第23話 誰が弱いか
「なんの話か分からないけれど、私はまったく弱くないわ。弱いと言われるのは嫌いよ。それに、年下女子の困った顔を見てられないのは『弱い』のではなく、『人の心がある』というの、大抵はね」
淡々と吐き出される反論に、打って変わって夏那の方が怯む。特に最後の言葉を耳に入れた途端、身体と茶髪の先が揺れた。
「たいてい、そっか……。それじゃあわたしの見方が間違ってる……うん、そうだね、みんなが言うならきっとそうなんだからそう……」
一度沈むと、とことん沈みこんでいくタイプらしい。どうして昨日の昼休みのことと重なる。あの気落ち具合はまずい。
「夏那、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか……」
「うん、うん、でも平均で、普通では、やっぱりかわいらしいと思わなきゃ……」
「思わなきゃなんてことないから、普通なんてないから。とりあえず息を吸って、ゆっくり吐き出して……」
こういうときはとにかく、やることがあるといい。なにか実行することを提示して、深く思い悩んでしまう暇がなくなれば落ち込んでく思考に歯止めがかかる。
クラス中からスルーされていた時に気づいたことだ。あまり進んで思い出したくないことだが、悩みを抱えた際には結構役立つのだから複雑である。
あとは、このアドバイスがうまくいけばいいのだが。
「すー、はー、すー、はー、うん、うん……ちょっとわたし、おかしかったみたい。ごめんね心さん、変なこと言ってた」
よかった、呼吸を乱しながらではあるが、夏那は彼女になじんだ明るい笑顔を取り戻しつつある。
これがぶり返してしまったり連続しなければ最上だ。特定のワードに反応する少々悪い癖というか、抱えた発作に近いものだろうから、それに注意すればいい。もちろん俺も気を遣うべきだが、後輩の言動にこそ用心すべし。
軽いジト目でそれとなく、気をつけてくれの意思を送っておこう。
「――――っ」
よし、とりあえず後輩に認識はされた。すぐに視線は逸れたけど、これで――
「い、いえいえっ! ワタシのほうも、過剰にびっくりしてしまったので、すみませんっす……あの、大丈夫なので! なんていうか、ふつ――」
「やっぱりやると思ったよ! 今の流れで言ったらまずいことあっただろ……」
身構えておいたのが功を奏した。予定? 通りに不用意な口を片手で塞ぐ。なにもかもがミニマムなものだから、両手を使わずとも済んだ。抑え込んだ部分から強い振動が伝わってきて、抗議の意思を感じたので、ぱっと手を放す。
さすがに彼女も同じ過ちは起こさないだろうし、どうしても俺に矛先が向くはずだ。
「む。むぐっ⁉ な、なにふるのですかしぇんぱひ! ぷは、えっち、へんたい、ばかでせくはら! こんなことして、噂でも広まったらクラス中で浮くですよ!」
「浮くとか浮かないとか、そういう次元じゃもうないんだが俺は! じゃなくて、俺の視線を少しは気にしてくれ」
「視線⁉ 確かに先輩がじろじろ見てて変だな恥ずいなマジはずいなマズいな気のせいじゃないかな、ってなりましたけど、それだけであたしはいっぱいいっぱいっすよ! その上なにかしら察しろとかは無理っすムリゲーです」
目があったのだが、意思疎通ができたかは別の話だった。
「そりゃ急だし無茶な要求だと自分でも思うが、ここ数か月の間、俺とやり取りしてきた心後輩ならいけるとだな……」
「む、その言葉はずるいっすよ。殺し文句っすよ。そんなこと言われると、期待に応えたくなるかもです」
「いじらしく言っておいて、実際応えてな――」
「もういいよ、ヒナト」
白熱してきた応酬に、申し訳なさそうな一声が割り込んだ。
しまった。一番心を配らねばならない人のことを、一時とはいえ放っておいてしまうなんて。
「変に気を遣わせちゃってごめんね。わたしは大丈夫。もうそんなに気にしてないし。それに、わたしと斗乃片さんがなるべく一緒に過ごすっていう心さんの作戦にも十分納得してる。だから、これ以上強く当たるの、やめよ?」
「いや、これは強くというか、俺と後輩のいつものノリというか……」
「やめよ? ね?」
「はい……」
「ん、ならよし」
俺と後輩のやりとりを見慣れていないからか、勘違いまで生じている。ここは頷いておくことで丸く収まると判断したが、
「弱いわね、比位くん。私は貴方のほうが心配よ」
学園生活の強者には弱者の振る舞いと見なされた。
「よわよわっすよ、先輩。どうしてそんな早く折れちゃうんすか。結局のところ、結びつき方の違いっすか。そんなんだから、もー……」
『運営』も不満を隠そうともせず、
「先輩にはあたしだけで、ワタシには先輩だけじゃないのですか……」
頬を膨らませてから、そっぽを向いた。
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