揺り籠から墓場まで
大月クマ
シアター
ここはどこなのだろう……
気が付くと、薄暗い森の中を歩いている。
どうしてこんなところを歩いているのか分からない。
――肌寒い……
もうまもなく4月だというのに、寒気が止まらない。見上げると、木々が生い茂り日の光を遮っている。その所為だろう。
ともかく目の前に続く道を進むしかないようだ。フラフラと揺れるような道が続いている。
――何なのだ? ここは?
森の奥へと進むと、不似合いなモノがそこにあった。
石造りの建物だ。
メモリー・シアター。
入り口にはそう掲げられていた。
――ともかく誰かいないか?
シアターということは、支配人なり誰か人がいるはずだ。だが、こんな森の奥に建てるなど尋常な人間ではないかもしれない。しかし、頼れるものは無さそうだ。
――入ってみるか……
幸い扉がいている。
***
外もそうであるが、シアターの中はもっと薄暗かった。演出だろうか。
「ようこそ! 当シアターへ!」
突然、明るくなる。スポットライトが小太りな男を照らし出した。
――この男が、ここの支配人か?
そして、客なりが現れると、このように登場するのか。まるで古くさい映画を見せつけられているようだ。男の格好も燕尾服にステッキ。口髭を生やし、ワックスで固めてピンと端を尖らせている。
「ここはなんですか?」
ありふれた質問をぶつけた。
「当シアターは、あなた様の記憶の映画です。
こちらへどうぞ……」
再び、スポットライトが照らし出された。
椅子が現れた。
「――どうぞこちらへ……」
男がその椅子へ案内すると、なぜか私は座る決意をした。
***
私が座ると照らしていたスポットライトが消された。そのおかげで一瞬、目が暗む。すると、どうだろう……背後から、機械音が聞こえ始めて、先ほどまでのスポットライトとは違う光が差し込んできた。
――映写機?
今まで古めかしい演出と思っていたが、機械もフイルム式の古めかしいモノな用だ。
気が付けば目の前にスクリーンがある。そこに映像が映し出された。
映像は荒れて、薄汚れている。
――なんの映画か?
カラカラと何かが回っている音。
ああ、赤ちゃんのベッドの上にぶら下がれているオモチャ……ベッドメリーとかいうモノか。それが回る音だ。映像はそのオモチャが回る映像が、天井から映し出されている。その奥にピントのずれた赤ちゃんがベッドに寝かされていた。
ただ、それがずっと流れている。
しばらくすると、赤ちゃんが泣き出した。すぐに母親が来るかと思ったが……現れない。
――親はいない。どこかに行っているのだ。
両親は仕事を……いや、育児放棄だ。
なぜか分からないが、親が現れない理由が分かった。
カラカラと乾いた音。
それに赤ちゃんの泣き声。
ただ、それだけの映像がしばらく続くと、映写機は止まった。
***
再び、映写機が回り始めた。
――どこかの教室だろうか?
周りに中学生らしい少年少女が、それぞれ昼食を取っている。
いくつかのグループに分かれているようだ。だが、ひとりだけで食事を取っている少年がいる。あの赤ちゃんのようにピントが合っていない。
周りは友人同士で固まっているというのに、彼はひとりで黙々と菓子パンを食べていた。
急に映像が暗くなった。
すると今度はどこかの家の中だ。ピントが合っていない少年の家だろうか。
誰もいない。ダイニングでひとり黙々と食事をしている。薄暗い部屋の中で……
そんなものが、何度となく続くと、再び映写機は止まった。
***
次に映写機が回り始めると、今度はどこかの職場だ。
ピンボケした男の背中が映っていた。書類の山に囲まれたデスクで、ノートパソコンでずっと作業をしている。ただ、それだけが続いている。
壁の時計が12時を指しているが、変わらず仕事を続けていた。
周りの社員は男女が仲良く雑談をしながらランチに向かって行くようだ。しかし、男は動かない。ゴソゴソと、菓子パンを囓りながら仕事を続けていた。
それがずっとつづけている。
その男は、他社員に空気のように扱われていた。
仕事だけが回されている。
男は黙々と作業を続けている。
他の社員が帰った後でも……壁の時計は18時を指していた。
ウンザリしてくるころに、映写機は止まった。
***
森の奥でなぜ、こんな映画を見せられるのか。
――あの男はどこにいったのか!
気分が悪くなる。文句ぐらい言っていいだろう。道を尋ねたいだけなのだ。
ここはどこなのか、と……
「私はここにいますよ」
突然、耳元にあの男が声を掛けた。
「ここは、一体どこなのですか? それが知りたい。一体この映画も……」
「当シアターは、あなた様の
「わたしの映画? 何を言っているのですか! わたしはこんな……」
再び、映写機が回り出し、会話が遮られた。
次に映し出されたのは、一本の線香。フラフラと煙が立ち上がっている。
全体的に白い部屋。白いのは、テーブルに白い布が掛けられている。
真ん中には線香立。その横には申し訳程度の菊の花。部屋の真ん中にはベッドが置かれていた。白いシーツが掛けられ……顔にも白い布が掛けられている。
――この人は死んでいる。
誰なのか解らない……いや、判る気がする。
そして、ずっと誰も現れない。ただ、線香からフラフラと煙が立ち上がっているだけだ。
それか、気が遠くなりそうなぐらい続いた。
「おわかりにならない?
あなたはあの日、お亡くなりになったんですよ。あなたのことを誰も気にしなかった。脳梗塞でデスクにうつ伏せに倒れていても……」
「……」
「そして、こうして安置室に寝かされていても、誰も現れない」
「……」
「人と関わらないようにしたからですからね。ずっと子供の頃から……。
まあ、同情はします。
赤児の頃から愛情を注がれなかった。人に心を開かなかったのは、そのためですから……。
もう少し積極的に人と関わるべきだったと、忠告を……」
「忠告されても、わたしは死んだんでしょ?」
「次の人生はそうしてください」
気が付くと、エンドロールのようなモノが流れていた。
わたしの名前に埋め尽くされている。脇役はわたしの関わった人が僅かばかり。エキストラは、ずっと途切れることのないぐらい名前が連なっていた。
最後に、映画のタイトルのようなモノが、現れた。
『ソロ人生』
「もっとも、次の人生で覚えていればですが……」
最後に小太りの男は呟いた。
<了>
揺り籠から墓場まで 大月クマ @smurakam1978
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