曰く、IF

@knm0325

完結

重ねられた小指に体温なんて無かった。




絵をスマホで描くとき、ぼかしツールを使うことがある。読んで字のごとくぼかすツールだ。筆跡を無かったように馴染ませて色を混ぜる。私と彼女の関係をあえて位置付けるなら、そういう関係だと思った。赤と、青を、ぼかした様な。


いつから話すようになったかなんて覚えていない。小学生の頃だったかもしれないし中学からだったのかもしれない。とにかく中学ではいつも一緒に居た。別に他の誰より仲が良かった訳じゃない。ただ、いつも隣に居た。それだけ。他の女友だちの時みたいにハグなんてしないし声のトーンを上げたりもしない。あんまり彼女との間柄を綺麗な言葉で表現したくないけど、彼女の隣は好きだった。沈黙が苦じゃないのは楽で、ずっと微睡んでいる様な気分だった。



「なにそれ。」

ぎゅ、と眉を寄せる。目につくのは丁寧に描かれた油絵が上から蛍光の絵の具に潰されたそのキャンバス。


「何って、絵。」

わかっとるわ、そんなこと。横目で一瞥して椅子をひっぱり出す。

「下、油でしょ。上のは?ガッシュ?」


油絵の具の上からアクリルガッシュで塗り重ねるという蛮行を彼女はやってのけたようだ。

ガッシュはマットで不透明性が高いので下の色が見えなくなっている。

がた、ちょっとだけ大きいおとが出て椅子を落としかけたけど何ごともなく彼女の隣に置き、腰かける。


「うん。昨日ー、たまたま見つけて可愛い~ってなったからさあ、買った。」


ほ~、と息をつく。大して興味がなさそうな声色に聞こえたな。興味が無い訳じゃないけど。


「何円?」

「五百」

「え、それどのサイズよ」


再び眉が寄る。蛍光色そんなに高いものだったか?

「一番ちっさいやつ。なんぼだっけ。量は知らんけど」

「い~や、ぼったくりやんけ~」

ぐも、と椅子の背もたれに溶ける。ガッシュの一番小さなやつというと、こいつが言っているのは多分20mlだろう。


「あ~、やっぱ?でもすぐ買いたくてさ」

「カワイソ」

「カワウソ」

「ヘタクソ」

「韻を踏んで私のボケを越えるな。まずはカワウソにツッコんでくれ」


はぁ。今度は正真正銘興味がない返事として返した。時間無いし私も石膏デッサンしよう。イーゼルに立てられた大きな紙はまだ大部分が白で覆われている。

「ね~聞いてるぅ!?」

うんうん。やっぱりそうだね。聞いてる。しってる。うん。あれ、鉛筆尖ってないな、カッターどこに置いたっけ。筆箱?


「ってぁ!!!」

「え、なによ」

どうやらカッターの刃は出しっぱなしでしまわれていたみたいだ。筆箱の中で私の輪郭がぼかされる。


「えっ、え、血出てる、えっ絆創膏持ってたっけあれ、えっ!?うそ、ど、どう、えっ」

「そんな焦らんでも」

私よりお前が焦ってどうする。小指の先が少し切れただけだ。


「でも、血止まってないあっえっどうしよ、ティッシュ、」

「あ~拭くものは欲しいかもしれない」

「拭くもの、あっ」



手をぐ、と寄せられる。


お前のその絵の具だらけの手で掴んだら私の腕までべちゃべちゃになるだろうが。




ぐい、と私の手を拭ったのは例のキャンバスだった。蛍光の上に微量の水気の含むくすんだ赤がコーティングされる。

「っあ、これ傷口に絵の具が入る、?良くないのでは!?」

「そうだろうね、しかも君のキャンバスも台無しだ。」

「やったわコレやらかした!!すぐ消毒液借りてくる!!!」


がたがたと忙しない音を連れて出ていく彼女。

残されたのは赤を振りかざす私と石膏。

石膏に血を擦り付けて窓を、開ける。途端騒音につつまれるが今はもう気にしない。


今日は空が綺麗だ。






彼女はもう戻ってこなかった。

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