと。翔からだ……。執事喫茶の新作スィーツ、夏ミカンを使ったゼリーの名前で、翔が考えたのは『初恋ゼリー』で、ロッシさんは『夏恋物語』だって。どっちが良いか玲に決めてくれってさ」


「あの店のメニューのロマンティックなネーミングはあの二人が考えていたんだね。ハハハ。ちょっと待って?」


ロッシならわかるがあの真面目な翔が必死で考えたかと思うと笑みがこぼれる玲は、あっという間に考えがまとまった。


「ウフフフ。そうだね。合体して『夏恋ゼリー』ってどうかな?」


「わかった!ええと後は……隼人からだ。今度かき氷の御礼をするってさ」


玲は優介の隣に座りスマホを覗いた。


「当たり前だよ?じゃあ、来週公開の映画のキャラクターで、コンビニ限定のクリアファイルが来週発売されるんだけど。それ買っておいてって頼んで」


「わかった。アイツもそれくらいは出来るだろう。あと正樹か……『開かずの間が解禁』だとさ。事件は解決したみたいだぞ、ん?玲、どうした?」


話を聞いていたはずの彼女は、大好きなお兄にもたれていたら急に力が抜けていつの間にか眠っていた。


そんな彼女が頑張って目を開けると、そっとタオルを掛けてくれた兄が見えた。




「玲……おやすみ」


「……うん」


兄の優しさと眠気に身を任せた彼女は、タオルの重さを感じながら心地よい眠りに着いた。





つづく

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