妹、ただいま参上!

みちふむ

第一章 弟よ

第1話 妹、弟になる

「玲!ちょっといいか?」


「ダメだよ」


自室の扉の向こうから聞こえた兄の優介の声。彼女は振り向かず返事をした。


「今。勉強中だから後にして……え?キャーーー??」


そこにいた無表情の顔の彼の手には針金のようなものが見えた。


「……お前な。おにいが困っているのに、勉強している場合じゃないだろう。全く……」


玲にとって唯一無二の兄の鳴瀬優介はそうブツブツ言うと妹のベッドに腰を掛けた。ヘッポコバンドの練習帰りの彼は、お気に入りの革の黒パンツを履いていた。



「妹の部屋をピックングして何なのよ?」


「絶体絶命のピンチが起きたんだよ!」


「あのね……」


勉強していた玲はくるりと椅子を回し金髪の兄に向いた。



「絶体絶命もピンチも同じ意味だよ」


すると彼は妹の長い髪を自分の元へぐっと引き、自身のおデコとコンとくっつけた。



「ちょっと!なにするの?」


「……お前さ?彼氏ができない理由そろそろ気付けよ?」


「余計なお世話です!で、用件は何?」


超近距離で見つめる兄に、呆れて目を伏せる妹に兄はフンッと言って彼女を突き離した。



「俺の高校、今度、学校祭をやる話しをしたよな?」


「初耳ですけど」


兄の長ーい話を推理した玲は、彼が結成したロックバンドが学校祭でライブを行う予定なのに、ボーカルである自分の声の調子が良くないぜ、という話をしていることがわかった。



「マジ、俺の声……ヤバいって」


眉間にしわ寄せ喉を押さえる兄に、妹はため息をついた。



「そう?いつも通りでしょ」



玲はそう冷たく言うと、苦しげに悶えている兄に背を向け、机のパソコンの画面を覗き込んだ。



「ごめんね。今は生徒会の資料作成のほうが優先なのよ。これ、急ぎでさ」


「なあ?俺の声、絶対いつもの声と違うって」


「同じだよ」


「違うって!ほら、ハイトーンボイスが出ないんだよ……アー。アア?」


兄は喉を押さえ白目をむいて高音を振り絞っていた。



「……本番まで時間があるのでしょう?それまで耳鼻咽喉科に通うか。薬でうがいをするか、のど飴をなめるなりして、喉を静養するしかないよ」


「お前。その冷たさは液体窒素の並だぞ?お兄がこんなに落ち込んでいるのに!」


「慰めて欲しいなら、彼女の所にいけばいいでしょ」


「う?今、それを言うか……」


兄はベッドにバーンと倒れた。



「もしかして。振られたの?」



ベッドで上向きに寝ていた彼は、顔を腕で隠し、うんと頷いた。


「優柔不断で、面白くないって言われた……うううぅ」



見かけは素晴らしくカッコ良い優介は我儘で弱虫な性格。なのでこれがバレてすぐに振られてしまう。しかし反省しない間に新たに彼女ができるため、自己修正不可能の魔のループに陥っていた。


「それにさ……今回のライブが成功したら、俺達、レコード会社にスカウトされるかもしれないんだぞ?」


玲は目覚めているのに夢をみている兄に現実を伝えた。


「かも、でしょう?あのね、今の日本の音楽はネット配信に圧されて作詞作曲してアニメの曲とかにならないと全然儲けが無いってニュースで見たよ。同じ事をするならネット上にパフォーマンスを公開した方が、テレビ関係者の目に止まるんじゃないの」


「恐ろしい……お前は本当に15歳か」


「お兄こそ。今はもう高3だよ?受験までアッと言う間だよ。進路どうするか、決めたの?」


「決めた。今!」


兄がガバッと起きたので玲はビクとした。



「そう?良かった……えーと『部費の伺い書の項目』は」


「玲!お兄の代わりに歌ってくれ!?頼む、一生のお願いだぁー」


そういって優介はベッドの上で、綺麗に土下座を決めた。



「あのさ。それ、今月入って3度目だよ」


「わかっております。あの、これをどうぞ!」


きりっとした顔をあげた兄は、すっとチケットを差し出した。


「これは?」


「そう。お前の憧れの声優のトークショウのチケットだ。欲しいだろう?」


目を細めた優介はずいと妹にチケットを渡した。



「欲しいよ……でも代わりにバンドをやるくらいなら、要らないもん」


「そうか?よーし。これでどうだ!じゃーん」


「うそ?行きたかったアニメの原画展のチケット!」


自分が申し込んでも取れなかったチケット。これを密かに入手していた兄は

史上最強のドヤ顔だった。



「しかもこの日は。漫画家本人が来る日だぞ?」


「どうしよう?これ、全部欲しい!」


すっかり妹の心をさらって行った兄は彼女の肩を抱いた。



「フフフ。玲。お前はバンドのメンバーのバックコーラスとして立っていればいい。そして高音の所だけ歌ってくれれば、後はお兄が何とかするから、な?マジで頼むよ」


「でも……他のメンバーの人には何て云うつもりなの?お兄の高校は、女子禁制の男子校だよ?」


「ハーッハハハ。弟を連れて行くと言ってある!名前も玲だから、そのままで良いしな。じゃ、よろしくな!あー助かった……」


そういうと兄は妹の頭をポンと叩き、部屋から出て行った。



「はあ。どうしよう」


兄の足音が遠のいた部屋で玲は頭を抱えていた。


兄が通う高校は女子禁制で有名な男子高校。学校祭当日は女子もやってくるけれど、やはりこれから自分も練習に参加しないとバンドにならない。これは男の振りをしないといけないのは明らかだった。



この夜の兄妹だけの夕食時に、優介はメンバーの説明をし出した。


「メンバーは3人なんだけどさ。あいつらみんな女嫌いなんだよ、ご飯お代り!今日の唐揚げ異常に美味いな?……ニンニクのせいか?」


「気分が晴れたせいでしょう。で。どんな人達なの?」


玲は兄に白米を盛った茶碗を渡すと自分の指についたご飯をそっと食べた。


「1人は女嫌い。1人はニ次元のキャラしか興味が無し!。あとは彼女がいるから、お前が女の子だと彼女がヤキモチ焼くから面倒なんだよ」


「ふーん」


半年前まで趣味でトライアスロンをしていた玲は元々少年体型。普段から男の子に間違えられてしまう事が多かったので男装は妙な自信があった。

現在は髪を伸ばし中だったが、今回は弟の振りをするために切る事に決めた。



翌朝。


兄がクーポン券があるとしつこく言うので、共にやって来た美容室でカット中、勉強疲れでうたた寝してしまった玲は、兄の声で目覚めた。


鏡の中の自分は6対4に前髪を分け片目だけ出すというかなりビジュアル系になっていた。


「しかも……これ銀髪?」



あまりの出来事に彼女はまだ夢を見ているのかと想った。


「もしかしてさ。お兄が金だから私は銀にしたの?」


「おう!よくわかったな!さすが俺の妹だ」


「西遊記かよ?なんて事を……」



現在は兄妹の両親は、長期休暇を利用し遠くに住む祖父母の家に行っていて、一か月ほど留守の予定だった。兄のあまりの喜ぶ顔と、美容師さんのどや顔に何も言えなくなった彼女は、親が戻る前に戻せばいいか、と己に言い聞かせ兄と美容室をでた。



その帰り道。優介はスキップしながら言いだした。



「後は衣装だな。俺の服は玲には大きいしな」


「そうだね。しかも男の子の髪形に合う服って、何だろうね。検討付かないや」



そんな事を言いながら二人は家に戻って来たが、自宅に着くなり兄は服選びを始めた。


「でもさ、お兄。家の中はなんでもいいんでしょう?バンドの時だけ男の子の格好すればいいだけだから……バンドの時は浴衣でもいいんじゃないの」


ヤケクソ気味の妹に、珍しく優介が吠えた。

 


「お前完全にふざけているだろう!俺達はパンクバンドなんだぞ?」


「ふざけているのはお兄でしょう。歌だってなんで昭和のポップスなのよ」


「表現の自由!!待てよ?そうかぁ……」


集中すると何も聞こえない世界『ゾーン』に入った彼は妹の声に耳をかさず、自室へと消えた。そして服を抱えて来た。


「この服なら入るかと……おお!良いんじゃね?あとは、これ、と」


骸骨のデザインのチビTシャツ。黒いシャツと穴のあいたジーンズに玲もうなずいた。


「ふーん。これなら男の子かも。着てみるよ」



そういって着替えてきた妹をみて、優介は口笛を吹いた。


「すげえ?俺のコーディネート!!マジ最高だせ!」



鏡の前の玲はすっかり男の子に変身していた。優介はヘビメタ風と言っていたが、玲にはお洒落な美容室にいるような若い男性店員風に見えていた。


「……嬉しいような、悲しいような」


「なんだ?暗い顔して。そうだ?このままメンバーのバイト先に行くぞ!紹介してやるよ」


「ちょっと待って?心の準備が」


すると兄は親指をビシと立て、キラーンとウィンクをした。



「心配すんな。玲!お兄が付いていてやるからさ……」



無邪気な兄は、心の底からそういって妹の肩を叩いた。

まるで晴天のような笑顔の兄の勝手な思い。しかし玲は怒りや呆れるのを通り越し、兄の純粋な思いに笑顔でうなづいた。兄妹は出掛ける用意を始めた。




第2話へつづく。

 

 

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