第3話 領都へ(2)

「その荷台に積まれている人間は何だ!」

「街道に出てきた盗賊に襲われたところを返り討ちにしたんだ! 本当さ!」


 衛兵が槍の穂先を差し向け、御者台のマルコと剣呑な雰囲気となる。もう一人の衛兵が訝しげに荷台に積まれている盗賊を覗き込むと「あ」と、呟いて、奥に見える部屋に駆けて行った。そして、すぐに戻ってきた。


「申し訳ない。本当だった。ここら一帯の馬車やら旅人やらを狙っていた賊どもで間違いない」


 戻ってきた衛兵は三枚の似顔絵を手に、マルコと相対している衛兵に見せびらかしていた。


「とりあえず、賊どもは門で引き取ろう」


 二人の衛兵は荷台から縄で全身を縛られた盗賊達を順番に降ろしていく。観念しているのか、無駄に暴れたり、叫んだりはしていない。もっとも、猿轡をかませているから、叫ぶことは出来ないのであるが。


「何の騒ぎだ!」


 よく通る男の大声がした。この声にディーターは聞き覚えがあった。


「おやっさん!」

「おお、ディーター君ではないか!」


 いつも見る鎧姿ではないルイスが大袈裟な身振りで歓迎する。ぴったりとした軍服を着こなす彼は、いつにも増して貫禄があった。ディーターは馬車から飛び降りた。


「おやっさん、今日は集落で調査じゃないんだ」

「既に言っていたとは思うが、私は平時は領都の北門で警備の統括をしている。集落の調査でしばらく空けていたら、書類仕事が溜まりに溜まってしまってなあ。それで今日は門にいるという訳だ。で……」


 ルイスが衛兵達に抱えられた盗賊をちらりと見る。


「あれはディーター君がやったのか?」

「ええ、まあ。お縄にしたのはソニアだけど」

「全く、成人前後の者がやることとは思えんな」


 そう言ってから、ルイスは御者台のマルコに顔を向けた。マルコの背筋がピンと伸びた。


「マルコ! ここまでご苦労! 客人に粗相は無かったろうな!」

「め、滅相もございません! 旦那様!」

「あと少しだが、無事、屋敷までよろしく頼むぞ!」

「承知!」


 マルコの狼狽振りに、ディーターは吹き出しそうになった。客室のソニアも笑いを堪えているようだった。

 ルイスはディーターに向き直る。


「ここまで長旅だっただろう。せっかくだから、ここらで休憩でもどうだ。待合室は今、誰も使っておらんし、そこで茶の一つでも出そう」

「そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて」



  ◇



 ルイスは衛兵の一人にディーターとソニアを待合室へ案内させた後、隅に放り出されて全身を縛られている盗賊達を改めて見た。太刀を逆刃にして打ち付けたのだろうか。剥き出しの肌からは筋状のあざがいくつか見られた。

 そして、この縄。木属性のフォースで練られたものであろうが、このように的確に全身を縛り上げるなど、並の人間ができる芸当ではない。錬金術に精通しているが故の精度の高さなのであろう。ルイスは御者台で待機しているマルコに話しかける。


「さっきはカマをかけてみたが、粗相は図星だったな?」

「うっ……申し訳ございません」

「やはりな。元は領都の荒くれ者、そう簡単に性質は変わるまい。省みて精進せよ。……して、あの者達はどうであった?」

「ええ、とても気に入りました」

「何かにつけて文句を言うお前にしては珍しいな。盗賊から助けてもらったから、という訳だけではあるまい」

「へぇ、なかなか言葉にするのは難しいのですが。あっしは自分で言うのも何ですが、生来の偏屈者。人に嫌われるようなことは日常茶飯事です。二人ともそう感じとったと思いますが、それでも意に介さず、あっしを受け入れてくれたと思ったのです」

「北の集落は都会に馴染めなかった、ならず者も多く住んでいたと言う。お前の様な者は、そう珍しいものではないのであろう」

「そして、あのディーター……様の強さですよ。魔力なき者と内心、甘くみておりましたが、あの身のこなし、剣の腕前、とても成人したての男のものとは思えません。更に怪異とやらを滅することができる異能の力をお持ちなのでしょう? これではまるで……」


「英雄……か?」


 ルイスはマルコを真っ直ぐに見る。マルコは黙って頷いた。


 休憩を終えたディーター達を見送った後、ルイスは一人、執務室まで戻ってきた。門塔の上階にある、八畳程の部屋であるが、領都北門の警備を統括する立場にある自分だけの空間である。

 派手な装飾はないが、質の良い木で作られ、丹念に磨かれた机と椅子。漆黒の魔獣の革が張られたソファ。夜空を表した緻密な織りの艶やかなラグ。天井からは国花である極楽鳥花を模したシェードランプが吊り下がり、淡く暖かな魔光が漏れている。全てが自分好みに彩られた空間。


 ルイスは漆黒のソファに沈んだ。ブルターク家は上位貴族と縁遠い家であった。故にルイスはいつか功績を上げて、爵位を賜りたいと願っていたが、有力者の目に留まることはなく、既に中年の域に達していた。

 勢いがあると思って、新興の上位貴族、アドルフ・シュトラウスを当主とするシュトラウス家に主家を鞍替えしたものの、これが間違いであった。彼は凡庸の上、他人の手柄を己がものとする悪癖があった。後で知ったことだが、爵位を賜った裏には何か政治的取引があったのではないかと、まことしやかに囁かれている。

 まさに八方塞がり。そんな中で出会ったのが、北の集落のディーターであった。彼は魔力こそないものの、異能の力と武の才があった。初めは自分の元に囲い込み、上の目がある時にその力を見せ、それを功績としてあわよくば爵位を得られればと思っていた。

 しかし、彼とふれあって思った。彼は故郷が滅び、父母が亡くなったにも関わらず、弱さを少しも見せず、遺された妹を思い、そして、未だ底の知れぬ怪異に敢然と立ち向かおうとしているのだ。


 ルイスは立ち上がり、机の上にある書きかけの報告書に目をやった。集落の調査後、アドルフ・シュトラウスに報告するためのものである。報告書には怪異の存在、危険性については書かれているものの、それを倒す方法、ディーターの存在は秘匿されていた。速報は既に流しているが、あくまでも集落の被害状況までの話である。


 彼の力は領民の皆のためにあるべきものだ。一刻も早く、この領地の上層部に正しく情報を上げなければならない。間に入るアドルフに私物化される可能性はあるが、報告しなければ何も始まらない。


 ――腹は決まった。ルイスは書きかけの報告書を丸めて屑籠に放り投げ、真っさらな紙にインクを落とし始めた。

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