第3話 チャラ男はムスクの香り

「えーと次は、ベースの」 



「隼人《はやと》さんでしょ。お兄がナンパする時の相棒の…ええと、彼女持ちの」



「そう!あいつのバイト先はあそこのコンビ二なんだ。俺、アイス買おうっと!」


夕刻。電車を降りた二人は隼人のバイト先のコンビニにやって来た。

スキップしていた優介だったが、ドア前でピッタリ両足ジャンプ着地を決めた。



「やべ!又やっちまった?」


「うん!減点無し!」



すると開いた自動ドアの向こうから怒号が聞こえてきた。



「だから!何なんだ、その態度」


「すみません。以後気をつけます……」


「だから!謝罪の気持ちが見えないって言ってんだろう!」


「……ヤバ。あれ、隼人だ」


カウンターにいるのは茶髪で褐色の肌の店員。耳にはピアスが光っていた。

店にいる客は大人なのにこの様子を見て見ぬ振りをしていた。



「あのオッサン何言ってんだ?人の気持ちなんか見えるわけねえよな?」


「し!お兄は黙って」



瞬時に状況を確認した玲は店外の赤色灯が廻っている事に気が付いた。



……これは、隼人さんが警察を呼んだという事だよね。



そして玲は兄の服を引き耳元で囁いた。


「お兄!あのおじさんをスマホの動画で撮って。それと隼人さんに『サスマタ』って何とか合図を送ってよ……」


玲は中年メタボ男をロックオンしたまま、兄に作戦を告げた。


「何?さするまた?」


「違う!『サスマタ』!」


兄に諭すように言った玲は大声で騒いでいる中年親父の後ろに並び、大げさに声をかけた。



「……ちょっとー?もう、いい加減にしてくれませんか。僕達、迷惑しているんですけどー?」


「はあ?貴様、誰にモノを言っているんだ?」


「口の臭いあなたにです」


「この?くそガキ!」


顔を真っ赤にしていた中年男は玲に殴りかかってきたが、彼女はこれをすっと交わした。


そして当たらなかった拳は陳列してあったお菓子の棚を破壊した。




「……あーあ。暴行未遂。器物損害」


「……この野郎!?」


男は玲を捕まえようと襲いかかってきたが、彼女は男の脚を、軽く蹴り払った。

これに相手はバランスを崩し、パンの棚をザザーと大きく破壊した。



「恐喝。営業妨害。あとは精神的ストレスを負った僕に対する損害賠償は……」


「このくそガキ!ぶっ殺されてえのか!!」


再度殴りかかって来た中年親父の腕をつかんだ彼女は、通路にビターンと背負い投げを決めた。



「ふう。二百万円かな?……お兄、今だよ!」


「行け隼人!『サスルマター』!」


「とりゃー!」


その時、カウンターを飛び越えてきた隼人のサスマタが男の動きを封じ、制止させた。やがて駆け付けた警察官は男を逮捕した。


優介はこの様子を収めた動画を警察に見せたので話が早く伝えることができた。


そして鳴瀬兄妹が警察に訊かれたのは名前と住所だけで、性別は訊かれなかったので玲はホッとしていた。


「優介。マジで助かった……。あの親父いつも文句だけを言いに来るんだ。でも店としても罪にはならないから、ずっと困っていたんだよ」


隼人はそういってホウキを抱き足元に散らばったお菓子を見つめた。


そんな彼に玲はそっと話しだした。


「僕、さっき警察の無線を聞いちゃたんですけど、あのおじさん執行猶予中らしいです。だからこれで刑務所行きだから、もうここには来ないと思いますよ」




「やったじゃん!っていうか、そんな悪い奴だったの?っていうか、これ誰なの優介?」


「へ?あ、すまん!これ。俺の弟の玲」


「玲です。兄がいつもお世話になっております」


玲は、ペコっと挨拶をした。



「へえ……言われてみれば、顔、似てるし!こっちこそよろしく。君、凄いね、空手とかやっているの」


そう言いながら隼人はホウキでお菓子を集め出したので、玲は思わず屈んで一緒に箱を拾い始めた。



「いえ。あれはチカン対策で」


「チカン?」


「チカン?」


……いけない?私、男の子だった?


ここで気がついた優介は慌てて妹を背にしフォローした。



「う、おほん。男でも痴女に襲われることがあるからな、なあ、玲?」


「そ、そうなんですよ」


笑顔の兄のフォローに、心臓がドキドキの玲は彼に背を向けながらお菓子を拾い始めた。



「……確かに、君なら襲われてもおかしくないかも」


「へ?」


「と、とにかく。明日のバンド練習にはこいつを連れて行くから!さ、帰るぞ玲」


「おい、待てよ。えーと、玲君?」


「こいつは玲でいいぞ?」


「優介は引っ込んでろ……あのな」


そういって彼は隼人の玲の顔を覗き込んだ。



「玲?この落ちたお菓子で良ければ、もらって行けよ。ほら」


「あ、ありがとうございます」


にっこりほほ笑んだ隼人は雨のように彼女の広げた手のひらに、キラキラした包み紙のチョコレートを落とした。



「マジで助かったぜ。俺は隼人!気を付けて帰れよ」


こうして隼人に見送られながら二人はに次の仲間の所へ向かった。



つづく

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