第3話 領都へ(1)

 領都へ向かう、ついにその日がやってきた。家の鏡に全身を映し、服を取っ替え引っ替え体に当てるソニアがいた。


「兄さん、この服どうかな?」

「いいんじゃないの?」


 ベッドに寝転がりながら一瞥もくれずにディーターが答える。何度も繰り返されるソニアのファッションショーにうんざりしていたのだ。


「荷物は貴重品と最低限のものにしとけよ」

「分かってる。父さんと母さんも連れてくからね」


 ソニアは神棚の小箱を指差す。集落の惨劇から数日が経ったところで、ディーターの心は穏やかに凪いでいた。神棚の二人が見守ってくれているような気がしたのと、ヴォルフの太刀が自分に力を貸してくれているような気がしていたのだ。

 ヴォルフとソフィアはまだ夢に出てくるが、きっとその頻度はこれから少なくなっていくのだろう。そんな感傷に浸っていると、家の扉にノックがあったため、ディーターは扉を開けた。


「ブルターク家の使用人のマルコだ。旦那様の命で、迎えに来たが」


 出てきたのは、服装は整っているものの、どこかやさぐれた風貌の中年男だった。


「もう少し、荷物をまとめたいから待ってくれるか?」

「集落の外に馬車を置いているから、そこで待っている。早くしろよ」


 舌打ちが聞こえて、マルコは去っていった。


 荷物を整え、ディーターとソニアは家を出る。集落はまだ調査のための兵士達が残っていた。徐々に調査団の規模は縮小しており、あと三日もすれば完全に撤収だとルイスは言っていた。柘榴色の結晶核の化け物はあれ以来出ておらず、被害者の噂も聞かない。調査することが無くなってきた故の撤収とのことだった。


 集落の外にたどり着くと、幌馬車が一台あり、その御者台にマルコが座っていた。目が合うと無言で顎をしゃくり、乗車を促している。ディーターとソニアが客室に入ってしばらくすると、合図も無しに馬車は進み始めた。


「なんか感じ悪いよね」

「まあ平民相手だし、こんなもんなんじゃないのか?」

「でもちょっとさ。イメージと違ったというか……」


 ソニアの文句に分からないでもないと、ディーターは思った。貴族は爵位を賜わった上位貴族とそれ以外の貴族に大別されると聞く。それ以外の貴族に属するルイスはそれほど給金を得られていないのだろう。だから低級の使用人を雇うしかなかったのだろうと推し量った。


 集落を出て程なくすると、ヴェルターシュタット領からラフィーノ王国直轄地へ続く街道へたどり着いた。街道を南下すると馬車なら半日もあれば領都へ着く。今からだと夕方頃には領都へ着くだろう。

 季節は夏。地平線まで一面に広がる草原は青々としており、乾いた風が心地よい。ソニアはゆっくりと流れていく景色を馬車に揺られながら眺めていた。視線に気付いたのかディーターに振り向く。


「兄さんは、領都に行ったら何がしたい?」

「私兵としての仕事以外に? 俺は……分かんないよ。ずっと集落で暮らして、親父と狩りをすると思ってたんだから」

「でも領都に行ってみたかったんでしょ?」

「それはただの興味本位で、そこで暮らすなんて思ってもみなかったんだ」

「そっか。やりたいこと見つかるといいね」

「ソニアは何かあるのか?」

「私はフォースのこと、もっと勉強したいな。錬金術にしても、攻撃術にしても、原理がよく分からないことがあって。それにまだ治癒術はあまり上手く使えないから本をちゃんと読んでみたい」

「おー、立派だな。それなら集落よりも領都の方が環境はいいだろうな。頑張るんだぞ」

「はい!」


 ソニアと久しぶりに真面目な会話をしたようにディーターは思った。魔力のない自分は生きる術が少なく、敷かれた道の上を行くしかないのだと思い込んでいた。これからは自分の力で道を見つけたって構わないのだ。自分の進むべき道はどこにあるのか。ルイスの私兵として任務を受けながら、ゆっくり考えていこう。


 突如、馬がいななき、馬車が急停車した。


「盗賊だ!」


 御者台のマルコが叫ぶ。草陰に隠れていたのか、思い思いの得物を持った屈強な男が三人、馬車を取り囲んでいた。


「命が惜しければ、積み荷を全部置いていけ!」

「そんな大した物は運んでいない!」


 盗賊の一人とマルコが応酬するうちに、ディーターは太刀を逆刃に構え、息を潜める。


 ――今だと、馬車から飛び出した。


 一人目、マルコに集中して反応できていない。二度、足を打って倒した。二人目、ディーターを認識して短剣を構えたが、手首を打って落とさせ、首筋への一撃で倒した。三人目、剣を振り下ろしてきたが、真正面から力でねじ伏せ、胴体を水平に一閃した。


「ソニア! 捕縛を!」

「任せて!」


 ソニアは樫の杖の魔石を緑に光らせ、縄を空中に出現させる。杖を振るうと生き物のように飛んでいって、盗賊の全身を縛り上げた。領都で引き渡すこととしよう。

 ディーターは罵詈雑言の盗賊達に猿轡をさせ、馬車の荷台へ放り込んでいく。樹海の魔獣や結晶核の化け物と比べれば、どうということはない連中だった。マルコは呆気に取られている様であった。


「あんたら、大したもんだ。その、さっきまでは、すまんかった」


 マルコがディーターに深く頭を下げた。


「あんたらが今度から屋敷に住むことになるから、家族同様の扱いをするようにと、旦那様から言われて。同じ平民の癖になんでと思ったら頭にきちまって、つい態度に……」

「まあ人間だからそう言うこともあるって。気にすんなよ、マルコのおっさん」

「本当に申し訳ございません、ディーター様」

「……いきなり言葉遣いが変わると気持ち悪りぃから、元に戻してくれ」


 盗賊の襲撃があったものの、そこから道中は特に何もなく、日が落ちるにはまだ早い頃、ディーター達は領都の北門に到着した。領都は街区の周囲を城壁で囲んだ城郭都市であり、出入りには東西南北それぞれにある城門を必ず通らなければならない。

 城門は馬車が悠々と通過できる大きさのアーチ門であり、周囲に併設された塔と一体を成した巨大建造物となっている。古びた荘厳な石造りのそれは、ディーター達の存在する空間との分水嶺のようにそびえ立っていた。

 城門の前で衛兵が手槍を携えて番をしているが、不審な様子が見られたり、怪しげな荷物を運んでいたり、指名手配などを受けていない限り、呼び止められることはないと聞く。


 初めて見ることになった巨大な城門に圧倒されながらも、幌馬車は進んで行き、門に差し掛かったところで衛兵に呼び止められた。何事かと思ったが、荷台に盗賊を三人積んでいたことを失念していたのである。

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