第88話「バカップルの二人」

「――えへへ……」


 電車に乗ってガタゴトと揺らされていると、ほどなくして隣から笑い声が聞こえてきた。

 顔を覗き込んでみればシャーロットさんの頬がだらしなく緩んでいる。

 そして、目が合うと彼女の頬はみるみるうちに真っ赤になった。


「ご機嫌だね」

「あっ、えっと……だって、デートですもん……」


 かわいい彼女の様子に笑顔で声をかけると、彼女はモジモジとした後俺の腕に顔を押し付けてきた。

 どうやら恥ずかしかったらしい。


 今は二人座席に座っているし、お昼頃という事で電車もガラガラなので周りには誰もいないが、これがもし人混みの中でやっていたら俺は嫉妬の視線を当てられまくった事だろう。

 本当にシャーロットさんはかわいくて仕方がない。


 だから思わず頭を撫でてしまうと、彼女はなぜか俺の手から逃げてしまった。


 予想外の反応にやらかしたと後悔するが、俺の手から逃げた彼女は帽子に手を伸ばしてそれを脱ぎ始める。

 そしてチラッと甘えたそうな目を向けてきた後、スッと頭を差し出してきた。

 どうやら帽子を取りたくて俺の手から逃げたらしい。


 だからまた頭を撫でてあげると、彼女は更に体を俺に預けてきた。

 俺の胸へと顔の位置を変え、恥ずかしそうにしながらも甘えたそうに上目遣いをしてくる。

 これで彼女の事をかわいく感じない男はいないだろう。


「シャーロットさんって普段は大人みたいなのに実はエマちゃんと変わらないくらい甘えん坊だよね」

「さ、さすがにエマと同じと言われますと複雑です……。ただ……大人のように振る舞っておりますとはいえ、私だって女の子ですよ……?」


 幼いエマちゃんと同じと言われたのは思うところがあったようで小さく頬を膨らませてしまったが、その後すぐに恥ずかしそうにしながら視線を俺から逸らしてしまった。

 恥ずかしくて言葉を言い換えていたけれど、普段は大人のように見せているだけで本当は甘えたいという事らしい。


 そんな事を言われたら当然俺も我慢できないわけで、手をシャーロットさんの頭から頬にスライドさせて撫で始めた。

 すると彼女はくすぐったそうにしながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。


 そして、熱っぽい瞳で俺の顔を見つめ始めた。


「明人君……」

「あっ、えっと……どうかした……?」

「…………」


 名前を呼ばれて反応してみると、シャーロットさんは黙り込んでしまった。

 だけど視線は俺から外れず、何かを求めているような雰囲気を出している。


 これは――――――いや、もうさすがに騙されない。

 散々勘違いして恥ずかしい思いをしたんだ、これがキスを求めている顔だなんて俺はもう思わないぞ。


「こっちのほうがいいかな?」


 もう勘違いからの恥ずかしい思いをしたくなかった俺は、頬からまた頭へと手を戻す。

 すると――。


「むぅ……明人君は、いけずです……。いじわるです……」


 シャーロットさんは、頬を小さく膨らませてソッポを向いてしまった。


 おかしい、俺はまた勘違いをしたのか。


「こっちのほうがよかった……?」

「……やっぱり、いじわるです……」


 拗ねられてしまったので頬に手を戻したのだが、シャーロットさんは更に頬を膨らませてしまった。

 何が気に入らないのかわからない。

 少なくとも、いじわるなんてしていないのにな。


「いじわるなんてしていないよ……?」

「…………」


 正直に思っている事を伝えると凄く物言いたげな目を向けられた。

 その表情が拗ねた時のエマちゃんと重なってしまい、場違いにもやはり姉妹だなと思ってしまう。


「何が気に入らないの?」

「言わせようとするなんて、やっぱりいじわるです……」


 うぅん……何を言ってもいじわると返されるな。

 どうしよう、撫で続けてたら機嫌を直してくれないだろうか?


 今の彼女には何を言っても無駄だと理解した俺は、シャーロットさんの頬や頭を撫でる事に集中する。

 すると、彼女は途中で力が抜けたように俺の膝へと倒れてしまった。


「え、ちょっ、大丈夫……?」

「だ、大丈夫です……」


 声をかけてみると、どこか元気がなさそうな声が返ってきた。

 しかし、心配して見つめていると彼女は自分の頭を動かし始める。


 そして、俺の膝を枕にする位置に移動するとそのまま頭を置いてきた。


 この行動で俺は理解する。

 彼女はただ単に膝枕をしてほしかっただけなのだと。


 ……いや、うん。

 シャーロットさんいい加減にしてくれないかな?

 俺、そろそろ心臓が破裂しそうなんだけど……。


 ずっと平然とした態度を取り続けていた俺だが、正直言うと内心では甘えてくるシャーロットさんに対して緊張しまくりだった。

 それなのに手加減なく甘えてくるのだから、もうとっくの昔に限界を迎えている。


 かわいいんだけど、かわいすぎて心臓が持ちそうにないのだ。


 ――結局俺は、終点に着くまでそんなシャーロットさんのかわいさにやられ続けたのだった。


 いや、うん。

 普通に降りる駅だった岡山駅はとっくに通り過ぎてなぜか福山駅にいるんだけど、これどうすればいいんだ……?

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