14
…一頻り、泣いた後。
泣きはらした目を隠そうともせずに、朱音が氷皇の亡骸の側でしゃくりあげる。
余程のショックだったのか、もはや話す気力すらないらしい朱音は、いつものように快活に口を開くこともなく、ただ、別人のように虚ろな表情のままでいた。
それを傍らで見ていた柩が、静かに朱音に話しかける。
「…朱音」
「!…」
柩の問いに、何を恐れたのか、朱音はぎくりと、大袈裟なまでに身を震わせた。
そんな朱音の様子に、懐音はやれやれといった調子で肩を竦める。
「全く…腑抜けもいいところだな。まあ、この状況下で、早く立ち直れっていう方が無理だろうが…
そいつをいつまでも、そのままにしておく訳にはいかないだろう?」
「!…っ」
瞬間、朱音の瞳に、怒りという名の、強い意志の火が灯る。
そのまま己が覚えた苛立ちに任せて、朱音は懐音に、まさに噛みつくかという勢いで食ってかかった。
「あんたって人は…人がちょっとやそっとじゃ立ち直れないくらい落ち込んでいる時に!
いくら口が悪いっていったって、物事とデリカシーの無さにも限度ってものがあるでしょう!?」
「そいつは悪かったな。…だが、忘れたのか? そいつは…上条氷皇は、上条財閥の後継だろう。
俺を責める前に、少し頭を冷やして考えてみろ。この状況じゃ、お前…氷皇の死に関しての、質問責めは免れないんじゃないのか?」
「!う…」
…口は悪いが、確かに懐音の言う通りで、朱音は刹那、返答に困った。
確かに、この現場を目の当たりにすれば、事態究明への矛先は、間違いなくその場に居た者に向けられる。
ましてや氷皇は、懐音の言う通り、かの上条財閥の、たったひとりの後継。
この死についても、現場に居た人物についても、それを生業とするマスコミその他の、格好の餌食となることは間違いない。
そう思った朱音は、懐音に向かって素直に頭を下げた。
「ごめん…懐音。確かに懐音の言う通りよね…
でも、今のこの状態を…どうすればいいの?
周りは血だらけだし、氷皇を…このままにしておく訳には…」
「…懐音」
柩が
それに懐音は、溜め息混じりに頷くと、いつになく厳しい視線を朱音にくれた。
「…朱音」
「…なに?」
朱音は空元気のままに問う。
…気を抜けば、また流れ出しそうな涙。
朱音はそれを必死に堪えていた。
すると懐音は、しばらく考えた後、その瞳を緩やかに本来のそれへと戻し、低く訊ねた。
「どんな形でも構わないというのなら…
俺はこいつを生き返らせてやることが出来る。
もし、本当にお前がそれを望むのなら…だがな」
「…え…」
懐音の言葉があまりにも唐突、そして突然すぎて、朱音はしばらくの間、その意味を測りかねた。
その“意味”が、ようやく脳へと浸透した時…
朱音は同時に、先に氷皇と相対していた際に偶然にも耳にした、サガの冷徹かつ、皮肉げな言葉を思い出していた。
『氷皇のことは好きに扱えばいい。
それこそ“生かすも殺すも”…好きにすればいい。
あの方の血を強く引いた貴方には、それが容易く出来るのだから』
「!…っ」
その意味は深くは分からない。
サガのいうところの、“あの方”のことも、その“血”の意味も、現段階では…まるで分からないが、それでもサガの台詞から唯一分かることは、それがどういった方法であれ、懐音には、他者の生死を自らの思うままに扱える能力があるらしいということだ。
そしてそれを裏付けるかのように、本人もそれを示唆するようなことを訊ねてくる。
朱音の声が、自然、興奮気味に上擦った。
「!ひ…氷皇を生き返らせることが出来るのなら、それがどんな形だっていい!
お願い、懐音…氷皇を生き返らせて!」
「…言ったな。だが、お前の考えがそうでも、当の氷皇側の意志は分からない。
もし本人に、わずかばかりでも生への執着があれば、すぐにでも生き返らせることは可能だ。だが生憎と、それを望まない者も、中には居る…
俺は、本人の意向や遍歴を無視して生き返らせるような真似はしたくない。中には、“生き返らせること”…それ自体がまずい者もいるからな。
…先に、俺の力も万能ではないことは理解しておけ」
「…うん…、うん!」
朱音はいつの間にか溢れ出したらしい、希望と期待を反映させた嬉し涙を拭いながら、大きく、はっきりと頷く。
懐音はそれを確認すると、つと、近くにあった家具の近くへと足を運んだ。
その上にある花瓶の中には、恐らくは癒やしを目的としたらしい和風の花が、複数飾られている。
「…これでいいか」
懐音はその中から、花が咲き始めた、桜の枝を一本引き抜いた。
それに、自らの親指を静かに噛み、上に翳すことで枝に鮮血を滴らせた懐音は、次いで己の銀白色の髪を一本抜き、それに絡ませる。
朱音と柩が見守る中、懐音はそれを、氷皇の流した血にそっと浸し…
枝に充分にその血を染み渡らせると、今だ朱音に支えられたままの、氷皇の体の上に置いた。
「…氷皇を置いて離れろ、朱音」
「うん」
朱音はまだ暗さこそ残していたが、躊躇うこともなく、はっきりと頷いた。
続けて、告げる。
「…信じてるからね、懐音」
「ああ」
懐音は珍しく素直に応えると、床に横たわる氷皇の胸の上に置かれた、先程の桜の枝に手を翳した。
…まるで天使の調べのような、美しい声で紡がれた魔力が、その能力を発動させる。
「“……の血を受け継ぐ者の命を聞け。
我、懐音=デュランダルの名に於いて、此の者に新たな生命を譲り渡す。
呪文らしい言葉を詠唱しながら、懐音はちらりと朱音へと目を走らせた。
しばらくその視線を朱音に留めたまま、何事か考えていたらしい懐音は、次には氷皇へその目を戻し、先を続ける。
「…“彼の者の名は、【
「! えっ…?」
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