第16話 第2階層 ボス その2


「とにかく発動条件クリアだぜ! いくぜ! 朝ナンデス!」


 バロンの掛け声とともに空中に巨大な目覚まし時計が現れる。


 ジリリリリーーーン!!!


 木々をゆらすほどの大音量で目覚まし時計は鳴り響く。


「なんじゃあれは……?」


 九尾は空中の目覚まし時計を見つめる。


「隙ありっ!」


「ぐぁあっ!!」


 ハヤトの正拳突きが九尾の胸を捉える。

 九尾はうめき、ライフが85になる。


「ハヤト先輩、憤怒の拳を発動するんだっ! キミのライフは残り少ない。短期戦で倒すしかないっ!!」


「わかってる! でも……キレることが思いつかないんだ!!」


 ハヤトは必死にムカついたことを思いだす。


「そうでゴザル! 昨日の学校帰りに牛丼屋に寄ったことを思い出すでゴザルよっ!」


「牛丼屋や……」


 ハヤトは昨夜の出来事を思い出す。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「いらっしゃいませー」


「牛丼つゆだくと生卵で」


 ハヤトはいつものメニューを店員さんに注文する。


「拙者も同じので」


 レンタロウもハヤトに続く。


 ハヤトとレンタロウはカウンターに座って牛丼を待つ。


「お待たせしましたー」


 店員は牛丼をハヤトとレンタロウの前に置く。


 ハヤトは卵を牛丼にかける。


「腹減ったー。いただきまーす!」


 ハヤトが牛丼を口に運ぼうとしたとき――


「いらっしゃいませー」


 店員の挨拶が聞こえ、中年太りのオジサンがハヤトの隣に座った。


 ハヤトの動きが止まる。


「ん? どうしたでゴザルか、ハヤト殿?」


「いや……なんでもない……」


 ハヤトは牛丼を口に入れて噛みしめる。


(く、くさい……隣のおじさんが圧倒的に臭い……。よく見るとなぜか服が湿ってる!!)


 ハヤトの額を汗が流れる。


「なんで牛丼を食べないでゴザルか?」


「な、なんでも……ないんだ……」


 ハヤトは平静を装って口に牛丼を運ぶ。

 隣のおじさんのスパイシーな香りが混ざる。

 ハヤトの口の中で牛丼は謎のエスニック料理へと変貌を遂げる。


「俺、急ぎの用事を思い出したわっ!」


 ハヤトは鼻で息をしないようにして牛丼をかき込む。

 レンタロウを置いて光の速さで牛丼屋を去った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「九尾よ……この怒りがわかるか? 腹ペコで楽しみにしていた牛丼を、謎のエスニック料理に変えられた俺の怒りを!!」


 ハヤトの中でふつふつと怒りの炎が燃えあがる。


「何をいっておるのじゃ! たかだが食事ごときで」


「なんだと? ……お前に俺の気持ちがわかるのか? 運悪く隣に座られたこのやりきれなさを! 店内はガラ空きだったんだぞ? なんで俺の隣に座る? あのおっさんは俺の一体なんなんだっ!?」


「知るかっ! くだらぬっ」


「お前にあの辛さのなにがわかる! 息をするたびにパクチーを口と鼻に突っ込まれる感覚だぞっ!? しかも、なんで服がしめってるんだよぉおおおお!!」


 ハヤトの拳から青い炎が燃え盛る。


「な、なんてエネルギーじゃ……先手必勝! 火達磨!!」


 九尾はハヤトに向かって炎を浴びせる。


 「スメルハラスメントを甘くみるなぁああああ!!」


 ハヤトは迫りくる炎に向かって右ストレートを撃つ。


 九尾の炎が一瞬にしてかき消される。


 ハヤトは九尾の懐に飛び込む。

 パンチを九尾の頬に打ち込む。


「くっ、土盾どじゅん!!」


 九尾は目の前に土の壁を作り防御する。


 ハヤトの拳は壁を砕く。

 そのまま九尾の頬をぶん殴る。


「ぐぁががぁぁあっ!!」


 九尾は青い炎に包まれて吹き飛ばされる。

 そのまま木にぶつかり、崩れ落ちた。


「たかがニオイ、されどニオイ! 俺の怒り、よくわかっただろ!!」


 ハヤトは燃え盛る拳を九尾に突きつける。


「妖術・滝つぼ!」


 九尾の上に滝のような水が流れ落ちる。

 九尾を包んでいた青い炎がかき消される。

 九尾のライフが45になる。


「凄まじい威力じゃのう……。じゃが、そのスキルにも弱点があるぞっ! 蟻地獄! 滝つぼ!」


 九尾はハヤトに襲い掛かる。


 ハヤトの足元に蟻地獄ができて足が埋まる。

 真上から滝のよう水が落ちてくる。


「せいっ!!」


 ハヤトは炎の拳を真上に打ち放つ。

 滝のような水は一瞬にして蒸発する。


「なっ! 九尾がいない!?」


 ハヤトの視界から九尾が消えている。


「そなたの後ろじゃ。これでもくらうがよい」


 九尾は九本の尻尾をハヤトの顔に巻き付ける。


「なっ……なんだこれはっ!? すべすべモフモフして超気持ちいいっ!!」


 うっとりするハヤト。


「そうじゃろう? すべモフな尻尾が九本!! 癒されるじゃろう?」


「癒される~」


 ハヤトは夢心地で呟く。

 両手の炎がみるみる小さくなってゆき完全に消えた。


「かかったなっ! その拳のエネルギー源は怒りじゃ! それを取り除けば力を発揮できまい!」


 九尾はニヤリとする。


「し、しまった……」


「もう遅いわっ!」


 九尾は左前足でハヤトをなぎ払う。


 ハヤトは吹き飛ばされて地面に背中を打ち付ける。

 ライフが10になる。


「あと一発じゃな」


 九尾はハヤトのライフをみて目を細める。


「ま、マズイっ! ボクが時間を稼ぐよっ! その間に憤怒の拳を発動して!」


 ヨウスケはハヤトに向かって叫ぶ。


「魔法使いとは厄介じゃのう……これでもくらえっ! 火達磨!!」


 九尾はヨウスケに向かって炎を吐く。


「私が防ぐわ! その間にヨウスケは魔法を発動して!」


 レナは炎を盾で防ぐ。


「んん! あ、熱い……ハァハァ。ろうそくプレイもこんな感じなのかしら……」


 レナはうっとりする。


「ちょっとなに言ってるのかわからないけど、ありがとう! ボク、頑張るよ! ランダム魔法発動!!」


 ヨウスケのマジックポイントが0になる。

 杖の上に文字が浮かび上がる。


『魔法:竜巻』

『発動条件:前回指名した一番タイプな女性にドラマチックにプロポーズしろ』


「竜巻! やったぜ、相棒! 強力な風魔法だ。これなら時間を稼げるぜ!」


「やっぱりこの流れなんだね……予想はしてたけど。ドラマチックか~難しいな~」


 ヨウスケは顔を赤らめつつホノカをチラチラとみる。


 ホノカは心配そうにハヤトを見つめている。

 ハヤトは九尾の攻撃をなんとか避け続けている。


「ヨウスケくん、そろそろやってちょうだい。ホノカさんにまた抱きしめられたいのはわかるけれど」


「ちょっ、リンさん! へ、変なこと言わないでよっ! ボクはどうやって発動条件をクリアしようか考えてただけだよっ!!」


「そうだったのね。ホノカさんをチラチラと見ていたのも発動条件をクリアするためだったのね」


「2年B組 飯田 陽介、ホノカさんにドラマチックなプロポーズします!!」


 誤魔化すように大声でヨウスケが叫ぶ。

 九尾に向かって全力で走りだした。


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