第12話 第2階層 獣人 その3


 アイリーンは目を閉じて倒れた。

 ライフが0になり、煙となって消えてゆく。


「これでもう回復できないぞっ!」


 ハヤトはライオウとヒョウドルを睨む。


「くっ! 一人倒したくらいで良い気になるなっ! 我らは獣人! 人間ごときが勝てるわけないだろう!」


 ハヤトに飛び掛かるライオウ。


 ハヤトはライオウの両手を掴んで受け止める。


「どうした? 人間の力はそんなものか?」


 ライオウは両手に力を込める。


「ぐっ……あぁぁぁあ!」


 ハヤトはライオウの両手を押し返そうとする。

 しかし、ライオウの両手はどんどん近づいてくる。


 ハヤトの両肩をライオウが掴む。


「ふんっ! 非力な生き物めっ!」


 ライオウはハヤトを地面に投げつける。


「ぐあぁっ!」


 ハヤトのライフが98から70になる。


「これでどうだっ!!」


 ハヤトを踏みつけようとするライオウ。


 ハヤトは体を回転させてライオウの攻撃をよける。


「俺は百獣の王・ライオンだ! 人間相手に回復魔法に頼る必要などないっ!!」


 ライオウは吠える。


 ハヤトは立ち上がる。


 二人はしばし睨み合う。


 プーーーン


 突然、コバエがハヤトの目の前を横切る。


 無意識にコバエを目で追うハヤト。


「隙ありっ!!」


 ライオウはパンチを打ち込む。


「おわっと!!」


 ハヤトはライオウのパンチをギリギリでかわす。

 ライオウの拳がハヤトの顔をかすめる。

 ハヤトの頬から血が滲みだす。


「この状況でよそ見するとはずいぶん余裕だなっ!」


「ち、違うっ! 俺の前をコバエが通り過ぎたんだっ!」


「何を言っているっ!? コバエなどどこにもいないではないか! 言いわけとは見苦しいぞっ!」


「ほ、ほんとうなんだっ! さっき俺の前を通り過ぎ――」


 プーーーン


 ハヤトが話している最中。

 コバエはハヤトの前を通りすぎる。


 プーーーン


 コバエは折り返してハヤトの前を再び横切る。


 パチンッ!


 ハヤトは両手でコバエを潰す。

 両手を広げて確認する。


 何もいない……。


「なにをやっているんだっ!!」


 ライオウは水平チョップをハヤトの胸に打ち込む。


「しまったっ! クソッ!」


 ハヤトは両腕を交差してライオウの攻撃をなんとか食い止める。

 ライフが60になる。


「フンッ! 獣人の強さを知って正気を失ったか。情けない!」


 ライオウは軽蔑の眼差しをハヤトにむける。


「ほんとうに俺の前をコバエがプンプン飛びまわってるんだっ!!」


 ハヤトが言い返した時――


 プーーーン


 ハヤトの前を横切るコバエ。


 プーーーン


 コバエはハヤトの頭を一周する。

 もう一度ハヤトの前を横切る。


 パチンッ!


 コバエを潰すハヤト。

 両手を広げて確認する。


 何もいない。


「なんなんだ……なんなんだよっ!? この広いジャングルでっ! なんでコバエは俺の前ばかり飛ぶんだっ!! 果物とか動物の死骸とか、もっといい場所があるだろっ!? 前世の俺はコバエに何をしたんだっ!?」


 突然叫びだすハヤト。


「哀れだな……貴様はもっと強い男かと思ったが。とんだ期待外れだ」


 ライオウはハヤトに近づく。


「許さねぇ……絶対に許さねぇ!! 俺の前ばかりしつこく飛ぶコバエなんて絶対に許さねぇ!! コバエになんかした前世の俺も絶対に許さねぇぇえええー!!」


 ハヤトの両拳が青い炎に包まれる。


「なっ……なんだその強烈なエネルギーはっ!!」


 ライオウが目を丸くする。


「うるせえ! シンバは黙ってろっ!!」


 ハヤトはライオウの頬をぶん殴る。


 ライオウは後ろに吹き飛びながら青い炎に包まれる。

 木にぶつかりそのまま地面に崩れ落ちた。

 ライフが0になり煙となって消える。


「いたっ! 見つけたぞっ! 覚悟しろ! てめぇが悪の根源だぁぁぁああああー!!」


 ハヤトは燃える拳をコバエに打ち込む。


 コバエはなすすべもなく青い炎に包まれる。


「やった……ついにやった。これで人類から争いはなくなる……」


 地面に膝をつくハヤト。

 燃えて消えゆくコバエを満足そうに眺める。


「ハヤトっ! 何してんのっ!! その拳でヒョウドルを攻撃してっ!」


 レナはヒョウドルの攻撃を防ぎながら叫ぶ。


「ハッ! そうだった! いくぞ、ヒョウドル!」


 ハヤトはヒョウドルに炎の拳を打ち込む。


「遅いな」


 ヒョウドルは軽々とかわす。


「セイッ! ハッ! うりゃあ!」


 ハヤトは攻撃を続ける。


「遅いと言ってるだろう。ワレのスピードについてこれまい。当たらぬ攻撃なぞ恐れるにたらぬ」


 ヒョウドルはハヤトの攻撃をかわし続ける。


 ハヤトの拳の炎はどんどん小さくなってゆく。


「ボクが魔法を使うよ! あと二回くらい使えると思う」


「待て、ヨウスケ! この先に橋があるってことはまだ敵がいるぞ! 次の敵のために魔法はとっておくんだ!」


 ハヤトは叫ぶ。


「ハヤトの旦那の言う通りだぜぇ! 途中で全滅したらその階層の最初からやり直しだ。しかも敵にも前回の記憶がある。同じ手は通じないぜ、相棒!」


「つまり、階層を一発クリアするのがベストってことね」


 リンは静かに言う。


「で……でも! ハヤトくんの攻撃もホノカさんの攻撃もヒョウドルには当たらない! このままじゃあいつを倒せないよっ!?」


「案ずることなかれ、ヨウスケ殿! 拙者がいるでゴザルっ!」


「……あなたはまたくだらないことでも考えているのでしょう」


 リンはゴミを見る目でレンタロウを見つめる。


「フフフ……拙者に考えがあるでゴザル。リン殿、拙者に惚れぬよう注意するでゴザルよ?」


 レンタロウはウィンクする。


 目をそらすリン。


「いざ、出陣!!」


 レンタロウはヒョウドルに斬ってかかる。


「貴様の攻撃はもう当たらぬっ!」


 ヒョウドルは刀から飛び出るイカ墨に注意を払いながら、レンタロウの攻撃を避ける。


「これでもくらえっ!!」


 レンタロウの頭めがけて踵落としを打ち込む。


「かかったでゴザルなっ! スキル・真剣白刃取りしんけんしらはどり!!」


 レンタロウは頭の前で手のひらを重ねるようにしてヒョウドルの踵を受け止めようとする。


沖田 総司おきた そうじ!! 痛いでござるぅぅぅ~!」


 ヒョウドルの踵はレンタロウの両手をすり抜けてレンタロウの頭にめり込む。

 涙目になるレンタロウ。

 ライフが15になる。


「おかしいでゴザル! このスキルでヒョウドルを捕まえるハズだったでゴザルよっ!!」


「3回に1回しか成功しないって言ってたでしょ! 自分のライフの少なさを考えて行動しなさいよっ!」


「しかし、レナ殿! ピンチの時に奇跡が起こる。それがお約束でゴザろうっ!?」


「レンタロウくん、それは違うわ。奇跡が起こるのは死んじゃいけないキャラだけ。あなたなんてモヒカン姿の『ヒャッハー!』的なキャラよ? 次のページで死んでるわ。奇跡なんか起きない」


「リン殿、それは酷いでゴザルよ! 拙者だって頑張ってるでゴザッヒャー!」


「ほら? 語尾が『ヒャッハー!』っぽくなってきたじゃない? レンタロウくんはもう死んでいるのかしら?」


「ひでぶっ!! ……じゃなくて、酷いでゴザルよ!」


「レンタロウ! お前はもうライフがない! 遊んでないでレナの後ろに隠れてろっ!!」


 ハヤトはヒョウドルを攻撃しながら叫ぶ。


 ヒョウドルは涼しい顔でハヤトの攻撃をかわしている。


「無駄だといってるだろう? この森最速のワレにお前の拳は届かん」


 ヒョウドルがそう言った瞬間――


 レナは盾を捨てて、ヒョウドルに飛びかかる。


「遅いぞっ! なぬっ?」


 ヒョウドルは飛び跳ねようとして足を滑らせる。

 足にイカ墨がねっとりくっついている。


 ガシッ!


「捕まえたわよ!」


 レナは地面に倒れつつもヒョウドルの左足首をしっかりと掴む。


「しまったっ! 離せ、下等な人間がっ!!」


 ヒョウドルはレナを右足で踏みつける。


 レナのライフが60になる。

 それでもレナは手を離さない。


「ん……っ! 公衆の面前でこんな毛むくじゃらな獣に踏まれるなんてっ! なんたる恥辱!! でも私は負けないっ! さぁ、どんどん踏んできなさいっ!!」


 目を輝かせるレナ。


「なっ!? なんで喜んでいるんだお前はっ!?」


 ヒョウドルの攻撃が一瞬止まる。


「隙あり! これがコバエの怒りだぁぁぁぁあああー!!」


 ハヤトの拳がヒョウドルの顔面を捉える。


「んがぁぁぁああ!!!!」


 青い炎に包まれたヒョウドルは空中を3回転し、地面に激突した。

 ヒョウドルのライフが0になり煙となって消えてゆく。


「レナ、捨て身の攻撃ありがとう! お前のおかげでヒョウドルを倒せた!」


「当然よ! 私は盾の騎士。これからもどんどん敵の攻撃を受けるわっ!!」


「お、おう……と、とにかく前に進むぞ!」


 ハヤトは何も聞かなかったことにする。

 ライオウたちが守っていた吊り橋に視線を移した。


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