第27話 第3階層 ボス その6


「くそっ……動くこともできない……」


 ハヤトは床に這いつくばったまま拳を握り締める。

 ライフは少しずつ減ってゆく。


「そういえば……前にもこんなことあったな……」


 ハヤトは薄れゆく意識の中で週末の出来事を思い出す。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「いらっしゃいませー」


 ハヤトはとんかつ屋の暖簾をくぐる。


 近所で評判のとんかつ屋。

 ランチは学割が使えて良心的だ。

 育ち盛りの高校生には嬉しいライス食べ放題!

 ついで味噌汁も飲み放題だ。


「とんかつ定食でお願いします」


 ハヤトはいつものメニューを注文する。

 料理が出てくるまで、動画でも見ようとポケットに手を入れる。


(まじか……イヤホンを家に忘れた……)


 ハヤトは心の中で呟く。

 カバンの中を探すもイヤホンは見つからない。


 動画は諦めてスマホゲームを始めたとき――


 ズズッ!

 ズズズー!


 とぅっ!


 くちゃ

 くちゃくちゃ


 音はハヤトの真横から聞こえてくる。

 ハヤトは真横を振り向く。


 ガリガリのおじさんがとんかつ定食を食べてる。

 味噌汁を飲むときに「ズズッ」、お米を吸い込むときには「とぅっ!」、お米を噛むときは「くちゃ」とバラエティーに富んだ音色を生みだす。


 ズッズッ!


 とぅっ!

 くちゃくちゃ


 とぅっ!

 くちゃくちゃ


 おじさんはボイスパーカッションのように料理を使って音楽を創り出す。


(うわ、マジか……最悪だ……。ちょうどイヤホン忘れちまったし……とにかくゲームに集中しよう!)


 ハヤトは自分に言い聞かせる。


 とぅっ! くちゃ


 くちゃくちゃ


 とぅっ! くちゃ


 ズッズッ!


 ガチャ!


 おじさんは茶碗をテーブルに乱暴に置いて音を生み出す。

 食器さえも楽器に変える。


(音色を増やしてきたっ!? 食器くらい静かに置けや!!)


 ハヤトは心のなかで叫ぶ。

 ハヤトがゲームに集中しようとすればするほど、おじさんの咀嚼音はますますクリアに聞こえてくる。


(でも我慢だ……。俺より先に食べてるんだから、すぐ食べ終わるだろう……)


 ハヤトは自分に言い聞かせ、平静を保つ。


 おじさんのお米がなくなったとき――


「すみません! おかわり下さい!!」


 おじさんは元気よく店員さんに声を掛ける。


 おじさんのお米と味噌汁が全回復する。


 とぅっ!


 とぅっ!


 くちゃ くちゃ


 ガチャ!


 ズズッー!


 くちゃ くちゃ


 おじさんは料理パーカッションを再開する。


(誰もアンコールなんて頼んでねぇよ!!)


 ハヤトは心の中で叫ぶ。


「お待たせしましたー! とんかつ定食です」


 店員がハヤトの前に料理を置く。


(とにかく気持ちの切り替えだ! せっかくのご馳走。目の前の料理に集中しよう!)


 ハヤトはとんかつ定食を食べ始める。


 とぅっ!


 くちゃ


 ガチャ!


 ズッズッ!


 とぅっ!


 くちゃ


 ズッズッ!


「あ~~~~っ」


 味噌汁を飲んだおじさんは謎の奇声を発する。


(なんなんだよ、その独り言はっ!?)


 ハヤトは心の中で叫ぶ。


 食べ物、食器、そして自分の声帯。

 おじさんはすべてをフル活用して料理パーカッションを奏でる。


 ハヤトは目の前の料理に集中できない。

 料理パーカッションは大きい音ではない。

 音の大きさで言えば、向かいにいるカップルの話し声のほうが大きい。

 それでも、オジサンの咀嚼音はハヤトの耳にクリアに侵入してくる。


(くそっ! このやろう! 早く食べ終えていなくなれ!)


 ハヤトはムカムカして料理の味を楽しむどころじゃない。

 オジサンが食べ終わるまでひたすら我慢する。


 オジサンのお米と味噌汁が尽きかけたその刹那――


「すみません! おかわり下さい!! ライス大盛りで!」


 おじさんは当然のように二度目のお代わりをする。

 おじさんのお米と味噌汁が全回復する。


(そんなにガリガリなのにどうなってんだっ!! 絶対食べる必要ないだろっ? お米に謝れ!!)


 ハヤトは危うくツッコミそうになる。


 オジサンの料理パーカッションは二度目のアンコールに入る。


 とぅっ!


 くちゃ、くちゃ


 ガチャ!


 ズッズッ!


「うっ……ゲホッ!……ゲホォォォオ!! ゴォォォオオオッ!!!」


(むせた! オジサンがむせたっ!! 拷問されているような断末魔!!)


 ハヤトは心配になってオジサンのほうを向く。


「ん~~~……ズッズッ! あ~~~っ」


 オジサンは何事もなかったように味噌汁を飲んで奇声を発する。


 ハヤトは全てを諦める。

 大急ぎでとんかつ定食を食べて店をでる。


 ハヤトが店を出るとき、オジサンは4度目のアンコールを開催していた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「なんでだ……なんでなんだよっ! なんであんなにクチャ音は気になるんだ!!」


 ハヤトは床に倒れつつも拳で床を叩く。


「なんであのオジサンはガリガリなのにあんなにお米を食べるんだ! なんでお米を『とぅっ!』って吸うんだよ!! お米は飲み物じゃないだろうがぁぁぁああああー!!」


 ハヤトは力の限り叫ぶ。


 プチっ


 ハヤトの中で何かが切れた音がする。

 青い炎に拳が包まれる。


 ハヤトはふらつきながらも立ち上がる。


「な、ななな……なんてエネルギー!! やる気に満ち溢れた新入社員みたいにフレッシュなエネルギーです!!」


 リーマン鈴木の額からドロドロした汗が流れる。


「くちゃくちゃ、くちゃくちゃ、うるせぇんだよ! 料理パーカッションは家でやれや!!」


 ハヤトはリーマン鈴木をぶん殴る。

 リーマン鈴木は新聞を広げて防御する。


 ハヤトの拳は新聞を貫く。

 そのままリーマン鈴木の頬にめり込む。


「働きたくありませんっ!!!」


 リーマン鈴木のメガネが砕け散る。

 青い炎に包まれたまま後ろに吹き飛ばされ、机に激突する。


 リーマン鈴木の頭頂部から髪が抜け落ちる。

 ついに頭頂部がノーガードになり、ライフもゼロになる。


「わ……わたしの負けです。まさか一度も社内ニートをしたことがない高校生に負けるとは思いませんでしたよ……」


 リーマン鈴木は倒れたまま独り言のように呟く。

 その顔は穏やかだ。


「でも……いいんです。世代交代のときなんでしょう。レンタロウくん、私の意志はあなたに託しました。その才能、あなたは紛れもなく私の後継者です!」


 リーマン鈴木は暖かい目でレンタロウを見つめる。


「引き継がないでゴザルよ! リーマン鈴木は拙者とはなにも似てないでゴザル!!」


 レンタロウは必死に反論する。


「ふっ……そういうところまで若い頃の私にそっくりですよ……」


 リーマン鈴木は満足そうに親指を立て、煙となって消えて行った。


 パッパラパーン☆


 安っぽい効果音。


「おめでと!! お兄ちゃん、お姉ちゃん☆ 第3階層クリアだよ! 今日はここまで☆明日も次の階層目指して頑張ってね☆」


 どこからともなくマロンの声が流れてきた。



 ――第3階層クリア――


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