第8話 第1階層 ボス その2


「れ、れ、レナ殿はもうビキニしか着ていないでゴザルゥ!! 次に攻撃を受けたらどうなってしまうでゴザルかぁぁぁあー!?」


 頬を紅潮させたレンタロウは心底嬉しそうに叫ぶ。


「……ボ、ボクがサイクロプスを倒すよ。強力な魔法を発動できれば勝機はあると思うんだ」


 ヨウスケは杖を握り締める。


「言ったな、相棒! それでこそ男だぜ!! 強力な魔法は発動条件もそれだけ難しい。覚悟の上なんだなっ!?」


「う、うん……。ボクたちのせいで追い詰められちゃったんだ。覚悟はできてるよ、バロンくん」


「その心意気、気に入ったぜっ!! それじゃ、いっちょやってくれ! 強い攻撃魔法を撃ちたいって強く願うんだぜっ!!」


「わかったよ! ランダム魔法!!」


 ヨウスケは杖を高く掲げる。

 マジックポイントが70から40になる。


 杖の上に文字が浮かび上がった。


『魔法:稲妻』

『発動条件:ベタな展開を再現しなさい』


「こいつぁ凄いぜ、相棒! 『稲妻』は上級魔法! サイクロプスにダメージを与えられるぜっ!!」


「それだけ発動条件も厳しいってことだよね……。でも覚悟はできてる! 2年B組、飯田陽介、ベタな展開を再現しますっ! リンさん、今からボクに合わせて!」


「……わかったわ」


 リンは静かに答える。


 ヨウスケはリンの前に立つ。

 突然、リンの両肩を掴む。


「リン、俺は今から戦に行く。この戦いが終わったら……結婚しよう」


「ヨウスケ……私、嬉しいわ。絶対に生きて帰ってきてね! あなたの大好きなシチューを作って帰りを待ってるわ」


 リンはヨウスケの頬に手を添える。


「たった! フラグがたったわ!」


 ガッツポーズするレナ。


「ヨウスケ殿はクララじゃないでゴザルよっ! 拙者、感激したでゴザルっ!! みんなのためにここまでするとはっ! 武士の鏡でござる!」


 レンタロウは目を潤ませる。


「ああ、もちろんだ! 絶対に生きて還ってくる!! お前の手作りシチューが待ち遠しいよ。それじゃあ……いってくるよ、リン」


 ヨウスケは優しく微笑む。

 サイクロプスを睨みつける。


「行くぞ、サイクロプス! うりゃぁぁぁああ!!」


 サイクロプスに突撃するヨウスケ。

 杖でサイクロプスの脛をペチペチと殴る。

 サイクロプスのライフは微塵も減らない。


 サイクロプスはこん棒を一振りする。


 ヨウスケはゴルフボールみたいに部屋の反対側へ吹きとばされる。

 壁に激突して『ボンッ』という効果音とともに煙になった。


「「「「「「ヨウスケ―!!!」」」」」」


 全員で叫ぶ。


「やりやがったぜ、相棒っ!! 相棒の勇姿、しかと心に焼き付けたぜ! 発動条件クリアだ!! それじゃあ行くぜ、上級魔法・稲妻!!」


 バロンが叫ぶ。


 部屋が真っ暗になる。


 ドゴォォォオン!!


 轟音とともに部屋中が光に包まれる。

 一本の巨大な稲妻がサイクロプスを貫く。


 叫ぶこともできずにサイクロプスはうつ伏せに倒れた。


 ……。


 サイクロプスは身動きしない。


「や、やったでゴザルかっ!?」


「バカッ! なに不吉なフラグ立ててんのよっ!」


 レナはレンタロウを睨む。


 ピクッ――


 サイクロプスの指が微かに動く。


「ウゴォォォォオオー!!」


 サイクロプスが起き上がる。怒りで顔を歪めている。

 サイクロプスのライフが70から40になる。


 サイクロプスはこん棒を振り上げる。


 レナはみんなの前に立ち盾を構える。


「レナ殿、ダメでゴザルっ! ハァハァ……これ以上ダメージを受けたら大変でゴザルよっ! ハァハァ……」


「『ハァハァ』うるさいわよ、この変態侍っ! あんたとハヤト! 絶対にこっち見るんじゃないわよっ!」


「わかった! お前が攻撃を受けてくれてる間にあいつを倒す方法を考える! レンタロウ、お前も顔を覆うんだっ!」


 ハヤトは両手で顔を覆う。

 レンタロウもハヤトに続く。


 サイクロプスのこん棒が振り下ろされる。

 レナは深紅の盾で受け止る。


 金属音が部屋中に響く。


 ハヤトとレンタロウは指の間からレナを凝視する。


 ……


 レナの服が破れない。

 レナの頭の上に黄色いライフバーが表示され、100から80へ減った。


「んっ、くっ……」


 レナは頬をほんのり染めて身をよじらせた。


「な、なにが起きてるでゴザルかっ!? レナ殿の服が破れぬではないかっ!! しっかりするでゴザルぞ、運営!!」


 レンタロウが絶叫したとき――


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、久しぶり! マロンだよ! 一つ言い忘れたけど、このゲームは条例とか教育委員会とかいろんな大人の事情に配慮しているよ☆」


 マロンの声がどこからともなく聞こえてくる。

 姿は見えない。


「許すまじ条例! 許すまじ教育委員会! 拙者、これほど怒りを覚えたのは大政奉還たいせいほうかん以来でゴザるぞっ!!」


 レンタロウの両目から大粒の涙が流れる。

 レンタロウは鬼の形相でサイクロプスの前に立ちはだかる。


「拙者、令和の時代を生きようとも心はつねに戦国時代! レナ殿の裸を見れなかったこの不始末、サイクロプス殿にはしっかり責任をとってもらうでゴザルぞっ!! 覚悟ぉぉぉおおー!!」


 レンタロウは飛び跳ねて、サイクロプスの左胸にむかって刀を突き刺す。


 カキンッ――


 レンタロウの刀がサイクロプスの胸に弾き返される。

 サイクロプスにダメージすらない。


 サイクロプスは床へと落下してゆくレンタロウに狙いを定める。

 野球のバッターのフォームでこん棒を振る。


 カッキーーーーン☆


 爽快な音が響く。

 野球ボールのようにレンタロウは部屋の反対側へ飛ばされる。

 壁に激突して『ボンッ』という効果音とともに煙になった。


「ふざけるなっ! いくらなんでもひどすぎんだろっ!!」


 地面に崩れ落ちるハヤト。

 拳で地面を何度も叩く。

 涙が頬を伝わる。


「ハヤト先輩、落ち着いてくれ! ヨウスケ先輩もレンタロウ先輩も明日になればゲームにログインできる。大切な仲間がやられて悔しい気持ちは分かるよ。でもここは冷静になるんだ」


 ハヤトの背中をホノカは優しくさする。


「ふざけるなっ! 今日は『おっぱい記念日』になると思ったのにっ! おっぱいを触り、生おっぱいを見る。初体験を二つもできる人生最高の日になるハズだったんだっ!!」


 ハヤトは床を力いっぱい殴った。


「えっ……?」


 ハヤトの背中をさすっているホノカの手が止まる。


「なにが条例だっ! なにが教育委員会だっ! 純粋無垢じゅんすいむくな男子高校生の心を踏みにじりやがって! くそっ……くそっ!」


 ハヤトは床を殴り続ける。


「は、ハヤト先輩!? それよりもっと大切なことがあるんじゃないかい!? ハヤト先輩の友達がやられたんだよっ!?」


「そんなことより『おっぱい』だっ!! うぉぉぉぉおおー!!」


 ハヤトが全力で叫んだとき――


 ぷちっ。


 ハヤトの中でなにかがキレた音がする。


 ハヤトの両拳が青い炎で包まれる。


 「やりやがったぜ、ハヤトの旦那! スキル『憤怒の拳』を発動させやがった! 条例と教育委員会への怒りがハヤトの旦那をキレさせた!!」


「これが憤怒の拳……。いくぞ、サイクロプス!! これが『おっぱい記念日』をぶち壊された男の怒りだぁぁぁあー!!」


 ハヤトは炎に包まれた右拳をサイクロプスの頬に打ち込む。


 サイクロプスは後ろに吹き飛ばされる。

 全身が青い炎に包まれる。

 そのまま壁に激突し、ズルズルと床に崩れ落ちた。


 サイクロプスのライフが40から0になる。

 煙となって消えてゆく。


「凄いよっ、ハヤト先輩! あの巨体をパンチ一発で吹き飛ばすなんて! やっぱりキミはボクのヒーローだよっ!」


 ホノカはハヤトに抱きつく。


「おめでと!! お兄ちゃん、お姉ちゃん☆ 第1階層クリアだよ! 今日はここまで☆ 明日も第2階層クリア目指して頑張ってね!」


 マロンの声が部屋中に響く。


 こうしてハヤトたち高校生の新しい日常が幕を開けた。


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