顔が良すぎてナーフされた転校生と、バフされた幼馴染が近づいてくるラブコメ

はこ

第1話 ナーフされた転校生の接近

 ゴミ運営はお願いだから死んでくれ。


『莉堂学園 アップデートパッチ 30.6


 ナーフ 

 ・斗乃片透華とのかたとうか

  :学校生活中、放課後まで仮面を付けるようになります。

〈昨日現れた転校生は純白の美髪と秀でた容姿により、少々学園内にて注目を集めすぎているようです。一人の美少女が多くの人気と衆目を集める環境は不健全なため、その原因たる容姿を視認できないようにします〉


 バフ

 ・七都名夏那ななつななつな

  :かわいく人気のある制服を着用するようになります。

〈幼馴染という属性は、昨今の環境では不利な状況にあります。そのため我々学園運営は、彼女の存在感や影響力を少し強めるべく、七都名さんの制服に変更を加えました。全国人気制服ランキングナンバー4の制服は、きっと登校時や集会でのプレゼンスを増してくれるはずです〉

                                                         』

 頭がおかしいな――とも、とうとう思えなくなってしまった。

 この文章を日常と見做すようになったのは、一体いつからか。

 学園のバランス調整が、俺には関係ないと感づいたころだった気がする。


 何度アップテートの通知があったって、この教室はまったく変わりやしないのだ。

 黒板に投射された告知画像を眺めていても変化はない。強いて挙げるとするなら、『ナーフ』された転校生当人が視界に飛び込んでくるぐらい。


「では、斗乃片さんにはこちらの仮面を付けてもらって――」


 色彩を欠いた気味の悪い面を手に、淡々と説明する女教師。事務的に処理する大人に向かって、斗乃片は真っ白な髪を靡かせながら言い放つ。


「あの、自前の仮面でもいいでしょうか? アップデート文に指定はないですよね?」


 なんで自分の仮面持ってるんだよ、エコバッグかなにか?

 反射的に脳内でツッコんでいる間に、斗乃片の白い指先が狐面を摘まんでいた。出処は彼女のリュックだ――俺の目がおかしくなければ、転校生は狐のお面を常備していたことになる。


「先生、これでも問題ありませんよね?」

「え、ええ……」


 確認を求められて、担任は困惑しながら頷く。そりゃそうだ。俺だってJKが狐面を取り出したら驚く。いや、ちょっとカッコイイとは思いかけるけど、やっぱりちょっと引くだろう。

 それが多分平均に近い感性で、転校生が備えていない感覚だ。


「独特な感性、少し羨ましいかもな……」

 席で一人ごちても、俺に視線を向ける者はいない。誰もこんな奴に興味はなく、バフやナーフされた人間に注目する――そのはずだった。

 斗乃片透華だけが、こちらを鋭く視ていた。踵を返して自らの席へと戻る途中で、赤い瞳をカッと見開いたのだ。

 血に濡れたような眼差しが、俺のことをずたずたに射貫く。


「貴方、いつからそこに?」


 教室を通り抜けるのは、震えるほどクリアな彼女の声。

 声音の先端は鋭利そのもので、鼓膜を通り抜けて俺の心までも穴だらけにした。一声にドキリとしたその瞬間に、言いようのない敗北感さえも押し寄せる。


「私、自分へ注がれた視線は全て分かるのだけど――貴方のだけは、全然分からなかったわ。今の今まで、感知もできなかった。貴方、その手のプロ? 陰を極めし者かしら?」


 ひどい言い草だ。

 十数秒で聞き手の心をメタメタにしておきながら、下手人はそのままこちらに足を運ぶ。これは勘違いじゃない。思春期男子高校生特有の、『あの子は俺に好意や興味を抱いているかも』――とかいう、悲しい早とちりなどでもない。


 彼女の席は最前列の最も右側で、俺の席はその真逆だから――なんて冷たい理屈が、イタい誤解を否定する。そして何よりも、俺と彼女は目と目があっている。

 どうしたのだろう、一体。

 数ヵ月に渡り、このクラス全体から無視されている俺に、なんの用があるというのか。


 腫れ物に触ると、触れた手も腫れるのを知らないのだろうか?

 心配をよそに、足音は淡々と近づく。

 彼女がゆったりと歩きながら面を装着すると、多数の視線が追従する。

 一定のリズムを刻みながら教室後方までやって来ると、斗乃片は素顔を露わにした。まるで俺にだけ顔つきを見せるみたいに、仮面の顎のあたりを親指で持ち上げて、だ。

 きっと、これは勘違いだと思う。

 外気に触れた少女の唇が、問う。


「名前は?」

比位ひい陽名斗ひなとだが……」

「比位くん、ちょっと今から、私についてきてくれる? 私、貴方が気になるの」

「え? は――⁉」


 返答する暇もなく、斗乃片は俺の右腕を掴んで引っ張った。軽々と行われる暴挙によって、視点がちょっと浮き上がる。

 ――どんな腕力だよ。容姿より先にこの身体能力をナーフしてほしい。悪さできるレベルの怪力だ。

 肩が悲鳴をあげていて、関節の軋みが心拍数もついでに上げる。落ち着いて呼吸をする前に、口からは制止の声が飛び出ていた。


「ちょ、ちょっと待て!」

「待てと言われて、待つ人がいるの?」

「ここにいる!」

「そう、優しいのね。私は優しくないから、待たないわ。やめてと言っても、見るなと言っても、人はやめてくれなかったから。優しい人、好きよ。野良猫と同じくらい」


 斗乃片はさらりと会話をぶった切って、連行を継続した。

 無理くり引っ張られて、俺の足と椅子の脚とが絡み合っているのに、彼女はそのまま廊下へと猛進した。


「お、おい、ちょ――」


 あちらはこちらの言葉をまったく聞いてくれない。やわらかく滑らかな感触の手からは想像もできないほど乱雑に、ただ引き寄せるだけだ。

 俺はすんなりと強引な牽引に屈して、転びかけながら教室を後にする。左足と絡まった椅子はバランスを崩し、大きな音を残して横倒しになった。

 それだけだ。



「はは、これでも反応なし、か……」


 明確な騒音が響いたって、クラスの誰も振り向かない。

 数ヵ月間に渡って、ずっとそうだった。

 喋りかけても訴えても、怒っても悲しんでも、肩を叩いても手を触れても、俺に対しては何も誰も反応しない。


「大丈夫よ。私には聞こえているわ。だから悲しい顔はやめなさい。私という美少女がかまってあげるのでは、不満かしら?」


 ――ただ一人、斗乃片を除いては。 

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