11

懐音と柩、二人の瞳はこれ以上ないほどに険しく尖り、窓の片隅にいる青年を風刺するように見つめている。



やがて、外の風景を眺めるようにして立っていた青年は、懐音と柩、二人の突き刺すような視線を感じたのか、ゆっくりと振り返った。


「!…」


その、非の打ちどころがない神懸かり的な美しさに、思わず朱音は息を呑む。

朱音から見れば、懐音や柩も、間違いなく美形と公言して憚りない程のイケメンなのだが、この青年の美しさにはまた、二人とは違った、特有の色気が存在していた。


何にせよ、この部屋に居る青年の三人が三人とも、道ゆく誰もが振り返る美形であることには違いない。

そんな三人が、無言のままにひと部屋で視線を交わしている。

…そのただならぬ雰囲気に、朱音は我知らず圧倒されていた。



そんな中、そんな空気を潰えすかのように…

不意に、整った懐音のその口から、ぞっとするほど冷酷、かつ、突き放すような声が洩れた。



「…サガ…!」



「…!? この人、懐音の知り合…」


そう興味本位に尋ねようとした朱音を、懐音は己の右手で遮ることによって、その言動そのものを抑えた。

訳が分からず途方に暮れている朱音と、そんな懐音の様子に唖然となっている氷皇を後目に、懐音は静かにサガの元へと近付いてゆく。



──最初に口火をきったのはサガだった。



「…変に桁外れな魔力が近付いていると思えば…

成程、貴方なら頷けることだ」

「…そうか。上条氷皇をバックアップしていたのは、他ならぬお前だったのか…!」


ぎりっ、と、端にも聞こえる程に忌々しさを音へと変え、懐音が犬歯を軋ませる。

それを目の当たりにしたサガは、そんな懐音とは対称的に、悠然と微笑んでみせた。



…だが、その当のサガの笑みを何気なく見た朱音は、その背に氷が滑り落ちるような悪寒を覚えた。



サガが笑う形を取っていたのは、あくまで緩やかに弧を描いた口元だけ。

その目はまるっきり喜の感情とは無縁だ。


どこか冷めたような、それでいて全くの無関心を思わせるような、そんな濁り曇った…虚ろな瞳。

なまじ外見が天上の住人のように美しいだけに、その様は、感情の皆無な、よくできたリアルな人形のイメージを、強く朱音に植え付ける。


サガは再びその瞳に意志の光を灯すと、今だ苛立ちを隠そうともしない懐音に向かって、低く声を落とした。


「懲りもせず、まだ人間などに加担していたとはな…」

「そんな事は俺の勝手だ。それよりもサガ、お前、上条氷皇に…何をした?」

「…、久々に会った挨拶がそれか…」


サガは剣呑に目を細める。


「見ても分かるだろう。この少年は美しい。我々に愛でられる程にな」

「!」


何故か、これを聞いた氷皇の体はびくりと跳ねる。

それに怪訝そうな表情を露にして氷皇の顔を覗きこむようにして見た朱音に、サガの遠慮も容赦もない一言が飛ぶ。



「…この少年は…、氷皇は英知を求めた。そしてそれだけでは飽き足りず、権力も、財をも求めた…

だが、無を有に歪め、侵したその代償は大きい。それは自身が身をもって知っているはずだ…」



サガが凄絶なまでの悪魔の笑みを浮かべる。

残酷であるより先に綺麗すぎるその表情に、朱音の双眸は、まさに魅入られたかのように釘付けになった。


だが、それを聞いた氷皇の血の気が一瞬にして引いたことに気付いた朱音は、愕然と氷皇の右腕を掴む。


「どうしたの氷皇!? …具合でも…」

「…いいから離して、朱音。俺に触れると…穢れてしまうよ」

「!穢…!? 何を馬鹿なこと言ってるの! そんなことある訳ないじゃない!

大体、その顔色は何よ…心配するなって言う方が無理でしょ!?」


朱音は執拗に氷皇の腕を掴む。まるで離さないと言わんばかりに。


…その手の強さに、そしてその思いの強さに、氷皇は強く心を動かされながらも、その一方で、もはや異形と化した我が身を責め、呪わずにはいられなかった。



…氷皇は感慨深げに口を開く。

その姿はまるで空気に消え入りそうなほど孤高で、かつ、美しく。




「…真っ直ぐな朱音。強い朱音…

朱音は気付かなかったかも知れないけど、俺は…ずっと前から朱音が好きだった」




「…え…?」


朱音は茫然と氷皇を見る。


内容的に驚いたのは確かだが、この告白の意味合いは、どうもそれだけには留まらないであろうことが、氷皇の口振りから分かる。


氷皇は、もはや朱音の顔を正面から見られず、いたたまれなさと後悔に、ただ、目を伏せた。


…その視界に映るのは、縋りつくように自らの腕に触れる朱音の指。


この指に、この手にどれだけ支えられてきただろう。

幼馴染みとして。

そして、最も自分のすぐ側にいた者として…!


「俺は…朱音に相応しくあろうと思った。でも、それはあくまで俺の気持ちで…そうしたいと願うエゴであって、朱音自身に責任がある訳じゃない…

だから朱音、ここで帰って欲しい。朱音には本当の俺を…知られたくないから」

「何? …何のことを言ってるの!?

氷皇…お願い、教えて! もし貴方が魔に魅入られていると言うのなら、あたしは…このまま帰る訳には…!」


氷皇の様子がおかしいことに気付いた朱音は、必死に氷皇に食い下がる。

するとその思いを、否、二人の感情全てを切り裂くかのように、不意にサガの狂気が、その薔薇のような笑みへと含まれた。



…サガは優しくも残酷に微笑む。

まるで二人の心情そのものを弄ぶかのように。



そしてそれはやがて、言葉にも反映された。

…サガはただひたすらに、仮初の慈愛を見せつける。




「…そう、彼女がそう言っているんだ。

見せてやるといい、氷皇。お前の稀な美しさと、極上の魔が融合した姿をな」




「!嫌だ… 頼む、やめてくれ…サガ!!」


激しく首を横に振ることでサガの言葉を否定した氷皇は、悲痛に朱音を突き放し、青ざめた顔を覆う。

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