残響のきみへ

朝凪 渉

第1話 遠くに

あの日、きみは遠くにいた。

初夏のからりとした暑さがこの緑の影にも侵食して、思わずシャツで額の汗を拭う。

セミが五月蠅い。

僕は学校がきらいだ。

チャイムの音とともに流れ出る時間。放課後。

部活へ行くもの、家へ帰るもの。どこかで道草をくうもの。

なんでもいい。

学校というきっちりとしたリズムのなかに各々のリズムが乱れこんで 

どうしようもないくらいに息苦しい。

青い空のした、なぜここにいたんだろう。

そうか、きみがいたんだった。


この水曜日のこの時間だけは、向こうの校舎、一番北の二階から、ピアノの音がきこえてくる。その奏者。

実はきみを見たことがない。

でも、誰かがとても優秀だと言っていた。ような気がする。

しらないけど。

勉強はあまり好きじゃない。


川の流れるような心地よいピアニッシモが響いてくる。

なんだかそれだけでこうしている価値があるのだと思う。

それだけで、見せかけの本を片手にするだけの、この日常が色づいていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る