最強魔法使い、クビにされる。⑤

「あらぁ~ん。ジンちゃん。ひさしぶり~」

「……久しぶりだな、キャサリン。……相変わらずみたいだな」


 俺は街の武具店に来ていた。


 俺が武具店に入ると、筋肉隆々の大男がくねくねしながら近づいてくる。

 メイクもばっちり決めているこいつは生物学上は男だ。


 彼はキャサリン。

 魔導師学園時代の同期で、この見た目で魔法も使える。

 どう見てもパワーファイターなのに。

 いや、フリースタイルの戦闘の時は魔法で肉体を強化してぶん殴りに行ってたから見た目通りか。


 ちなみに成績は俺の次の二位だった。


 本名はガイというのだが、その名前で呼ぶと本気で切れる。

 魔導師学園卒業後は実家の武具店を継いだらしい。


 そして、俺の数少ない友人でもある。


 ほとんどのものは全力でエリート街道を走る俺についてこれなかったが、キャサリンはいつまでもついてきてくれた。


 俺がキャサリンの実家があるこの街に配属になったので、今でも付き合いがある。

 非番の時に一緒に甘味処に行ったりとかな。

 俺もこいつも甘党なのだ。

 甘いものは脳に良い。

 脳の栄養になるのは糖分だけだしな。


 キャサリンがこの街で武具店をやっていてくれたことは幸運だった。

 冒険者になるために必要なものの相談をできるのだから。


「今日はいったいどういう用事なのぉ? たしか休みじゃないわよねぇ?」

「じつは、武器を一式そろえたい」

「? どういうことぉ?」


 俺は事のあらましをキャサリンに聞かせた。


 クビになったこと。

 一か月以内に中層の宝箱から中級魔法の魔導書を探さなければいけないこと。


 キャサリンは静かに俺の話を聞いてくれる。

 やっぱりここに来てよかった。

 話をしただけでも嫌な気持ちが少し落ち着いたような気がする。


 これからダンジョンに潜るつもりだという話をすると、キャサリンは心配そうな顔になる。


「ジンちゃん……」

「無茶なのはわかってる。でもやらないといけないんだ!」


 ダンジョンの中層というのは相当危険な所だ。

 中層に潜っていた実力のあるパーティーがある日突然姿を消すなんて話はよく聞く。


 だが、今は他に方法がないのだ。


 俺が今後もエリート街道を歩んでいくために、ここで道を踏み外すわけにはいかない。

 なんとしても中層で中級魔法の魔導書を見つけないと。


「……わかったわ。昔からジンちゃんは一度言い出したら聞かなかったものね」

「恩に着る」


 俺の意志が固いのを察してくれたのか、キャサリンはあきらめたように息を吐く。

 そして、あたりからローブや杖など、探索に必要なものを集めてくれる。


「ここで一通りの物は売れるけど、高いわよ? 払えるの?」

「え?」


 キャサリンのセリフに俺の背中に嫌な汗が流れる。


 キャサリンは相当な金持ちだ。

 この武器店は中層以上の探索者を相手にしているらしく、相当な利益が出るらしい。

 俺とキャサリンでは金銭感覚が違うのだ。


 キャサリンは一緒に甘味処に行くときも相当の量を食べている。

 当然値段もかなりになる。

 一度、そんなに高いものを食べても大丈夫かと聞いたことがあるが、「こんなの安いものよ」という返答が帰ってきた。


 そんなキャサリンが高いという武器や防具。

 一体どれだけの値段がするのか。 


「当然でしょ? 中層に潜ろうってんだもの。武器も防具もそれなりのものが必要だわ。ケチったらつけてないのと大して変わらないわよ」

「……それも、……そうだな」


 キャサリンの言っていることはわかる。

 ダンジョンの中層はかなり危険だと聞く。


 そこに行くための武器防具なのだ。

 安いわけがない。


 大丈夫だ。

 俺はこれまでかなり節制してためてきている。

 武器や防具くらいなら簡単に買える。……はずだ。


 俺はごくりと生唾を飲み込む。


「……いくらだ?」

「そうねぇ~。全部で。これぐらいかしらぁ~?」

「高!」


 キャサリンの提示した値段を見て俺は思わず声を上げる。

 桁が一桁どころか二桁間違っているんじゃないかっていうくらいの値段だ。

 こんな金額、平民じゃ絶対に払えない。


 俺がためてきたお金の半分を使ってやっとだ。


「どうしてこんなに高いんだ!? これって魔導書の半分くらいの値段だぞ?」

「んもぉ! 当然でしょ~? この武器も防具も中層の宝箱から出たものなんだから! これでも良心価格よ~?」


 そうだった。


 ダンジョンでは時折宝箱が見つかり、その宝箱からは魔導書はもちろん、武器や防具なんかも出る。

 これを売った利益が探索者の収入のほとんどを占めるらしい。


 そして、出てくるものは深い階層ほどいいものになる。

 魔導書も最浅層の宝箱からは最下級、浅層の宝箱からは下級、中層の宝箱からは中級の魔導書が出る。


 だから、探索者は深い階層に潜る方が収入は増える。

 そのため、深い階層に挑戦しようとする探索者も多いらしい。

 だが、なかなかできる探索者はいない。

 その原因の一つが装備だ。


 階層が深くなるとモンスターの強さも一気に跳ね上がる。

 だから、探索するためにいい装備が必要になる。

 探索する階層の宝箱から出る装備で武装するくらいがちょうどいいらしい。


 当然、その階層の宝箱から出る装備はその階層相応の値段がする。

 その階層より浅い階層を探索している探索者には手が出ない。


 そうして、ほとんどの探索者は深い階層に行くことを諦める。


 どおりで中層より先に探索者が少ないはずだ。


「で? どうする~? 買うの? 買えないならダンジョン探索はあきらめた方がいいわよぉ?」

「……買わせてください」

「わかったわ」


 俺が頼むとキャサリンはテキパキと装備を準備していく。


 高いけど背に腹は代えられない。

 俺は泣く泣くキャサリンから武器防具一式を購入したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る