第16話 無限強化の黒炎魔法

 アレックスと名乗る男は、即座に両手に炎を宿した。


「これが我がアレックス様の ファイアボール。さっきはこれで倒せたけどよぉ、討ち逃しとか勘弁んだからさ。ちょっと本気出していいかなぁ?」


 両手をパンッと合わせる。一瞬、炎が手の中で消えたように見えたものの、手が開かれると、さらに大きなファイアボールが宙に浮かんでしまった。


「後ろの連中ごと、焼かれ死んでしまえ」


 ファイアボールはおのずと浮上すると、じょじょに大きくなっていく。ぐるぐると回って勢いをためている。これを食らえばかなりまずい。


 とはいえ、こちらにはそれを防ぐ手段がないといっていいだろう。男には申し訳ないが、逃げるという選択肢を加えておく必要があると思った。まずは、距離を──────


「おっと、逃げるつもりか、後ろの。少しでも逃げようとしたら、俺はすぐにファイアボールをぶっ放す。お前らが動こなくともぶっ放す。どちらにせよ、焼かれてくれないと困るんだよなぁ。ボスから恩恵を貰っている以上、こちとらやりとげなきゃ立場がないもんでね」


「ひえぇ……」


「おお、よくしゃべるなアレックスさん」


「誰だてめえ? どうせ死ぬしかないんだから口塞いでろ」


「どうも組織が大好きらしいな。【迷宮神話ラビリンスミス】はそんなに魅力的か」


「ちょっとお話したいってか? まあいいだろう。もちろん魅力的さ。ボスは、暴力以外何の取り柄もねえ俺様を拾ってくれた。感謝してもしきれねえ組織さ。これでもう十分か」


 めんどうくさそうにアレックスはこたえる。


「ほう。だが、それは本当にありがたい組織だといえるだろうかな。結局あんたは組織に使われている犬なんじゃないのか? ボスにいいように使われ、搾取されているだけなんじゃないのか」


「おい、うちらのボスのことけなしてんじゃねえよ。なあ、ふざけてんじゃなえよ!!」


 アレックスは激昂した。ボスではなく、まるで自分の存在価値を否定されたかのような怒りっぷりだ。


「【人竜融合】!」


 俺は竜騎士の姿へと変身した。


「なんだよ、あんた…… 化け物かよ、あんた」


「そうだな、ふつうの人間じゃないな。そんなちゃっちい炎じゃ、この鱗は焼きれない。今の状態の俺に、あんたは勝てるとは到底思えないが?」


 この姿だと、俺は竜の顔となる。俺が人間ではないようにうつる可能性もある。これで折れてくれればいいのだが。


「ふつうの人間じゃなくたって関係ない。俺たちはモンスターだろうと人間だろうと躊躇なく殺す。そうすれば、組織に貢献できる。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにの精神。俺が頑張れば、他のメンバーも頑張って、俺はさらならる境地へと足を踏み入れられるのさ」


 ファイアボールがさらに大きくなっていく。


「このアレックスは、こうやってお前の遺言をきいている最中にも、敵を倒さずしてレベルアップを重ねている。今の俺は、一分前の俺よりもさらに強い! まあその理由など、知るよしもないだろうがな」


「敵を倒さずとも成長? ありえない、そんなの……」


 八ツ橋が唖然としてしまう。


「何がおかしいんだ、八ツ橋」


「レベルアップは、モンスターを倒した後にしかおこなわれない。それに、例外なんてあるはずが……」


 そういっているうちにも、さらにファイアボールは巨大化している。


「じゃああのセリフはどういうことなんだ?」


「私には、わかりようがない。だって、そんなの。チート以外の何ものでもないじゃない……」


「お遊びはここまでだ。焼かれろ、ファイアボール!」


 回転していた火の玉が、こちらに向かって飛んでくる。


「ふたりとも、逃げろ」


「でも、そしたら赤城君は」


「いいから逃げてくれ」


 あの男だって、炎を食らって死なずに済んでいるんだ。いける、防げるはず。


「オラアアアアアア」


 真正面で、炎を食らう。


 それでも、軽く熱い程度で、あまりきいていない。


「なぜだ! 俺のレベルは他の探索師より圧倒的に高くはずなのに」


「『なっている』っていうのは、どういうことだ?」


「いうはずがねえだろうが! なんだよ、この層にいていい実力じゃねえじゃねえか……」


 相手がうろたえている隙に、俺は逃げる。距離をとったのち、【人竜融合】を解いて竜の背中に乗って逃げればいい。


「って、おい! 逃げるんじゃねえ!」


攻撃を正面から受けたのち、俺は走り出した。距離が取れたタイミングを見越して【人竜融合】を解き、神竜の上に跨る。


「とばすぞ!」


『そうやって汝は都合の悪いときだけこの私を利用する。もう少し敬意というものが』


「頼む、今は生き延びることが最優先だ。ここでうだうだしている場合じゃねえんだ、あとでいくらでも感謝の言葉はかけるからな」


『私は汝にそんな意味合いでいったわけでは…… まあいい、飛ばそう』


「サンキュー、男と八ツ橋も載せてくれ」


「できるだけ努力しよう」


 神竜は翼を羽ばたかせ、宙に浮かぶ。そして、前進をはじめた。


 アレックスの炎が途切れることはなかった。騎乗している間にも、爆発音がやかましくきこえる。いくつかの角を曲がったところで、八ツ橋と男は見つかった。速度を落とし、いったん神竜の足を地につけさせる。



「八ツ橋、ここに乗るんだ。距離をとるには、これしかない」


「わかった、赤城君。日向ひゅうがさんも、早く」


「はい! 僕、僕ですか?」


「そうだ、頼むから急いでくれ」


 三人乗りの神竜が再度飛び立つ。


 離れてすぐ、ファイアボールはさきほどまで三人がいた場所で爆発した。間一髪、というところだろう。


 神竜を飛ばしていると、何体かはモンスターがいたものの、あわてふためいている人の姿は見受けられなかった。あんな危険な存在が暴れていながら、誰も気づいていないのか? まず、俺たち以外の者の姿が見えない。


「妙だな」


「確かにね。明らかに不自然だもん」


「このまま逃げ切れるんですか?」


「安心しろ、日向さん。アレックスが本当にこのスピードを超えていけるなら、とっくにファイアボールに焼かれてお陀仏だ。あちらは完全に本気そうに見えたから、あれ以上強くなることはないだろうよ」


 いくつもの別れ道を曲がっていく。爆発音が遠ざかり、ここから相当離れていそうだということは察せられた。


 交差点のような場所に出ることができたので、いったんここで俺は神竜をとめた。


「どうにか逃げ切れそうだな」


「あとは通路を探すだけ、ってこと?」


「そうだな。問題ない。あの実力だろう。まさかボスがここまできているとは思えないから安心していいだろうよ」


「そ、そうですよね! ああ、まさかあのボスがこんな近くに……」


「いるぜ、ここに」


「「「!!」」」

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